ユニバーシティ
レイヴン城(前)
◇
昨日のような迷惑をかけないため、いつもより早い、夜の十時前にベッドへ入った。
「あれ?」
異世界に到着した直後、思わず寝ぼけた声を上げた。ベッドのかたわらで、パトリックが行儀よくイスに座っていた。
「この部屋を一度見ておきたかったんだって」
そばに立っていたダイアンが、代わりに説明した。
「まだ時間に余裕があるのですが、説明したいことがいろいろとあるので、
ダイアンが用意してくれたパンをつまみながら、わけがわからないまま、手渡された上下の衣服に着替え始める。
「これはユニバーシティの制服よ」
「正確にはユニバーシティの魔導士が着る制服です」
二人が何やら説明していたけど、起きぬけの頭にはすんなり入ってこない。ユニバーシティ? 大学に通わされるのだろうか。
「〈
僕の手を取ったダイアンが、そで口に
同様のラインは制服をふち取るように、えりや上下の
この時は気にかけなかったけど、紋章はアシュリーと同じ〈
「後見人はメイフィールド卿にお頼みしました。後日、一緒にお礼にうかがいましょう」
着替えるのに夢中で、話はほぼ聞き流した。不安はつきないけど、パトリックは窮地から救ってくれた恩人。注文をつける立場にないし、きっと良いように取りはからってくれるはず。
そんな楽観的な思いだった。
◇
ダイアンに見送られ、ベーカリーを出発した。行き先も知らされないまま、前日同様、坂の上で待っていた馬車へ乗り込む。
「これから直接レイヴン城へ向かいます」
「……城へ行くんですか?」
「話は通してありますから、安心してください」
「ユニバーシティって何ですか?」
「複数の機関が統合する形で誕生したのがユニバーシティです。十数年前に若者の政治参加や、魔法技術の向上を目的に結成され、国家の最前線で活躍する青年魔導士を中心に構成されています。ちなみに、私は設立に深く関わっているので、非常に顔がききます」
思いも寄らない方向に話が進んでいた。こっちの要望を聞く様子もない。もしかして、いきなり国家の最前線で働かせる気だろうか。
今思えば、この時点で異常さに気づくべきだった。
◇
馬車の進路はほぼ昨日と同様。ただし、今日はパトリックの屋敷がある裏通りに入らず、眼前にそびえるレイヴン城に向かって直進する。
水堀にかけられた
馬車を下りて徒歩で橋を渡ると、高さ十数メートルの城壁が立ちはだかった。その巨大さは遠目から認識していたけど、真下に来るとだん違いの迫力だ。
延々と連なる石造りの城壁は、両端が確認できない。重厚感と威圧感を兼ねそなえ、高層ビルを見なれている自分でさえ圧倒された。
「中央通りに巨大な正門がありますが、こちらの東門のほうが便利ですよ」
東門は城壁をくりぬいたように作られ、両脇に円形の塔を配している。城壁の壮大な外観とくらべれば、慎ましやかな構えだ。
しかし、警戒は厳重だ。目の届く範囲に、六人の門衛が控えている。ここはおいそれと立ち入っていい場所ではない。その考えを新たにした。
けれど、パトリックが門衛と
城内へ続く通路は薄暗く、かすかに足音が反響している。通路の先には芝生と、城壁と同じ色合いの建物が見える。人目をはばかるように肩をすぼめながら、パトリックの後ろをついて行く。
「本当に大丈夫ですか?」
通路をぬけ、周囲に人がいないのを確認してから、そう問いかけた。僕を安心させるように、パトリックが落ちついた口調で語りだす。
「ユニバーシティへの加入条件は単純明快です。魔導士として一定の資質を有していることと、ユニバーシティ配下の機関で、実務にたずさわっていることです。この二つを満たしていれば、問題ありません」
ただ、話した内容は全く安心できないものだった。
「両方とも満たしてないんですけど……」
「心配無用です。本来なら試験をパスしなければいけませんが、私のお
第二の条件は、後日いずれかの機関に所属していただければ結構です。急いで結論を出す必要はありません。これから、ゆっくり話し合いましょう」
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