忘れやすい人々

クレアの夢(前)

     ◇


 現場の後始末あとしまつはトレイシー達にまかせ、ひと足先にストロングホールドへ帰還した。


 その頃には時間も時間だったので、上への報告はクレアが簡単に済ませたため、僕らに出る幕はなかった。その日は宿舎に戻って、すぐに寝ることができた。


 けれど、翌朝から聞き取りが始まった。大勢の偉い人達に囲まれ、取り調べのような雰囲気で行われた。かなり緊張したけど、向こう側にパトリックがまぎれていたので、いくぶん気が楽だった。


 貴族きぞくがたゾンビについてくり返し質問され、話せることは残らず話した。魔法を使ったことも、言葉をしゃべっていたことも全部。


 聞き取り終了後、パトリックと立ち話をした。ついでに、コートニーの〈分析〉アナライズをゾンビに使用した結果も報告した。


「貴族型ゾンビについては、考えをあらためないといけないでしょう」


 パトリックの感想はそんなものだった。人間と見分けがつかないことはともかく、魔法の使用や普通に言語をあやつったことが、衝撃的だったらしい。


 犠牲者が出ているわけだから、ハッピーエンドではないけど、魔導士失踪事件は解決し、僕らのゾンビ探訪たんぽう計画も一応いちおうの決着がついた。


 けれど、自分にとっての試練は、まだ終わっていなかった。


     ◇


 聞き取りが終わり、コートニーと一緒にひと息つく。個別こべつに受けていたので、かなりの時間がついやされ、何だかんだで夕方だ。街を見て回りたいけど、今からできることはかぎられそうだ。


「これからどうしますか?」


「とりあえず、ロイやスージーと合流しましょうか」


 そう決まり、中央ちゅうおう庁舎ちょうしゃを後にしようとした時だった。


「あっ、いたいた!」


 廊下を走るクレアに呼び止められた。


「話があるんだけど時間ある?」


 断る理由はない。けれど、クレアがいかにもわるだくみをしていそうな表情をしていた。


「ちょっと彼を借りるわね」


 クレアはコートニーに断りを入れ、ついてくるよう手まねきした。まだ自分は何も言っていない。どうやら、強制のようだ。


 戦々せんせん恐々きょうきょうとしながら、記憶をひっくり返す。きっと試合の話だろうと、心を落ち着かせた。


 連れて行かれた先は中央庁舎の屋上。そこからは三百六十度街を見渡すことができ、北の方角に雄大ゆうだいな山脈が望める。


 遠くの景色けしきを見やりながら、クレアが切りだした。


「あのさ……、ウォルターって〈外の世界〉の人間だったりする?」


 心臓がドクンとはね上がった。彼女が気まぐれでこんなことを言いだすと思えない。頭をフル回転させて発言の意図を探った。


「……どうして、そう思ったん……でしょうか?」


 平静へいせいをよそおって答えるも、動揺どうようを隠せなかった。


 クレアから何もかも見すかしたかのような瞳を向けられる。ユニバーシティを追放されるか、おたずねものになるという最悪の展開が頭をよぎった。


「雰囲気からして私達とちがうし」


「それは認めるよ。人里ひとざと離れた山奥で生まれ育ったから、いまだに都会の生活に慣れてないし」


 ひとまず安堵したものの、口ぶりから隠し玉があるのはまちがいない。


「何も、直感だけでこんなことを言ってるわけじゃないんだけどなあ」


 再び鼓動こどう高鳴たかなりだした。反応を見定めるように、クレアの眼光がするどくなる。彼女はどんな証拠をつかんだんだ。まさか、僕やコートニーの素性すじょうを調べ上げた……?


「昨日、ウォルターが屋敷を飛び越えたところを見たの。私達にない特別な能力を持った人が、〈外の世界〉にはたくさんいるって言うでしょ」


 ああ、そのことか。彼女は早い段階で屋敷に来ていたから、目撃していてもおかしくない。あの時は逃げることに夢中でうっかりしてた。


 いやいや、スッキリしている場合じゃないか。人間にんげんわざじゃないんだ。少なくとも、この国の人間は空を飛ばない。


 途端に頭の中が真っ白になった。きっと顔面は蒼白そうはくになっているだろう。もう手遅れだけど、かるはずみ行動だったと反省した。


 しかし、ふいに言いわけがひらめき、元気が戻ってきた。


「あの時、煙突をよじのぼって屋根にあがったんだ。そこから飛びおりたのを見て勘違いしたんじゃない?」


「それも屋敷の中から見てた。空を飛んでいるのを見たのは、それよりも前。とても見まちがいだったとは思えないんだけどなあ」


 天をあおいだ。あれは言いわけのしようがないほどの大ジャンプだった。どこまで告白すべきか、どこまで告白していいかで、頭がこんがらがった。


「もしかして、この間の試合で見せた不思議な技も、空を飛んでいたのと関係してる?」


 試合の件も話にからんでくるのか。もはや、のらりくらりとかわせる状況じゃない。こうなったからには、先手を打って、主導権をにぎったほうが得策だ。


「正直に話すから、そのことは秘密にしてほしいんだ」


「〈外の世界〉に連れて行ってくれたら、見のがしてあげてもいいよ」


 クレアもヒューゴの同類どうるいか。案外あんがい、くみしやすいかもしれない。


「それは無理な相談だよ。僕は〈外の世界〉の人間ではないし、〈外の世界〉に行ったこともない」


 クレアはジトっとした目をこちらから離そうとしない。事実なのに信じてもらえない。こちらがを上げるのを待っているようだ。


「これは本当なんだ。信じてほしい」


「それなら、空を飛んでたことの言いわけから、まずは聞かせてもらいましょ」

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