ミート・ザ・ゾンビ(後)

     ◇


 固唾かたずを飲んで、大通りを見守り続けて数分。


 とうとうゾンビが姿を現した。ある意味、自分が創造主なので、当然と言えば当然だけど、その姿かたちは予想の範囲内だった。


 生気を失った茶褐色の肌に、引きちぎられたボロボロの衣服。体の随所ずいしょに見える生傷が痛々しい。ゆるみきった表情からは、理性が感じられない。


 足を引きずり、大荷物を背負っているかのように、足どりは重い。ゾンビは何の目的もなく、何事にも関心を示さず、付近を延々とうろつき回った。


「やっぱり、人を食べたりするんですか?」


「お腹がすけばね」


 その場面を想像しただけで、寒気をおぼえた。とはいえ、機敏さのかけらもないあれに捕まるのは、至難しなんわざかもしれない。


「でも安心して。場所が場所だから、城塞守備隊キャッスルガードがすぐにかけつけて、魔法でとむらってくれると思うから」


 興味をそそる言葉が、たて続けに飛び出した。質問攻めにしたい欲求にかられるも、どちらから手をつけるか迷い、タイミングを失った。


「こんな間近で見るのは、本当にひさしぶり」


 ハラハラと事態を見守るダイアンが、ポツリとつぶやいた。


 その時、静寂につつまれた街に、馬のいななきとかん高いひづめの音がひびき渡った。


「向こうに回れ!」


 続いて、そう指示する男の声が上がり、黒ずくめの衣服を身にまとった三人組が現れた。


 三人組は一様に軽装で、武器や防具は身に着けていない。メンバー構成は男二人に女一人。制服らしき服装は、男がズボン、女がスカートという点をのぞけば、大きな違いは見られない。


 三人組が等間隔にばらけて、ゾンビを取り囲む。行く手をはばまれ、ゾンビがオロオロとし出した。人間に対して、闇雲におそいかかるほど凶暴ではないようだ。


「始めるぞ!」

「「はい」」


 勇ましく声をかけ合った三人が、いっせいに身がまえる。服装とは打って変わって、各自が思い思いのポーズを取っている。


 リーダー格の男は大股で前のめりになり、にぎりコブシをつくった右腕を大げさに突きだしている。


 もう一人の男は、棒立ちのまま右腕を突きだし、手のひらをゾンビへ向けている。女は祈りをささげるように、右手を胸元にかざしていた。


 いて共通点をあげるなら、右手で何らかのアクションを取っていることだろうか。


「全員指輪をはめているでしょ。あれで魔法を使うのよ」


 ダイアンの解説が入った。目をこらすと、指輪らしき物が、確かに彼らの右手に光っている。


「始まるよ」


 一挙手一投足を見のがすまいと息をこらす。彼らが城塞守備隊キャッスルガードであり、これから魔法が使われることも想像がついた。


 しかし、今まさにゾンビ退治が始まろうとした時、おぼつかない足どりの中年女性が、物かげから飛びだしてきた。


「待ってください!」


 中年女性がリーダー格の男の片足へ、倒れ込むように取りすがった。


「助けてください! あのゾンビは、うちの主人なんです!」


「もう手遅れだ!」


 懇願こんがんもむなしく、リーダー格の男は冷たく振りはらった。


「あぶないから下がって!」


 魔導士の女も、急きたてるように言った。


 同情の念が芽ばえると同時に、当たり前の事実――ゾンビは生者せいじゃのなれの果てだということに気づく。あらゆるゾンビに生前があるなら、単純に恐怖をいだくだけの対象にならない。


 ダイアンが退治ではなく『とむらう』という言葉を選択したのも、こういう事情からか。


 中年女性のむせび泣く声だけが、耳に届き続ける。事態は謎の膠着こうちゃく状態に突入した――かと思いきや、すでに戦闘は始まっていた。


 ゾンビの足が完全に止まっている。足もとへ目を転じると、いつの間にかヒザ下まで氷づけにされていた。耳をすますと、ピキピキと氷がさける音が、途切れ途切れに聞こえる。


 行動の自由を奪われ、ゾンビは上半身を不規則にゆらめかすばかり。それが魔法による結果なのは明らか。しかし、視覚や聴覚にうったえる演出がなかったので、肩すかしを食らった。


「いくぞ!」


 リーダー格の男が号令を発する。他の二人がかまえた右手をサッと下ろし、すみやかにゾンビとの間合いを取った。


 ほとばしった炎が、たちまちゾンビをつつみ込む。それはリーダー格の男が突きだしたコブシの先から、放射されていた。


 火の勢いは距離を取っていた自分でさえ、とっさに身がまえるほど猛々しい。顔にかざした左手には、かすかな炎熱を感じた。


 ゾンビは火だるまとなり、シルエットがうっすらと確認できるのみ。炎にうかぶ影が、地面にくずれ落ちたのを合図に、『豪炎ごうえん』は瞬時に消失した。


 リーダー格の男が、油断するなと制止の合図を送り、ゾンビの生死を念入りに確認している。路上にころがるそれは、見る影もなくなっていた。


 中年女性の泣きじゃくる声が一段と大きくなった。魔導士の女がゆっくりと歩み寄り、うずくまる相手の背中をやさしくさする。


 ヒーローショーでも観覧している気分だった自分が、急に恥ずかしくなった。


 その光景を見つめるダイアンも、少し様子がおかしかった。ゾンビが退治されたことへの安心感とも、はたまた同情心とも違う。


 どうにかして助けられなかったのか。そんなやりきれない思いを、かみしめているかのような顔だった。

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