レイヴン城(後)

     ◇


「ちょっと待ってください」


 話を打ち切ろうとするパトリックを押しとどめた。


「いきなり本格的すぎませんか? もっと気楽にできそうな、普通の仕事から始めませんか? 第一、僕は魔法が使えません」


 まだ社会経験がゼロと言っていい学生の身分。段階をふみたいと思うのが当たり前だ。


「本当に使えませんか? ウォルターにはあの能力があるじゃないですか」


 パトリックが自信満々に言いきった。言い返すことができない。自分自身、〈悪戯〉トリックスターがあれば、魔法を使えるかもしれないと思った。


「昨日述べた通り、私は研究機関たるアカデミーの学長がくちょうを務めています。そのアカデミーにおいて、ここ数年で魔法の原理に関する研究が、飛躍ひやく的に進みました。先日のメイフィールドにて、あなたが見せた常識やぶりの行為についても、実はおおかたの予測がついています。私を信頼してください。きっと、うまく行きますよ」


 この世界に身を置くのならば、いずれ魔法を使えるようになりたい。あこがれに近い気持ちを、少なからず持っている。


 仕事についていけないようなら、辞めればいいか。僕はなかば観念するように覚悟を決めた。


     ◇


 東門をぬけた先の無骨ぶこつな建物へ入り、そこの二階にあるパトリックの執務しつむ室に通された。六畳程度のせまい部屋は、机と本棚が空間の大半を占有せんゆうしていた。


 パトリックが机の引き出しから、何かを取り出す。それは貴族が指にはめている例の指輪だった。小さなそれが手渡されると、食い入るように観察した。


 指輪は銀色のリングの部分と宝石が一体となっている。エメラルド色の宝石には透明感と光沢こうたくがある。形は長方形で平べったくて厚みはない。


「これが魔法を使えるようになる指輪ですか?」


「それは本物ではありません。昨日の今日なので、レプリカしか用意できませんでした。今、手配しているところなので、しばらくはそれで我慢してください」


「……わざわざレプリカの指輪をはめる理由は何ですか?」


「ユニバーシティは魔導士の組織ですから、指輪をはめていないと格好がつかないと言いますか、周囲から、あやしまれてしまいます」


 それなら、なぜあせって事を進めるのだろう。レプリカの指輪なら魔導士として働くこともできない。その疑問をパトリックにぶつけた。


「今日は隔月かくげつで行われるユニバーシティの定例会合があります。またとない機会ですから、そこでみなさんにウォルターを紹介しようと思ったのです」


 納得のいく答えだったとはいえ、人前に出るのを、大の苦手とする自分にしてみれば、目まいがするほど気乗りしない話だった。


     ◇


 執務室を出て、定例会合の行われる大会堂だいかいどうへ向かう。渡り廊下を進む僕の足どりは重い。周囲の巨大建造物がおおいかぶさってくるようだった。


「指輪は巫女みこが我々に残した物の一つですが、いまだに製造方法が解明されていません。したがって、数にかぎりがあるので、本物の指輪をはめるのは貴族の十人に一人です。大半の貴族が見栄みえをはって指輪をしていますが、その大部分がレプリカです」


「そんな貴重な物を僕がもらってもいいんですか?」


「大丈夫です。実務にたずさわる人間へ、優先して譲渡する決まりがありますから」


「学長は指輪をしていないんですか?」


「私は貴族でも魔導士でもありませんから。魔導士をめざした時期が私にもありましたが、才能に恵まれていなかったので、その道は早々にあきらめました」


 パトリックは平民だ。現代的な感覚ではおどろくに値しない。この時は平民にも門戸もんこが開かれていると、単純に考えたけど、パトリックは異例中の異例だった。


 正面にスカイツリーのような高い塔が見えてきた。広大な下層部にくらべ、上層部が極端に細長いアンバランスな構造で、別の建物を上から突きさしたように見えた。


「目の前の建物が宮殿です。中央にそびえる塔は〈とま〉と呼ばれています。一階部分が式典や会合で用いられる大会堂、二階部分は元老院げんろういんの議場、三階部分はかつて巫女の居室きょしつだったと伝えられる場所です。〈止り木〉を含む三階部分より上は、特別な事情がないかぎり、現在立入禁止となっています」


 左右に植栽しょくさいを配した一直線にのびる石畳いしだたみを進み、正面の大扉から宮殿に足をふみ入れた。


     ◇


 大会堂はその名の通り大きかった。二百人は下らない出席者でごった返し、彼らは一様にユニバーシティの制服で身をつつんでいる。


 会場にイスは用意されておらず、彼らはグループをつくって、自由気ままに立ち話に興じている。肩ひじを張った様子はなく、どこかパーティーのような雰囲気さえあった。


 壁ぎわの通路から奥へと進む。時おり、出席者から視線をそそがれ、さながら転校生の気分だった。


 一番奥に演壇があり、その最前には演説台がすえられている。背後には五つの座席が配置され、そこにはマントをまとう威風堂々とした魔導士が座をしめていた。


「壇上にいるのがユニバーシティの幹部達です。全員マントを着用しているのがわかると思いますが、あれが各機関の幹部である証です」


 演壇脇でパトリックとならんで待機していると、荘厳そうごんな鐘の音がひびき渡った。

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