定例会合

     ◇


「ただ今より、定例会合を始めます!」


 轟音ごうおんが鳴りやんだのを合図に、大きなかけ声が上がった。


 出席者が続々と演壇の近くに集まり出す。その輪に加わることなく、静かに待ち続けていると、パトリックが小声でこう言った。


「これからしばらく、幹部達の報告が続きますが、聞き流してもらって結構です」


 定例会合の幕がいた。二十代後半のりんとした女性がスピーチを始める。パトリックは背筋をピンとのばし、静粛せいしゅくに耳をかたむけている。


 対して、演壇前に集まる出席者達の緊張感はうすい。整列する様子はなく、ヒソヒソと談笑する人までいて、高校の全校集会とあまり変わらない。


 出席者の面々は二十代、三十代が中心だけど、自分と同年代の若者もチラホラいる。


「上半期のゾンビ化による死者は計百五名、新たな行方不明者は二十三名、捜索中の行方不明者は二千三百四十一名。都市部への移住計画のかいもあり、ゾンビ化による犠牲者は、引き続き減少の一途いっとをたどっています」


「つい二日前、東地区と東南地区の境界付近において、ゾンビの出現が確認されました。城郭じょうかく内におけるゾンビの出現は七年ぶりの出来事です。レイヴンズヒルの歴史上五例しか記録に残っておりません。

 なお、当該ゾンビは城塞守備隊キャッスルガード急遽きゅうきょ編成したチームによって、すみやかに処理され、それにともなう死傷者は、現在のところ報告されておりません。犠牲者の身元はすでに判明。イーストダウンの林業従事者で、ゾンビ化の経緯は現在調査中です。後日、何らかのかたちで報告いたします」


 幹部達の報告は、ゾンビ関連の話題が中心だ。この平和な国では、まれに現れる〈侵入者〉しか外敵がおらず、国民の結束力が強いため、内紛ないふんや内乱はめったにないそうだ。


 そんなわけで、ユニバーシティの活動はゾンビ対策が相当の比重ひじゅうをしめている。それだけゾンビ化が切実な問題だという表れだから、この時の僕はゾッとする思いでいた。


 やはり、〈侵入者〉という目に見える敵よりも、ゾンビ化という体にいつ襲いかかってくるかわからない、得体えたいの知れない現象のほうが怖い。


     ◇


「最後に、アカデミー学長がくちょうより、ごあいさつがございます!」


 司会進行の男がそう声を張り上げた。パトリックが僕に目配せしてから、壇上へ向かう。パトリックの話は『〈侵入者〉に対する警戒をおこたるな』といった趣旨しゅしのもので、以下の言葉でしめくくられた。


「度胸だめしとばかりに〈樹海〉へ立ち入ったり、『樹海の魔女』討伐の計画が持ち上がった、といった話を耳にします。

 周知の通り、元老院げんろういんおよびユニバーシティは、〈樹海〉に関わる、あらゆる計画の放棄を決議しております。もし同種の話を耳にされた場合、ただちにユニバーシティへ報告するか、皆様方でお引き止めくださるようお願いいたします。よろしいでしょうか?」


 パトリックが〈催眠術ヒプノシス〉を使用したことに気づいた。


「断る!」


 その直後、怒声が出席者の中から上がった。


 ギョッとして、声の上がった方向に目を向ける。発言者はすぐに判明した。ひと際目立つ長身の男が、するどい眼光で、パトリックをにらみつけていたからだ。


 周囲の反応はいたって冷静だ。無関心な者が多く、恒例のやり取りなのか、ウンザリとした空気を感じた。当のパトリックも、何事もなかったように言葉をついだ。


「最後に、今日はみなさんに新しい仲間を紹介したいと思います」


 こういった状況になるのは覚悟していた。だから、気が進まなかったんだけど。パトリックの手まねきに応じて、遠慮がちに壇上へ進み出た。


「今日からユニバーシティの一員となるウォルターです」


 軽く頭を下げると、聴衆からパラパラと拍手が上がった。


「彼は正規の教練きょうれんを受けておらず、魔導士としてはまだ未熟者にすぎません。しかし、あくまで私個人の印象にすぎませんが、ここにいるウォルターには、ジェネラルに勝るとも劣らない素質を感じます」


 にわかに聴衆がざわつき出した。ジェネラルが誰なのか、この時の僕は知る由もない。しかし、雄弁に語るパトリックは、これまでと別人のようだ。


「この場に休暇中のジェネラルがいらっしゃらないのは残念ですが、このウォルターは昨今さっこんの硬直化した序列に風穴を開け、良い意味でみなさんの刺激となり、いずれジェネラルの座をおびやかす存在になると、私は信じております!」


 ざわつきがどよめきへと変わり、聴衆からはやし立てるような拍手がわいた。大会堂のボルテージに比例して、パトリックはより声高こわだかに、より饒舌じょうぜつになっていく。


 依然として、話の内容は理解できないけど、それがとんでもない発言なのはまちがいない。


 聴衆の熱視線ねっしせんを一身にあびて、顔を上げられなくなった。今すぐこの場から逃げ出したい。そんな気持ちにかられた。


「頼もしいことに、ウォルター自身からも、『ユニバーシティに加入するからにはジェネラルの座をめざす』、そんなかたい決意をうかがっております」


「よく言った!」


「やってやれ!」


 いたるところから喝采かっさいがわき起こる。会場は異様な雰囲気につつまれた。たまらずパトリックの片腕を取り、制止の言葉を投げかけるも、万雷ばんらいの拍手によってかき消された。


 頭が混乱し、今にも卒倒そっとうしそうだった。


「以上で話を終わらせていただきます」


 パトリックがあいさつをしめくくると、彼を壇上から引きずり下ろし、近くの出入口から大会堂を後にした。

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