忘れやすい人々(前)

     ◇


 魔導士失踪しっそう事件が解決したことで、捜索隊の解散が決まった。僕らは到着からたった四日で、レイヴンズヒルへ帰ることになった。


 出発の前日、事件解決の功労者こうろうしゃとして、僕とコートニーは慰労いろうを目的とした昼食会に招待された。そこで目のくらむような豪勢ごうせいな料理がふるまわれた。


 出席していたのはクレアなどレイヴンズヒルから応援にかけつけたメンバーが中心。トレイシー達も招待されたものの、仕事が山積やまづみだからと辞退じたいしたらしい。


 ちなみに、クレアに弱みをにぎられた話は、まだ誰にも報告していない。口止めに成功したとはいえ、クレア経由けいゆでパトリックに伝わることも、頭に入れておかなければならない。


     ◇


 帰りも行きと同様に三日間にわたる行程こうていだ。行きの際に風景も食事も堪能たんのうしたので、新たな発見はない。馬車の中ではヒマつぶしにこんな話をした。


「二人ともストロングホールドはどうでした?」


「私は楽しめました。食べ物もおいしかったです」


 僕とコートニーは廃村はいそん絶叫ぜっきょうマシーンに乗るような体験ができたけど、基本的に中央庁舎と宿舎を行き来する生活。結局、街をゆっくり見て回る機会に恵まれなかった。


「今後のためになりそうな発見はあった?」


「君らの華々はなばなしい活躍には見おとりするが、それなりの収穫はあったかな。君らのものにくらべたら、つつましやかなものかもしれないけどね」


 昨日の昼食会でごちそうをふるまわれた話をしてから、ロイは皮肉屋ひにくやモードに入っている。


「ちなみに、どんな収穫がありました?」


「君らが電光でんこう石火せっかで解決したから、中途半端なものになったが聞いてくれるかい?」


「お願いします」


 ご機嫌きげんをとるために下手したてに出た。


「技術レベルの調査は早々そうそうに打ち切った。専門家じゃないし、店にならんでいる商品はかわりばえしないから、得るものはないと判断した。

 そこで、ストロングホールドの食文化に着目ちゃくもくした。例えば、どんな食材が使われ、どんな料理が食べられているか。地域の特色とくしょくや食材の値段など、事細ことこまかに調べ上げたよ」


 僕らが宿舎に帰ると、ロイとスージーは食べた料理の話ばかりしていた。不思議に思っていたけど、そういう理由だったのか。おそらく、パスタの話と関連しているのだろう。


市場いちばで売ってるものが、レイヴンズヒルとたいぶ違いましたよ」


物流ぶつりゅうが未発達だから、近場ちかばで取れる食材が幅をきかすんだろう。近くに海がないから、海産物かいさんぶつは少なくて、逆に食肉しょくにくが目についたな。あと、こちらでもパスタやピザは見当たらなかったよ」


「パスタの話は進めるつもりなの?」


「実は、もう自分の考えは決まっている。最有力候補は乾燥かんそうパスタだ。やはり、長期保存が可能でなければ、普及ふきゅうのさまたげになるからな。

 下調したしらべも現実のほうですませた。乾燥パスタには専用の小麦粉があるらしいから、メイフィールドのもので代替だいたいできるかどうかだな」


  そんなわけで、帰りの馬車は乾燥パスタの話で持ちきりだった。ピザはトマトが存在しないし、チーズが大量に必要なので候補からはずれた。


 自分も現実に戻ってから、ネットで乾燥パスタについて調べた。おおがかりな機械で作るようで、広まったのが約五百年前と意外と新しかった。


 ロイは〈梱包〉パッケージングの作業自動化を用いて、どこまで実現できるか挑戦するようだ。手元てもとに小麦粉がないので、全てはレイヴンズヒルに帰ってからのお楽しみだ。


     ◇


 レイヴンズヒルに到着したのは、出発から二日後の昼すぎ。移動時間の長さもあって、故郷に帰り着いたなつかしさと、とてつもない解放感を味わった。


「みなさんへのねぎらいの気持ちです」


 直接自宅には帰らず、パトリックの屋敷で食事をごちそうしてもらった。その席上せきじょうで、ロイが今後の方針――小麦粉を用いた料理の振興しんこうを説明した。その後、こんな質問をした。


学長がくちょうはパスタ、もしくはスパゲッティという料理をご存じないですか?」


「どのような料理ですか?」


「小麦粉をねって作ったもので、細長くてまん中に穴があいています。たいてい、ゆでて麺状めんじょうにして食べます。麺と言ってもわからないかもしれませんが」


「パスタ……、名前は聞いたことありませんが……」


 パトリックは首をかしげた。この様子だとパスタ自体存在しないか。まあ、僕らにとっては願ったりかなったりの話だ。


「ただ、そのような料理をどこかで食べた記憶なら」


「パスタ自体はあるってことですか?」


「一部地域で作られているのか、それとも、昔存在していたのか。はっきりとしたことはわかりかねますが、最近のことでないのは確かです」


 あいまいな答えだ。別の料理と勘違いしていないだろうか。ふと頭をよぎった考えをパトリックにぶつける。


「もしかして、〈外の世界〉で食べたとかですか?」


「そうですね……。それなら、記憶があやふやなのも説明できますか」


 パトリックが急にしずんだ様子を見せて、ため息をついた。部屋が静寂せいじゃくにつつまれ、スプーンと皿がこすれ合う音がひびき続けた。


 しばらくして、パトリックが重い口を開いた。


「みなさん。一つ、アドバイスさせてください。新しい事業を起こすのはかまいません。ただし、街の方々に協力してもらったり、作業をおぼえてもらおうとするのは、あきらめてください」

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