聞き取り調査(前)

     ◇


「意地でも何もしないつもりか」


 スコットがムッとしながら席を立ち、僕とケイトもそれに続いた。


「寄り道すんなよ」


 三人でオフィスを出て行く直前、チーフのイラだった声が飛んだ。


「少し怖そうな人だね」


 オフィスを出てから率直そっちょくな感想を言うと、ケイトから意外な答えが返ってきた。


「ある意味、やさしい人ですよ」


「まあ、何もしなければ、何も言ってこないからな。今日は何か機嫌が悪かったけど」


「ウォルター。チーフと接する時の心がまえをお教えします。業務の指導やサポートが受けられるといった甘い考えは、今すぐ捨てさってください。何をしてもらうかではありません、何をしてあげられるかを考えましょう」


 二人の息ぴったりのかけ合いを聞いていると、心がなごんでくる。チーフと付き合っていくのは骨が折れそうだけど、二人と一緒なら乗りきれそうな気がした。


     ◇


 目的地のイーストダウンは、レイヴンズヒルの南東に位置する村だ。林業を生業なりわいとする人達が多く住んでいて、ゾンビ化の犠牲者はそこの住人だ。


 村人達の仕事場は村とレイヴンズヒルにはさまれた森林で、そこは屋根裏部屋から見えるくぼ地だと、あとから知った。


 イーストダウンへ行くには、東南地区を経由けいゆして、いったんレイヴンズヒルの外へ出なければならない。結構距離があるので馬で向かうことになった。


 乗馬の経験はないけど、道案内の人が同行することになったので、その人に僕の馬を引いてもらうことで、事なきを得た。


 なぜ馬車を利用しないかというと、東南地区は勾配こうばいがあるため通行自体が難しいそうだ。


「東庁舎近くの大通りっていうと……、だいたい、この辺か」


「……こんな間近にまで来てたんですね」


 スコットが馬を止めて、手にした冊子さっしに目を落とす。いつにも増して挙動きょどう不審ふしんなケイトは、必要以上に周囲を警戒している。


 ベーカリーへ続く長い下り坂が目に入った時、あることを思い出した。この世界へ来た当日、この付近でダイアンと一緒にゾンビと遭遇したことを。


「ゾンビが出たのって、三日ぐらい前のこと?」


「そうだ。ちょうど三日前だな」


「それなら、もう少し先だと思う。あそこの坂をのぼっている途中に見かけたから」


「ウォルター、現場にいたのか?」


「うん。偶然近くを通りかかって、最初から最後まで見てたんだ」


「大丈夫でした? 引っかかりれたり、かまれたりしませんでした?」


 ケイトが声をふるわせながら言った。遠巻とおまきに見ていたから心配はいらないけど、ゾンビって感染するものなのだろうか。


     ◇


 東南地区へ入って下り坂を進む。その途中、ベーカリーの前を通りかかった。あわい期待をいだいたけど、ダイアンと顔を合わすことはなかった。


 二十分ほど進んで、ようやく道の終端が見えてきた。


 自然の地形を活用した門と壁は、比較的新しくぢんまりしている。外敵の侵入を防ぐといった、差しせまった雰囲気は感じられない。


 門をぬけた先では、東西にのびる巨大な川が行く手をふさいでいた。川幅は三十メートル近い。レイヴンズヒルの南端沿いを流れ、天然の外堀そとぼりとしても機能しているそうだ。


 石造の頑丈がんじょうな橋を渡り、川沿いの街道を西へ進むと、まもなくイーストダウンの村が見えてきた。村人達にたずね回り、難なく犠牲者の家に到着した。


 木造の質素な家だ。玄関先のベルを鳴らすと、暗い表情の中年女性が出てきた。


 僕はその人を知っていた。遠目とおめだったから、顔まではおぼえていないけど、髪型と体格を見るかぎり、あの日に現場で見た女性にまちがいない。


 昨日の今日の出来事だから、夫人はまだ立ち直れていない様子だ。家には上がらず、玄関先で話を済ませることになり、ケイトが代表して質問した。


「旦那さんは木材の切りだしへ行ったまま帰って来なかったんですね?」


「はい……」


 夫人が力なく答えた。


「それはどのくらい前ですか?」


「見つかった日の一週間近く前だと思います。主人はお酒を飲みに、よく街のほうへ行ってましたので、何度かさがしに行きました。あの日、偶然発見して……」


 夫人が消え入りそうな声で気丈きじょうに答えた。ケイトの顔に同情心が色濃くあらわれた。


「一週間であんなところまで行ったのか」


 となりのスコットが独り言をつぶやいた。


「旦那さんが切りだしを行っていたのは、どの辺りかわかりますか?」


「私は存じ上げませんが、お隣りのジョンなら知っているかもしれません」


 夫人が憔悴しょうすいしきった顔を上げ、隣りの家を指さした。聞き取りはそれで終わった。


「ところで、旦那さんにそういうところはありましたか?」


 立ち去りぎわに、ケイトが思い出したように質問を投げかけた。


「……そういうところとは?」


「わからないのなら結構です」


     ◇


 隣りの家へ向かう途中、さっきの質問の真意しんいをたずねた。すると、こんな答えが二人から返ってきた。


「ゾンビ化する方は忘れっぽいところがあると言われています」


「有名な話だから、それを知らないなら、あの奥さんはそういうタイプだってことさ」


 隣りの家に住む、仕事仲間のジョンに事情を聞いた。行方不明当日は対岸たいがんのくぼ地で切りだしを行っていて、犠牲者は奥深くまで足をのばしていたそうだ。


 案内をお願いすると、仕事のついでだと快諾かいだくしてくれた。

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