システム

     ◇


学長がくちょう、こんなところにいたんですか」


 ちょうど話にひと区切りがついた時、ボサボサ頭の若い男が声をかけてきた。男は眠いのか、だるそうにしている。


「話って何ですか?」


「彼のことでちょっと」


 パトリックがこちらを手で指し示す。男は僕の顔にジロジロと視線を投じるも、いつまでたっても反応を示さない。


「例の彼です」


「……どの彼ですか? 見かけない顔ですね」


「先ほど、会合の場で紹介したと思うのですが……」


「すいません。今日はちょっと眠かったんで、今来たところなんです」


 男はバツが悪そうに答えた。


「正直なことは結構だと思います」


 それにパトリックが穏便おんびんにフォローする。弱みでもにぎられているのかと思ったけど、下手したてに出たのは、これから頼みごとをするからだった。


「彼は今日ユニバーシティに加入したばかりの新人です。ここに慣れるまでの間、彼の面倒を見てもらいたいと思いまして。どの部署ぶしょへ所属するかも決まってませんから、その辺りの案内もふくめて、お願いできませんか?」


「別にかまいませんよ」


 男はあっけらかんと引き受けた。


「よろしくな。俺はスコット」


「ウォルターです」


 さっぱりとした笑顔で手を差しのべられ、僕はそれに応じた。


「ウォルターは人間よりもキツネが多い辺境の出身で、世間知らずなところがあります。そこのところ、よろしくお願いします」


 新たな設定が勝手に加えられたけど、実際この世界のことはよく知らないし、あきらめムードなので気にもとめない。パトリックの暴走になれていくのが怖い。


 男の名はスコット・エッジ。年上だけど、一つ、二つしか違わない。制服の着こなしからはだらしない面が、表情からは気さくでおおらかな性格がうかがえる。


「何だ、〈風の家系ウインドミル〉じゃないか。仲良くなれそうだな」


 スコットの胸元には同一のワッペンが縫いつけられ、えりやそで口も同色のラインで彩られている。指輪にしても、制服にしても、出身一族が重く位置づけられているようだ。


「スコットの父君とは、かねてより懇意にさせてもらってます。同じ〈風の家系ウインドミル〉ですし、もしよろしければ、彼に魔法を教えてもらったらどうでしょう。多少難があるものの、魔法の才能に恵まれた方ですよ」


 スコットがまんざらでもない表情をうかべる。多少難があると言われたのに、気にならないのだろうか。


 パトリックは魔法が使えないから、それを他人に頼むのは自然だ。ただ、僕が魔法を使える前提で話を進めるのは、先走さきばしりすぎではないだろうか。まだ確証はないし、現状魔法の『ま』すら教えられていないわけだし。


     ◇


「ユニバーシティには二つの潮流ちょうりゅうがある。それが城塞守備隊キャッスルガード辺境守備隊ボーダーガードだ。その二つの組織の違いを、端的に説明するならば、人間を相手にするか、ゾンビを相手にするかだ」


 城内を移動しながら、スコットからユニバーシティについて説明を受ける。パトリックも同行しているけど、現在は聞き役にてっしている。


 レイヴン城の中心的な建物は宮殿、東棟ひがしとう西棟にしとうの三つ。宮殿の南側に、東棟、西棟の二つが翼を広げるように東西に配置され、三つの建物はトライアングルをえがいた渡り廊下でつながっている。


 主に西棟には城塞守備隊キャッスルガードが、東棟には辺境守備隊ボーダーガードとアカデミーの部署が入っている。


城塞守備隊キャッスルガードの利点は、じっくり魔法の鍛錬にはげめること。欠点は刺激が少ないのと、張り合いがないことかな。一方、辺境守備隊ボーダーガードの利点は、大自然でゾンビとたわむれられること。欠点は各地方をたらい回しにされることだな」


 ゾンビとたわむれたい欲求はないけど、この国を旅して回りたい願望はあった。その点では後者に魅力を感じたけど、ダイアンやパトリックのいるレイヴンズヒルを離れるのは迷いがある。


「学長。ウォルターはよりどりみどりなんですか?」


「彼には実績も経験もありません。ですから、一から始めることになります」


「学長の知り合いなら、どこへでもほうり込めるんじゃないんですか?」


「ユニバーシティ設立にたずさわった者として、その理念を尊重そんちょうしたいのです」


「コネは使わないってことですね。まあ、ユニバーシティは魔法が使えてナンボだから。実力さえあれば、出世なんてあっという間さ」


 スコットが悩みなど一つもないような表情で、僕の背中をポンポンとたたく。公的な機関、組織の大半は特定貴族の支配、管轄かんかつ下にあり、部外者が入り込む余地はないそうだ。


 反対に、ユニバーシティ傘下さんかの機関にかぎれば、純粋な実力主義の世界。そこで問われるのは魔法の才能ただ一つ。もっとも、実務でも実績や経験を積み重ねなければ評価は勝ち得ないそうだけど。


「手っとり早いのは、門番とか巡回じゅんかいとか気楽な仕事をこなしながら、試合に出て階級を上げることだ。階級が上がれば、入れる部署にも幅が出てくるし、好きな仕事を選べるようになる」


 ユニバーシティの階級は上から士官しかん准士官じゅんしかん下士官かしかんの三つに分けられている。上位組織への所属や幹部への就任には、階級による制限がもうけられていて、学歴や資格に近いものがあるようだ。


「ユニバーシティの魔導士は最低半年に一回は魔法の公式戦に出場しなければならない。名目めいもくは日々の鍛錬をおこたらず、魔法技術にみがきをかけるためだ。階級の決定や序列じょれつ変動の判断要素にするという、れっきとした目的もある」


「ちなみに、士官階級の序列一位がジェネラルです。序列を上げるのなら、多くの試合をこなして勝ち星を積み上げていくのが一番の近道ですよ」


 パトリックがしたり顔で口をはさむ。途方もなく長い道のりを強要していた自覚がないようだ。会合が盛り上がった理由も、今ならよくわかる。


「スコットはどこで働いてるの?」


「ちょっと特殊だけど、俺は辺境守備隊ボーダーガードのほうだな」


 ユニバーシティの一員としてやっていくなら、魔法の試合はさけて通れない道か。それは一刻も早く魔法を習得しなければならないのと同義だ。


(でも、半年に一回でいいなら、今からあせる必要もないか)


 気長に考えて、肩の力をぬいた。僕にとってはまだ気が早い話――のはずだった。

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