聞き取り調査(後)

     ◇


 くぼ地へ向かうため、小船こぶねで川を渡った。対岸には住居や小屋などの建物がいくつか見え、整備された岸壁がんぺき桟橋さんばしには数人の人影がある。そのはるか先――切り立ったがけの上にはレイヴンズヒルの街が見えた。


 桟橋から陸に上がって、まがりくねった林道を進む。道ばたのそこかしこに丸太がころがっていた。当日に別れたという場所へたどり着き、そこでジョンと別れた。


 三人で奥地へ足をふみ入れる。段差の多い林道は、しだいに道幅がせまくなっていき、三人では横にならんで歩けなくなった。


「ゾンビが出たらどうしますか?」


 逃げ腰のケイトがビクビクと辺りを見回しながら言った。


「ケイトはゾンビが苦手なの?」


「苦手です」


「そのわりには楽しそうだな」


「興奮と恐怖って似たようなものですから」


 ケイトはおびえた様子でも表情は明るい。本人の言う通り、おけ屋敷を楽しんでいる感覚なのかもしれない。


「レイヴンズヒルにはめったにゾンビが出ないんだよね?」


「めったにない。今回のが四、五年ぶりくらいかな。前回はスゴい騒ぎだったんだぞ」


「レイヴン城内でしたからね。あの時はいろいろと記録的でした」


 ゾンビ化の原因やレイヴンズヒルに発生が少ない理由など、疑問点は数え上げたらキリがない。それらがどごまで常識なのか、どこまでつっ込んだ話をしていいのかが迷いどころだ。


 なぜなら、辺境へんきょう出身の世間知らずという設定があるとはいえ、度がすぎていると、〈侵入者〉ではないかと疑いの目を向けられてしまう。


 やはり、〈資料室〉で腰をすえてやっていくからには、パトリックに時間を作ってもらって、一からゾンビについて勉強すべきだろうか。


「何であんなことになったんだっけ?」


「城壁の補修ほしゅうを酔っぱらった状態でやっていて、足をふみ外して頭から落ちたとか、そんな話だったと思います」


 聞きのがすまいと聞き耳をたてていたけど、その場面を想像しただけで、鳥肌とりはだが立つような話だった。


 つまり、死ぬとゾンビになるということだろうか。死人イコールゾンビで、生きている人に影響をおよぼさないなら、怖がる話ではないか。


     ◇


 犠牲者の足どりはなかなかつかめない。付近を三十分あまりうろつき、やっとの思いで有力な手がかり――林道の脇に打ち捨てられたオノを見つけた。


「犠牲者のオノでしょうか」


「そうかもな。見ろ、血痕けっこんがついている」


「……殺人事件ってこと?」


 僕が不穏ふおんな言葉を口にすると、二人は押しだまった。ふと周囲に視線を送ると、すぐそばの斜面しゃめんを下りた先に靴が落ちていた。


「あそこに靴があるよ」


「でかしたウォルター」


 スコットがさっそうと斜面を下り始め、僕とケイトも後に続いた。離れて落ちていたものの、靴は左右とも見つかった。


 土や草が掘り返されていたり、付近には争った形跡けいせきがあった。スコットが地面に残った足あとを、注意深く調べ始める。


「これはオオカミかもな」


「オオカミに襲われて、ここで亡くなられたのでしょうか」


「二通り考えられるな。オオカミに襲われてここへ転落し、手傷てきずを負わされて絶命ぜつめいした。もう一つは、自分の足を誤ってオノで切りつけてここへ転落。そして、身動きが取れなくなったところをオオカミに襲われた」


「……故人こじんの名誉を考えると、前者のほうが良いですね」


 自分もケイトの意見に賛同した。


「死ぬとゾンビになる……ってことだよね?」


「そうですけど……」


 困惑気味のケイトを見て、うっかり口をすべらせたと思った。さすがに非常識すぎたのだろうか。


「ウォルターは知らないのか。確か、人がほとんど住んでいない超ド田舎の出身だって言ってたな」


「そうだったんですか。人間が少ないなら、ゾンビだっていないですよね」


 パトリックが思いつきで作った設定が、思いがけず役立った。


「レイヴンズヒル周辺なら死んだ場合のゾンビ化が普通かな。ただ、辺境のほうでは病気で体が弱ってたり、体力を消耗しょうもうしただけでもゾンビ化するぞ」


 辺境だとゾンビ化しやすいって、メチャクチャな話だと思った。体力の消耗というのが、どの程度のことを言ってるのかもわからない。


「付け加えますと、くなられても、全員が全員ゾンビになるわけではありません」


「そう。貴族はめったにゾンビ化しないし、平民でもならないのは結構いる」


 頭が混乱してきた。もうダメだ。これは論理的な話ではない。パトリックを始め、この世界の人達の頭脳ずのう結集けっしゅうさせても、ゾンビ化の謎が解明されていないのだから当たり前か。


「でも、安心してはいけません。少数ながら貴族きぞくがたゾンビというのが報告されています。特徴はとにかく足が速いことです。まるで――生きている人間のように」


「まだ生きていたのかもしれないな」


 ケイトがおどろおどろしく言うと、スコットがちゃかすように口をはさむ。もはや常識ではかれる問題ではないから、考えることはやめた。


「ここから、どうやってあそこまで行ったんだろう」


「それもそうですね」


 ふと思いついた疑問を口にする。ここからゾンビが出現した場所まで、二時間以上の道のりがある。誰にも発見されずに、あそこまでたどり着くのは至難しなんわざだろう。


「イーストダウンの住人が、崖をのぼって街の酒場にくりだす話を聞いたことがある。どこかしらにのぼりやすい場所があって、ゾンビが本能的にそれを知っていたのかもな」


 スコットの洞察力どうさつりょくに感心した。思い返せば、夫人もそんな話を口にしていた。その推理を全面的に採用して、僕達は調査を終えることにした。

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