ダイアンの想い
◇
街の人の助けを借りながら、役所前の広場にたどり着いた。
そこですぐに思いだした。この世界に来た当日。パンの配達途中に、この広場のそばを通りかかったことを。
広場には多くの人が集まり、にぎやかで
本番さながらに
「ウォルター!」
うわの空で広場を歩いていると、人ごみの中から声をかけられた。それは何十年たっても忘れられそうにない、なつかしい声だった。
「いつ帰ってきたの?」
ほがらかな笑みに出迎えられた。服装は普段とまるっきり違っていたけど、まぎれもなくいつものダイアンだ。
「……今日」
長い沈黙のはてに、やっと声をしぼり出した。様々な思いがうかんでは消え、そんな短くてつまらない言葉を発するために、五秒も要してしまった。
「ねえ、これ見て見て」
スカートの
スカートの
見違えたというか、
肩の荷が下りたら、疲労がドッと押し寄せた。安心感もあるだろうけど、無意識に使っていた能力を解いた影響がほとんどだろう。近くにあった柱に寄りかかった。
「そんなにあわててどうしたの? 何かあったの?」
「ちょっと気になることを聞いたから。それで居ても立ってもいられなくなって」
しばらくまごついてから、意を決して、こう尋ねた。
「街の人達は、一週間以上前のことを忘れてしまうって本当?」
「それであわてていたのね」
ダイアンが笑みをもらした。
「本当だよ。たわいのない会話や、日常のささいな出来事は、すぐに忘れられちゃうかな。でも、毎日のように会ってさえいれば、顔を忘れられることはないから安心して。それに、ずっと昔から知っていることはおぼえているのよ。例えば、このカーニバルのこととかね」
返す言葉が見つからず、不安げに押しだまった。答えを聞くのが怖くて、一番聞きたいことが切りだせない。すると、彼女がおだやかな表情を見せて言った。
「私は大丈夫よ。みんながみんなってわけじゃないの」
「ベーカリーのみんなは?」
「ベーカリーのみんなはダメみたい」
「つらくなかった? 一緒に作った思い出が、いつの間にか自分だけのものになっていたり……、つまり、そういうことだよね?」
「そうよ。私がおぼえていても、みんなはおぼえていない。それなのに、私が知らないことをみんなはおぼえていたりする。
ダイアンのけなげな思いが胸につきささった。彼女の立場を自分に置きかえて考えた。いったい、それはどれだけ苦しいことだろう。とめどなく思いがあふれ、心の整理が追いつかなかった。
それでもわからないことがある。そういう人達と歩む生活を、あえて選んだのはなぜだろう。そうでない人達が少なからずいるはずなのに。
「そうならない人達と暮らしていこうとは考えなかった?」
「反対よ。実はウォルターの誘いを断ったのはそれが理由。ベーカリーのみんなだけじゃない。配達で顔を合わせる一人一人から、忘れられたくなかったの」
出会ってから一ヶ月に満たないのに、何を思い上がっていたのだろう。ダイアンの気持ちを軽々しく考えていた。
「でも、ベーカリーに残り続けた理由はそれだけじゃないの。自分でもよくわからないんだけど、どうしてもあそこに居続けなければならない気が、ずっとしてたんだ」
ダイアンが遠い目で空を見上げながら言った。ふいにこちらを振り向いて、ドキッとするような、
「もしかしたら、ウォルターのことを待っていたのかもね」
照れくさそうに言ったダイアンが軽く身をかがめた。そして、恥ずかしげに僕の顔をのぞき込んで、すぐに視線をそらす。それは、彼女が時々見せるしぐさだ。
彼女の笑顔に
(ダイアン。僕はおぼえている。君と出会った日のことも、あの時、分けてもらったパンの味も。こんな言葉をかけるのは
「ちょうど帰るところだったの。一緒に帰る?」
差しだされたダイアンの右手をソっと手に取る。こんな風に心から笑う人が、幸せでないわけがないと
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