第9話
次の日の朝、私とアイザワ君とその友だちは、一緒に学校へ行った。電車の中はいつもどおりサラリーマンやOLや高校生でひしめき合っている。ぴたりとくっついているアイザワ君は、汗臭かったし、酒臭かった。電車が揺れる度、私はアイザワ君にもたれ掛かる。
「なんか、俺のせいでごめんな」
「ううん」
二日酔いの頭でアイザワ君は言った。その日から、アイザワ君は学校で私のことを気にかけてくれ、話しかけてくれるようになった。そしたら何故か、今まで私を避けていた女の子たちが私に話しかけてくれるようになった。
普通なら、それがきっかけとなり、二人は恋に落ちたりするのかもしれないが、私とアイザワ君にそのような事態は訪れなかった。もはや、私の中でアイザワ君は、憧れの人でもなんでもなかった。というか、そもそもアイザワ君を本当に好きだったのかどうも怪しかった。
歩は自分にできる方法で、私に迷惑がかからないように落とし前をつけたつもりでいる。暴力沙汰を起こすことなく、苛めから私を救うには、自分自身を理解してもらうしかないと歩は思ったのだろう。性同一性障害に対するバイアスを消し去るのが、一番早い方法だと考えたのだ。それが、ヤクザ並みにいかつい仲間による拉致とカラオケでの酒盛りというのが気になるが、無血解決を成功させたのだった。歩らしい方法だった。お父さんは酔いつぶれた五人を見て、「歩はもてるなあ」と言った。
今、歩はお父さんの写真館で働いている。傍らには、ユイナちゃんがいる。ユイナちゃんは、寄り添うように歩を手伝っている。少し改築した歩の写真館は、映画のセットのような窓枠が設けられ、照明を焚くとまるで自然光が差し込む部屋のように見える。設備投資のお陰で、印刷会社から商品カタログなどの仕事をもらえるようになった。
「歩とユイナちゃんは結婚できるのよね?」
「え?」
「そうすればさ、三人目の娘ができることになるものね」
小声でお母さんはそう言った。この人は、どこまでも変わっている。でも、そのこだわらない性格が、歩を幸せにしたのだ。
すごく男っぽいヤツ、普通のヤツ、少し女っぽいヤツ、そしてすごく女っぽいヤツ。色んなヤツがいる。もちろん女にも色々いる。男も女も一色じゃない。様々な色の男、様々な色の女がいる。染色体は男と女しかなくても、色はたくさんある。もしも、男と女との間に十段階があったなら、歩は何段階目だろう。そして私は何段階目なのだろう。もしも、歩が自分の位置が理解できて、そして周りにいる私たちも、そのことを理解してあげていたならば、歩は性別を変えてまで女側に行こうとは思わなかったかもしれない。もっと、自分の色を大切にして生きられたかもしれない。
アイザワ君拉致事件のあった週末、私たちはお父さんに写真を撮ってもらった。その時の写真を、私は今も大事に持っている。こっそりアルバムが抜き取ったのだ。もちろん、二人で並んで写っている。歩は笑い、私は随分幸せそうな顔をしている。
その時だけ、私が歩の腕に抱きついている。
了
歩の色 桜本町俊 @sakurahonmachi
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