頼もしい仲間(中)

     ◇


 パッと目覚めた。異世界へ来るようになってから、もうすぐ一週間。今や到着した感覚が手に取るようにわかる。


 体を起こしてソワソワと先輩の姿を探すも、屋根裏部屋には誰もいない。何かが左手にもたれかかる感触があり、ふとそちらを見下ろすと――隣りに誰かが寝ている。


 この時間には起きているはずのダイアンと勘違いしたけど、よく見ると見おぼえのある男の頭だ。


 まさかのまさか。思いがけず、実験に成功してしまった。


「先輩、起きてください!」


 無我夢中で先輩をゆり起こす。


「何だ」


 そう言って起き上がった先輩は、喜色きしょく満面まんめんの僕を見るなり、不機嫌そうに目をそばめた。


「何だ君、床で寝ていたんじゃないのか。どうしてこっちへ移動したんだ」


「違いますよ。置かれている状況を、冷静に確認してください」


 先輩は自身の体を見ておどろいた。自分の時と同様、上半身裸だった。


「どうして裸なんだ……。まさか、君……」


 先輩が軽蔑けいべつのまなざしを向けてきた。


「違いますよ! ここですよ、ここが言い続けていた異世界です!」


 弁解が実を結び、部屋を見回した先輩が現状を把握した。途端に興奮のるつぼと化し、幾度いくどとなく「おお!」と声を張り上げる。部屋の観察に飽きると、こちらへ顔を向けた。


「ここか!」


「そうです、ここです!」


 僕らは肩を組んで喜びを分かち合った。


「ウォルター……。そういうことは、よそでやってくれるとうれしいんだけど」


 その声に振り向くと、下り口から半身をのぞかせたダイアンが、ゲンナリとした顔をしていた。


     ◇


「じゃあ、ウォルターと同じ世界から来た人なのね」


「突然おじゃましてすみません」


 無事ダイアンに事情を飲み込んでもらった。


 先輩にダイアンを紹介し、この部屋に居候いそうろうしていることを説明する。部屋着を先輩に貸して、自分は制服に着替えて、さっそくベーカリーの外へ出た。


「にわかには信じがたいが……」


 ベーカリー前の景色けしきを見渡しながら、先輩は言葉を失った。


「嘘ではなかったでしょ?」


 一週間近く背負い続けた肩の荷がやっと下ろせた。


「いや、喜ぶのはまだ早いぞ」


 かつてない満足感にひたっていたのに、先輩がそれに水を差した。


「どうしてですか?」


「君の話に影響を受けて、それっぽい夢を見ているだけかもしれない」


 先輩の主張は一理あると思った。目の前にいる先輩は、潜在的せんざいてきな願望が生み出したまぼろしかもしれない。ぬか喜びにならなければいいけど。


「本当に喜び合えるのは――、明日目覚めた時、君とかたい握手をかわせた時だな」


 心から同意した。そんなことを言う先輩は、いかにも先輩らしいと思った。


「それで、これからどうするんだ?」


「会わせたい人がいます」


     ◇


 手始めにパトリックの屋敷へ連れて行くことにした。道すがら、パトリックのことや所属する〈資料室〉、ゾンビに魔法などなど、異世界での経験をひと通り説明した。


 街なみに目を奪われ、先輩は気もそぞろだったけど、そのわりにおどろくほど理解が早く、こんな感想を述べた。


「ゲームじみたところもあるが、現実的な面も結構多いな。しかし、たかだか一週間でずいぶんと進展したんだな」


 すでに登城とじょうしてないか心配だったけど、まだパトリックは在宅していた。


学長がくちょうは見た目が中学生みたいですけど、偉い人なので気をつけてください」


 そう先輩に注意してから屋敷へ入る。パトリックはリビングでしたくをしている途中だった。


「本当に連れてこられたんですか?」


「どういうわけか、試してみたらできました」


 目を見張ったパトリックは心なしか困惑気味だ。


「年下にしか見えないけど、本当に子供じゃないのか?」


「この世界の人達は年をとらないそうです」


「なるほど。そういうことか」


 たぶん、見た目が幼いだけの大人をイメージしていたのだろう。


「彼に質問してもよろしいですか?」


 ウズウズした様子のパトリックが、先輩の前に進み出た。確認を求めてきた以上、〈催眠術ヒプノシス〉による質問だと理解し、「かまいません」と応じた。


「あなたのことを教えてください。いいですか?」


 パトリックが芝居がかった調子で言うと、先輩の顔つきが豹変ひょうへんした。焦点の合わない瞳をパトリックへ向け、日頃ひごろのポーカーフェイスから、ますます感情が失われていく。


「名前は土井どいと申します。同居する家族は両親、自分、妹の四名。今年大学受験を控えた高校三年生で、高校では文芸部の部長を務めております。

 太田おおたくんとは部活動において出会い、かれこれ一年以上の付き合いがあります。今日は彼の不得ふえ要領ようりょうながら魅力的な誘い文句につられ、わけもわからぬままこの世界へ連れてこられました。

 この世界へ来る直前、太田くんから〈梱包〉パッケージングなる能力を頂戴ちょうだいしましたが、自分自身それが何であるのか、いまだに把握できていません」


 先輩は真顔のまま、よどみなくしゃべり続けた。


「一気に話しましたね……」


 淡々たんたんと原稿を読み上げるような自己紹介に、あ然となった。この時初めて、パトリックの能力を客観的きゃっかんてきに実感できた。


「理解のおよばない単語がいくつかふくまれていましたが、おおむね理解できました」


 先輩がキツネにつままれたような顔をこちらへ向ける。自分が何をしていたのかさえ、忘れたかのようだった。


「ウォルターは他人に能力を与えることもできるんですか?」


「自分でもよくわかってないんですけど、そうみたいです」


 我ながら意味不明な返答だけど、これがいつわらざる気持ち。たて込んでたから忘れてたけど、確か、能力名は〈委任〉デリゲートと言ったっけ。自分には〈悪戯〉トリックスターの他にも能力がそなわっていたということか。


「実は、これから元老院げんろういん評議会ひょうぎかいに出席しなければなりません。昼すぎには戻ってこられますので、それまでの間、この世界を案内してあげてください。〈資料室〉へは私から話を通しておきます。あと、彼の処遇しょぐうも私にまかせてください」


 パトリックはそう言い残して、せわしなく屋敷を出発した。

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