アングレカム~大切な人~

一ツ柳八重

第1話それは遠い昔の物語

 あるところに一人の少年が居ました。

 その少年は王国の未来を託され旅にでました。


「僕頑張るから!」


 少年は幾年も世界を歩き回りとうとう魔王に出会います。


「よくぞ参った。我こそはこの世の全てを統括すべし魔王ぞ」


 魔王には角にギザギザした牙があります。

 少年はたった一本の剣を携え、何年も何年も磨き上げてきた剣術、知識、感覚をすべてを出し切り魔王に挑みました。


「魔王。僕はお前を倒すと決めた」


 その言葉を最後に魔王にいい、全力で攻防を繰り広げます。


「やりよる。我をここまで追い詰めるとは」


 魔王は防戦一方です。

 それもそのはずでした。

 魔王には守るべきものと、動けなかった理由があったのです。

 白い小さな花。


「勇者と言うべき存在になる少年よ。お前は何の為に戦う」


 そう問いかける魔王に少年は何も言わず、攻撃を激しくしていきます。

 魔王はただ魔力で守りを固めるだけです。

 たった一時の為に全力で守っている魔王は、攻撃など途中から一度もしてませんでした。


「すまんな。こんな死にかけの魔王の言葉を聞いてくれ」


 魔王は時間が来たと言わんばかりに言葉を発しました。

 その言葉を少年は聞かずに何度も攻撃を繰り返します。


「我はただ愛すべきものを助けたかっただけなのだ。少年、真の悪とは何か? そこに何が生まれる」


 魔王の問いかけに少年は何も返さず全力で攻撃を繰り返します。

 その力はまさしく悪の魔力を纏っていて勇者とは言えないような物でした。


「答えられなかろう。少年、あと少ししたら我はここに消えようぞ。それは我の意識が死んだという証。でも、魔王としては消えない。その身を滅ぼさぬ事を願っておるぞ」


 それが魔王最後の言葉でした。

 少年の剣は魔王を貫き、魔王は少しずつ消えていきました。

 そして、残ったのは一輪の花と勇者として称えられる少年だけでした――。


※※※


「そう。これが我の兄が築き上げた隣国のおとぎ話じゃ。そして誰もが知る勇者伝説の話でもある」


 私は謁見の間で国王にそう話された。

 広さは千人くらい余裕で入れそうなくらいで、大理石でできた柱からは国旗と王族の紋がかけられており、私のいるところには赤いマットが入口から続いている。

 そのマットの両端には水が流れており、渡ろうとしても二メートルくらい対岸との距離がある。それに聞いた話だと、この流れているところは深さ十メートルくらいあるらしく、この水も特殊性で一度踏み込んだら抜けられないようになっている。

 流れている水のスタート地点は王の周りに張られている水のベールだろう。


「はい。王様。それは私も存じております」


 片膝をついて、床に顔を落としたままで私は答えた。

 私がここに呼ばれるようになった理由は十日前の昼頃だ。

 家事をしていた私のもとに何人かの兵士が来て、国王がある適性を持った人間を抜粋して招集をかけているという事だったのだ。

 その抜粋に難なく選ばれ、ある適合試験を何日もやらされた挙句、あなたは死にます、ご了承ください、とか言われて三日間監禁された。

そして、今日なんだかわからない物を持たされた挙句に、準備された衣装を身にまとい今に至る。


「それはそうと、そろそろ顔を上げてくれんかのう?」

「謹んで辞退させていただきたいと存じます」


 王の言葉はどこか不安と困惑した声で私に言ってきた。

 その際周りに誰かが居るらしく、こそこそと話している声がしっかりと聞こえてくること以外何ら人と変わりない。

 ある人はこう言う。


「王様になんてご無礼な。あんな街娘のニートなど頼るとは我々の国ももう終わりかな」


 他のものはこう言う。


「あれだろ? あの子実はすごく美人なんだってな。なんで嫁にもらわれなかったのかなんとなくわかった」

「あれだな。自己中」


 そんな事を言っているから、私が拷問よろしく適性検査を受けたんじゃないか。


「これ皆の者。そんな事言うものじゃない。彼女は我が国の唯一の適合者なのじゃ。そもそも不甲斐ないと思うのは我が近衛兵なのだぞ!」


 王には聞こえていたらしく、兵士だろう人たちに一喝を入れてくれた。

 その言葉を聞いた後には誰も話さなくなった。

 それだけここの王は強い権力と信頼があるのだろうと推測は出来た。


「それはそうと、お主の名前を聞いていなかった。良ければ聞かせてくれないだろうか?」

「はい。私の名などとるに足りない物ですが、王様が存じたいと言うのであればお答えいたしましょう。私めの名前はアンズ・グレイス・カムリビアと申します」

「アンと言うのだな」


 かなり略された名前で言われたが、そこは反論してはいけないと私の中でもう一人の自分が静止をした。


「それでだ。アンよ。お主には魔王を討伐してもらいたいのじゃ。かの適性試験で見事神具マナ鉱石――エーテリアスに選ばれた主にしか頼めないのじゃよ」


 魔王討伐。

 過去の伝承で、魔王は滅ぼされた筈なのに今になって蘇った理由は誰も知らない。

 もちろん研究者が束になって、隣国と連盟を組んでまで解明しようとしたようだが、調査団は全員死亡。それに加えて生存者はダークマターに体を侵され、体の一部が鉱石として少しづつ使われていった。

 その実験課程上、非人道的な事もやらかしたらしく、連盟関係は崩壊。各国英雄伝承に残る少年のような力を携えた人間を洗い出し、一人ずつ討伐と言う名目で死刑宣告をしていた。

 もちろん、その事に関しては誰も文句は言わなかった。私の国でも同様な事が行われ、私の前には何人物の勇者候補として殺人者、ニート、不良などを送り込んでは帰って来たものは居なかった。

 多分適性と言うのも嘘なのだろう。迷惑に思われている人を捕まえ殺せないからそう言ってるに違いない。

 何より、この国の一大イベントの死刑宣告に私が今まで呼ばれなかった方がおかしい。その理由は名前以外記憶がないからだ。

 知らないうちにこの国に居たのここ数年前の話。それから、いろいろ新しい情報を仕入れて今暮らしていた前の家の主のおじいさんに養子として引き取ってもらえたから生活できていた。


「頼むから顔を上げてくれぬか? 顔色を見て報酬などを話しあいたいのじゃ」


 何度も話すそばからそう言ってくるので、仕方がなく顔を上げた。

 前髪が顔にかかり、半分隠れるけど気にしない。もともと私の髪型は左右非対称としているために半分隠れるようにしている。

もう半分はしっかりと見えるようにしており、長さは大体ショートカットくらいの長さにしていた。

 顔を上げた瞬間周りがまた騒ぎ始めたが、王が一言で沈めてくれた。


「なかなか、可愛い顔をしておるのう。儂の息子はいらぬか?」

「遠慮いたします。私のような人間には不釣り合いです」

「そうか。なら報酬についてだが、儂から提示できる条件は三つじゃ」


 その条件を私の頭の中で思考する。


1、 王位継承の際、第一王位継承権を私にし、国の全てに関わる事の責任とその他の権利を約束する。

2、 これからの生活において、私の家系全ての人の将来、生活は国が亡びるまで王室が援助する。もちろん王の子孫が途切れなければ永遠に不自由なくこれから暮らせる。

3、 私の望みを可能な範囲ですべて叶えてくれる。これは回数を増やせとか言わない限り、制限なくここで前者二つ以外なら何でもかなえてもらえると言う事だ。


「どうじゃ? 報酬としてはそこそこ良いと思うのじゃが」

「確かによろしいと思います。ですが、私が国政、はたまた生活の援助なる物を永遠と受け続けるのはどうかと存じ上げます。確かに未来永劫、私のようなニートとか言われる人種が結婚しても稼ぐことはまず出来ないでしょう。魔王を討伐して結婚できようものなら、尚私のような堕落した人間を製造することになりかねます」

「と言う事は三じゃな?」


 その王の言葉に私は無言と言う答えで返した。


「よろしい! 今ここに王命を言い渡す! アンズ・グレイス・カムリビアは直ちに適性神具マナ鉱石を持ち魔王討伐の任につけ! 報酬は願いを可能な限り叶える事とする! ここに契約の証拠として今! 一つ願いを言う事を許す!」

 吹奏楽隊でも居るのかと思うほどの勇ましい音楽が流れてきた。


「はい。王様。私が今ここで臨むのは、伝承にある花を探していただきたいと願います。あの花は私一度見てみたいと思いましたので」

「よかろう。選抜し捜索と我が国の情報網を使って見つける事を約束いたそう!」


 そして、私は謁見の間を後にし魔王討伐に行くことに決まった。


※※※


 あれから二年の月日が流れた。

 たくさんの情報を元に魔王の居場所を特定するのに時間がかかった為だった。

 日に日に強大になっていく魔王の魔力は同時に、調査隊の通信も妨害されていくのに加え、ステルスと言うものだろうか? と思うほど痕跡と気配を完璧に消していったのだった。

 私は一つの渓谷に来ている。

 そこは水飛沫が霧のようになり、一年中視界が安定しないのと、虹が観測できる唯一のところだった。

 そこは、私の国とは違い隣国なのだが、それでも観光名所として名高い場所で有名なところだ。

 だがある時ピタリと人の行き来がなくなり、悪い噂が立ち始めた。


――あそこは死の渓谷だ。迷い込んだら全員死ぬ。


 その噂を聞きつけた私は一目散にここに来たと言う事だ。


「さて、どうしようか。旅を初めて早二年。私はいろいろな知識をため込んで、王様は花を見つけられず、討伐していいものか」

「そんな事言うもんじゃないだろ? そもそもアンの依頼事態馬鹿らしいんだからさ」


 かなり若い青年の声が渓谷に響く。

 でも、そこには私一人しかいないから、はたから見たら幽霊が居るのではと思われても仕方がなかった。

 でも、私自身は声の主を知っている。

 今、私が装備している手甲だ。

 普通の皮ガントレットだが唯一違うものが有る。甲の位置に一対の翠色の鉱石がはまっていた。

 その物が点滅して声を発しているのだ。


「確かにそうだけどさ、エル。でもあの花見てみたいんだよね。魔王が愛する人を守る為に命をとしてまで守った花をさ」

「そうは言うけどな。あんなの伝承だろ? それがあるんなら勇者が帰って来たときくらいに見に行く人が多いだろ? しかも魔法だぜ? この世界にあるのは魔法じゃないんだからさ」


 もっともの事を言うエルに対して私は同意したくないと言いたいような顔をしている。

 エルは旅立つときに渡されたマナ鉱石だった。初めは何も話さなくてただ光っていただけだったんだが、一年くらいしたとき夜中に声が聞こえたのだ。私を呼ぶ子供の声が。

 その時だったエルと出会ったのは。彼はたった数カ月で人間の知識と私の持っている記憶から考え方、戦い方を学習し、図書館では伝承をどんどん吸収していった。

 そしたらいつの間にか高校生くらいの声音になって、自分を工学研究所で加工しろと言いだした。

 それからと言うもの、ガントレットの形にして二人で旅をしてきたのだ。


「今は術式工学だもんね。魔法何てそもそもないし。エルもあれでしょ? マナ鉱石とか言われてるけど魔法とは違うんっしょ?」

「もちろんだ。僕は魔法と言うより神力に近い。過去の伝承である神話の時代に作られたアーティファクトと言うものの一種だな」

「そんな物加工してよかったの?」

「いいも何も、魔王を倒すんだろ? 僕はそもそも神社とかでやるお祓いみたいな事しかできないんだ。後は邪悪なものを退ける、もしくは滅する為に存在してるのに、戦いにくい物でどうしろと? 過去に何回も人の手に渡り、魔王に合ったけど、アンみたいなのは初めてだった」


 かれこれ話している内に霧が濃くなり、至る所から何かが氷着くような音が聞こえてきた。


「アン話は終わりみたいだ。魔王の魔力と思われる魔の力が周りを汚染していってる」

「エルあれ展開できる?」

「もちろん」


 ガントレットの光が私を包み込み、全身が発行する。

 これは魔の影響を受けなくするわけではなくただの防具替わりのものだ。

 私たちは過去に二度この魔の影響下に居たが、ダークマター化はしなかった。

 エルに言わせると特異体質らしく、何かに守られてるに等しいと言う事だ。


「さて、行きますか。伝承に語り継がれた魔王を倒しに」

 私は霧の中に足を踏み入れ、視界が安定しない中をただただ歩いていき崖の手前で止まった。

 どうして止まれたかと言うと、滝の音が聞こえたのと、目の前に大きな黒い鉱石がうごめいていたからだ。


「これが汚染されたものってわけね。ここに居るのは間違いなさそう」

「やれやれ。やっと僕たちの戦いも終わるのか」

「さっきとは逆の事言わないでくれない? ムカつく」

「は? 逆の事なんて言ってないだろ?」

「言ってる。過去話するって言う事は、寂しいって事でしょ?」

「そんな訳ないだろ! したのはアンの方じゃないか!」


 そんな事をまさかの敵の居る前でし始めていた私たちは、ある声を聴いて我に返る。


『誰だ……俺を起こすものは。俺は人を殺す気はない。さっさと消えろ!』


 黒くうごめいていたものが一斉にこちらに触手みたいなのを突き刺しにくる。


「へぇ……これで刺す事により感染するんだ。初めて見た」

「そんなこと言わない! これの固まっている物に触れてもじわじわ汚染されるんだから! 不謹慎だぞ!」


 一本、二本、三本とたくさんの触手が私に向かって来るが、私はそんな事を気にもせずエルとの会話をしながら歩みを進める。


「不謹慎で悪かったわね!」


 一本目は体を左にずらしてよける。


「そうだ! 不謹慎なんだよ! アンはいつもそうだよね!」


 二本目は頭を下げて躱す。


「不謹慎不謹慎煩い! エルがもっと頼りがいがあればそんなこと言わないよ! そもそも汚染された人治せないとか? 神社のお祓いとかと同じなんじゃなかったの?」


 三本目は左手の甲で弾く。


「あ! そんなこと言う? アンだって汚染されない体質だからこそできるんだろ!」


 四本目は首を左に傾けて避ける。それと同時に顔の右側を鉄の棒が通った後みたく風が通り過ぎ髪が暴れる。


「エルが役に立たなかったら死んでたよ!」


 五本目六本目が螺旋状で、一突きで心臓を止めようと向かって来るのに対し、その場で止まり両手を交差させて突き出し接触させる。

 そして少し均衡していたが、交差させていた両手を広げると触手は止まり砕け散った。


「あーあ。何なんだったら僕を使うなよな。これ接触するだけで結構痛いんだからさ!」

「そんなこと言ったら私だって当たらないようにしてるんだら感謝しなさいよ!」


 そうこうしてる内に大きな黒いものに手が触れるところまで歩いてきていた。

 そこは崖の上。

 足場がないはずのそこに私は立っていた。

 それは魔王が拒絶しているからなのと、確実に仕留めるためには近づいて貰った方が圧倒的に楽だからだ。


「さて、口喧嘩はここまでで終わり。行きますか。最終決戦へ」

「もち! その代り終わったら手入れしろよな。アンは美人なんだから多少の事はやらせろよ?」

「死亡フラグ建てられた気がするけど?」


 そう言いながら、足場だろう場所にしゃがみ左手を置く。

 それは狙いを定める一種で、三角を半分にした感じの形でおいている。


「行くよ。エル。三十六式聖槍――グングニル!」


 勢いよく右こぶしを振り上げ、地面を砕く勢いで振り下ろす。

 足場になっていた所に当たると、黄色い光が瞬き一瞬で周りを暗くしたのもつかの間、白いヒビが入り右腕が足場を砕き貫通した。

 同時に周りに合った触手の塊と、後ろから襲おうとした触手は黒い粒子になって砕け散り私は黄色い光に包まれながら自然落下していった。


『お前、人間じゃないな。俺に歯向かうのか? 俺は傷つけたくないのになぜ邪魔をする。お前は殺してやる。必ず!』


 頭の中に低くどす黒い感情と声が流れてきた。


「エル聞こえた?」

「もち。まあ俺達には関係ないだろ」

 そう言いながら最下層に到着し私は周りを見渡した。

「お前か。俺を怒らせたのは」


 その声がした方を見ると年齢は22~3歳くらいの青年が剣をもって立っていた。


「あなたが魔王? 意外に好青年の感じがするんだけど見かけによらないね」

「俺は誰だ? お前は一体」


 戸惑う感じがうかがえるが、ここに来た時に聞こえた声と同じだった。


「お初にお目にかかります! アンズと言いうもの! 魔王討伐の命を受け貴方を討伐しに来たニートです!」

「そうか……英雄か。魔王。俺は魔王だ。お前を殺す義務がある」


 魔王の言う言葉がさっきから支離滅裂すぎる気がする。言い聞かせてるかと思えば、そうだ! みたいに断定系で締めたり。


「アン。もしかしたら彼、人の意識があるのかも」

「そう思う?」

「もちろん。殺すかどうかはアンが決めてくれ。それに従い僕は力を放出する」


 私はエルの言っている事を信じて、自分のいまする事に集中する。

 左腕を、自分をかばう感じに腕を折り水平に構え、右手はいつでも突き出せるように顔の横で引き構える。

 左足を前に出し重心を低くして魔王の出方を伺った。


「俺は……我は、俺は!」


 すると魔王は剣を振り上げ走って来た。

 その斬撃は後ろに飛びのき回避する。

 降り降ろされた剣を魔王が体を捻り一閃。

 左手のガントレットで弾き踏み込む。

 右手を突き出す。

 魔王は何かを唱え黒い障壁で拳を止めた。

 引いていた剣を私に向かって突き出して来たのを、体を捻って躱す。

 魔王は剣を途中で止めて右回りで躱した私を思いっきり蹴った。

 私は吹き飛び岩肌に思いっきり体を打ち付けた。


「かっは!」


 肺の空気が全部強制的に吐き出され、そのまま地面に倒れこんだ。

 蹴られた所がひりひりと痛み胸がクッションになってくれたものの、そうじゃ無ければ肋骨が折れていたかもしれない。

 それと、同時に魔王に接触した瞬間頭の中に映像が流れてきた。

 そこには斬撃を繰り返す少年に、大きな体で私を庇って動かない大きな人っぽい者に、何かを話しているような声。決着がついたと感じた時には、少年らしき人が話しかけてくる光景。

 そして、最後に入口が閉じられて、その瞬間外から大きな力を感じた事が一瞬にして頭の中に流れ込んできた。

 それが意味することは、つまり私は、私の名前の意味は。

 仰向けの体制から打つむせになり、魔王を見た。

 今も脱力した構えのままで、どこからあのような攻撃が出来たのか見当もつかない。


「アン。本気出す?」

「エル。たぶんあれは伝承の勇者だから。殺すのは」


 私は立ち上がり、先ほどと同じ構えをとるが、今度は深呼吸をして意識を集中させた。

 周りは見えない。黒い霧で視界ははっきりしないけど、自分の周りはエルの光で垂らしてくれてるし、魔王は黒よりもきれいな漆黒のオーラを纏っているから何となくわかる。


「行くよエル。私の渾身の一撃を込める」


 立ち上がった事に気が付いた魔王が首だけをまげて不敵な笑みで見てきた。

 もう一度深呼吸をした。

 次の交戦が最後。たぶんあの魔王の本体は伝承の勇者だ。もしこの仮説が正しければ次飛ばされたら剣で止めを刺してくるだろう。

 そして、勇者の少年が伝えられず今まで花が見つからなかった理由は――。


「なら刺し違えてでも」

「アン。君の恐怖は伝わってる。いざっていうときは」

「エル。悪いけど私は負けるつもりはないよ」


 そして駆け出して来た魔王に対して私は構えを解く。

 魔王の一撃。

 体をそらし避ける。

 躱した体制のまま後ろに飛ぶ。

 下からの切り上げ。

 体を回し魔王の体に背中を付けた。


「ごめん」


 一言、剣を振り上げた腕を掴み背負い投げをした。

 魔王の腕は変な方に曲がり、地面にたたきつけられたけど、何ともないような感じだった。


「イクリプセス・コルプション」


 小さな声で囁かれた単語が聞こえると同時に青年の体は漆黒の鎧に包まれていた。

 この意味は……たぶんイクリプス浸食と解析の造語。そして腐敗つまり、浸食と腐敗の鎧を作りこむための解析技と言う事だろうか?


「はははははは! やったぞ! ついにこやつが暗黒術式を使った! 我の勝利だ」

「いや。終わり。神具解放。二十六式――天地砲槌! ニョルニル!」


 緑色の光が右拳に集まり、倒れている魔王に叩きつけられる。

 空気が振動し、何重にも緑の紋章が魔王の前に現れた。


「なんだこれは! 我は魔王ぞ! 我にかなうものなど!」


 私はそれを聞かずに紋章を砕く。

 拳は鎧の中心を穿ち、魔王を中心にクレーターを作る。

 拳を中心に緑の円が何度も放出されていた。

 私は一度距離を取り、様子を伺う。

 魔王はふらふらと立ち上がり、ボロボロになった鎧は朽ちていく。


「我は、我は人を殺す! 殺すために生まれたのだ!」


 がむしゃらに向かって来るのは魔王と言うよりただの子供の様だった。

 魔王が強いのはその人の身体能力を使えただけ。

 伝承に合ったように、本当は、魔王は人の中に居るのであって、魔王と言うものと足らしめるのはその力だ。それは人に乗り移り、渡り一番力が人を操れそうな人に寄生する。それが魔王の正体だったのだ。


「今助けるから。エル」

「!? もしかして君が! 待ってよ! アン!」

「第一式――アングレカム!」


 技名には意味があり、その意味を理解することによって使える。唯一使えなかった技だけど今の私には使いこなせると実感すると同時に、使えたとしたらそれは私自身が伝承に出てくる白い守られた花だと言う事になる。

 白い閃光が周りを染め、たくさんの花びらを舞わせた。

 それが収束した時には、私の体は白い光に包まれ、拳の鉱石が付けられたところに花が咲いていた。


「魔王。一番守りたかった物を守ってくれた人の思いを受けて私がお前を倒す! 伝承の勇者が乗っ取られても私を隠してくれた事に報いるため、お前の体はエーテリアス……エルによって解放させる!」

「ふざけるなあああああああ!」


 そして馬鹿みたいに向かって攻撃範囲に入った瞬間に、拳を引いて一瞬で強打した。

 魔王は打たれた所でくの字に折れ曲がり、背中から白い柱がでて悪魔の顔が見えた。


「これでやっと」


 私は拳を引き、膝を追って座り込んだ。

 私の体を支えに前の勇者と言われていた少年は倒れていて、私の後ろにはもう一人男性が立っていた。


「アン。君の名前の意味って、アングレカムだったんだ」

「あの時接触した際に知ったのよ。一撃受けたときにね。そう言わなきゃいけない気がして」


 私の体から白い粒子が舞って行く。


「私消えるみたい。死ぬのかな?」

「いいや。君は死なない。僕たちが居る限り。王が君を見つけるまで僕がここに居てやる」

「ありがとう」


 瞳から涙がこぼれて、最後に伝承の勇者に声をかけた。


「あの時守ってくれてありがとう。恩返しが出来てよかった」

「――君があの時の花だったんだね。俺の正気を戻してくれた」


 そう聞こえて頷くと同時に私は消えた。


※※※

 私は消えゆく意識の中であの伝承の真実を思い出した。残ったのは私と少年だけじゃない。

 あの話には続きがある。そして、それは一生語り継いではいけない物でもあるように感じた。

 

 その続きが――。

 その勇者と称えられる少年は、魔王の力に飲み込まれ修羅と化していました。

 ですが、魔王が理性を保ち守ろうとした花を見たとき、正気を取り戻したのでした。


「僕は魔王を倒したかったんじゃない。世界が救いたかったんだ」


 少年は花をまた正気じゃなくなった時の為にそこに続く道を閉ざしました。誰にも気づかれないように。


「あの花はアングレカム。祈りを伝える花」


 その花を心に添えて少年は内に潜む魔王と戦い始めました。

 そして、魔王の力を滅する人が現れるまで自分の成長を止める決心までして――。

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