試合

挑戦状

     ◇


「おい、新入り!」


 東棟ひがしとう西棟にしとうをつなぐ渡り廊下を進んでいる時、威嚇するような声に呼び止められた。背後から二人組の男が近寄ってくる。片方の男は血走ちばしった目をこちらへ向けていた。


伯父おじに恥をかかせたのはお前だろ?」


 そう言った男の年齢は二十代前半。整った顔立ちに洗練された髪型。プライドが高そうな勝ち気な瞳には、明確な敵意が宿っていた。対して、となりにたたずむ男はそっぽを向いて、無関係をよそおっているように見える。


「彼はベレスフォード卿のおいです。確か、名前はデビッドだったと思います」


 パトリックの説明を受ける前から、男の言う伯父が誰であるか予想がついた。その人物以外、思い当たらなかった。


「俺と試合で勝負しろ」


 そう言ったデビッドの眼光が、さらにするどさを増す。何というタイミングのいい展開だろう。幸か不幸か、さっそく得たばかりの知識が役立った。


 とはいえ、挑発に乗る気はさらさらない。極力争いごとを回避し、絶えず一歩引いて、これまでの人生を歩んできた。


「ウォルター、あいつと知り合いなのか?」


 スコットの問いかけに首をひねるしかない。こんな状況にも、いい加減慣れてきたので、動揺は少なかった。けれど、事態を収拾しゅうしゅうする方法は見当もつかない。


 デビッドの行動が、ベレスフォード卿の差し金かどうかも気がかりだ。今後も付きまとわられると考えただけで、ゲンナリする思いだった。もっとも、これが個人的な行動だとしても、面倒なことに変わりないんだけど。


「お前はジェネラルをめざしてるんだろ? これでも俺は序列のついた士官しかんだ。俺を楽々ふみこえていくようでなければ、ジェネラルなんて夢のまた夢だぞ?」


「何だ、あいつ。いつにも増して、うっとうしいな」


 スコットが顔をしかめて言った。パトリックに仲裁してもらうしかない。そんな気持ちのこもった視線を向けたものの、思いも寄らない言葉が返ってきた。


「どうしますか。勝負を受けますか?」


 口をかたく結んで、正気を疑うような眼差しを返す。どうしますかって、まだ魔法が使えないことを、誰よりもよく知っているはずなのに。いや、早とちりはいけない。


「今すぐってわけじゃないですよね?」


「彼は今すぐ行いたいようですが……」


 パトリックがデビッドの顔色をうかがいながら言った。それなら、なおさら無理じゃないですか。僕の能力をどこまで過大かだいに評価しているのだろうか。


「待ってください。こういった果たし合いは禁止されてないんですか?」


「正式な手続きをふんでいれば問題ありません。具体的に言えば、立会人たちあいにんを立てて、公的な場で行えばいいのです。ついでながら、私はその立会人の有資格者です」


「ちょっと来てください」


 パトリックの腕をつかみ取って、柱のかげまで引っぱり込んだ。


学長がくちょう肝心かんじんなことを忘れてます。僕はまだ魔法が使えないんです」


「それは存じ上げています。けれど、能力で魔法を消失させられるなら、魔法の発動もできると考えるのが、自然ではありませんか?」


 百歩ゆずって、その理屈が正しいとしても、試合をするとなればわけが違う。ボールがけれるからと言って、すぐにサッカーの試合ができないように。


「簡単に言いますけど、まだ能力を使いこなせていないんです。魔法を使ったことだってありません。第一、まだレプリカの指輪しか受け取ってませんよね?」


「安心してください。魔法の発動における指輪は、決して必須要素ではなく、補助的なデバイスにすぎません。使い物になるかどうかはともかく、現に序列じょれつの上位に名を連ねる魔導士なら、指輪がなくとも多少の魔法が使えますから」


 どうしてこう頑固がんこなのだろう。本気でこのまま試合をさせるつもりだろうか。


「これはウォルターがまいた種ですよ?」


「彼の話を聞いていなかったんですか? 学長も一枚かんでるじゃないですか!?」


 挑発的な言葉を投げかけられ、小声ながら語気を強めた。図星をつかれたからか、パトリックはしばし口ごもった。


「考えてみれば、私はまだウォルターの能力を拝見していません」


「言ってくれれば、いつだって見せますよ」


 ひねくれた物言いに、僕は取りつく島をあたえない。


「では、魔法を使えるかどうか、この場で試してみましょう」


 あげ足を取られた。これは自分がまいた種か。乗るべきか、乗らざるべきか。本心では試してみたくてしょうがない。


 ただ、仮に成功したら、そのまま試合になだれ込ませる作戦だろう。それが目に見えているから、うかつに返答できない。


「何やってるんですか? 青筋あおすじ立ててるやつが、お待ちかねですよ」


 スコットが柱のかげから顔をのぞかせた。


「試合を受けるかどうか相談しているので、少し待っていただくよう伝えてもらえますか?」

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