第二章 その男、態度でかい_2
その時私は庭に出ていた。
「ちょっと小鈴! 草取りなんていいから、中入ってな!」
最近、お養母さんは何か厳しくなった。
妓女でもないのに外出禁止令を出され、今まで行っていたお
私は仕事が減って楽ができるからいいのだが、その様子がちょっと
「いいかい小鈴。アタシは身寄りのないあんたを余暉から引き取って、今まで
とりあえず
だって最初の頃は、いつでも代わりはいるんだからと
大体、甘い物はそれほど好きではないので、それをくれるからといってほいほいついて行ったりしない。
それにしても、まさか庭に出ていることすらだめだなんて。
「草取り、違う。材料さがし」
「は? 『材料さがし』だって?」
当たり前のことだが、学生の頃の私にはお金がなかった。
だってお
しかし学生のバイト代なんて、たかが知れている。
それに反して、
しかも化粧水だけではなく、洗顔料や乳液、クリームに美容液。果てには日焼け止めからリップクリームに至るまで。それらをライン使いしようと思ったら、同じブランドの商品を
なので学生のうちは、プチプライスのブランドの中から気に入った物を選んで買うのが
しかし蘭花は、それでは満足しなかった。
彼女は己の容姿に、一ミリの
というわけで姉の美容を保つには、私のバイト代を全てつぎ込んでも全然足りなかった。
だって私が
他にも最新の雑誌を見て流行を勉強したり、新たな化粧法を取り入れてみたり。
今思えば、自分のためでもないのによくもまああんなに熱心になれたよなと思う。
姉に強制されていたというのもあるが、結局私は女の人を美しくするのが好きなのだ。だから芙蓉たちにはもっともっと、色々な美容法を
そのために私がやろうとしているのは、かつて実際に行っていた雑草による美容法だ。
それは、私の
驚くなかれ、雑草はしぶといだけあって、お
例えば春先に
それを水洗いして、花部と少しの根っこを
もちろん人によって合う合わないはあるが、うちの姉に関して言えばアレルギーもなくめちゃくちゃ効いた。
他にも、ドクダミやヨモギ、クマザサなど。特別な物は何もいらない。ただ取ってきて洗って漬けるだけで、
野草は化粧水の他にも、お茶や
私はお金がかからなくてほくほくだし、姉は肌の調子が良くなってほくほく。さらに父まで抜け毛が減ってほくほくしていた。一石三鳥どころか四鳥も五鳥もある最高の美容法だ。
ということで下働きが減って時間に
幸運だったのは、この世界の植物が日本とほとんど変わりないということだった。
言葉が
なので私はそれほど苦労せず、目的の雑草を揃えることができた。
しかしそれをお養母さんに説明しようにも、少ない
とりあえず私は材料採取を
高血圧に効くドクダミ茶でも飲めば、お養母さんも少しは落ち着くだろう。
それから季節は過ぎて、秋になった。
夏の暑さが
夕刻、私は
このオシロイバナは、その種が
ちなみに、こちらでの花の名前は
花の下には、
「何をしている?」
声を
夏が終わっても、彼は間を空けずに通い
そのうち身代を
芙蓉の
彼には、本を
「種、探す」
そう言って黒い種を差し出し、
中から、白い粉がこぼれ出す。
「これ、
単語の発音は良くなってきた自信があった。
しかし、
なので補足のために、顔をポンポンと
「なるほど。
鉛白も買えないのかと、芙蓉にプレゼントされては困るのだ。
「鉛白、よくない。顔、
男はしばらく、意味が分からないと言うように
こういう時は、もっと言葉が
「鉛白、人殺す。頭、
そう言って自分の頭をとんとんと指差すと、男の顔色が変わった。
「それは……誰かに教わったのか?」
「違う。他の国、知った。俺、来た。遠く」
そう言って、適当な方向を指差した。
お客さんからどこから来たと
別の世界から来ましたと言って、信じてもらえるはずもない。
「あちらというと……
そうか、西には砂漠があるのか。
そんなことを考えつつ、こくりと
男は何かを考え込むように、難しい顔をしていた。
「……お前が花酔楼にやってきたのは、いつだ?」
尋ねられて、少し考える。
「一年と、半分くらい?」
こちらに来たのは去年の春だから、そろそろそれぐらいにはなるはずだ。
そう思うと、なんとなく
すると、男の顔が
なにかまずいことでも言ってしまったのだろうか?
どうしたものかと視線を
「
それだけで、私は少しほっとした。
「いや、そうじゃないが……」
そう言って、なにか難しい顔をしたまま男は去って行った。
「小鈴、今度は何をやらかしたんだ?」
「分からない。してない……多分」
そう言って、二人
翌日、いつものように
今度は何を言いつけられるのだろうと思いながら、彼女の
「小鈴です。来ました」
お養母さんの房室には、お養母さんとその
来客中かと
「まあまあ、そこに座りなさい」
(どういうこと? いつもならお客さんの目につかないように行動しろって
しかし
とにかく言われた通り、二人の前に座る。
男がじろじろとこちらを見てきた。品定めされているようで
しばらくして、お養母さんがようやく口を開いた。
「小鈴、あんたの
「……なに、言ってる? 俺、妓女違う」
何かの
「もう
それだけ言うと、お養母さんは私に背中を向けて行ってしまった。
その
それと入れ
彼らは私を逃がしはしないというように、ガッチリと取り押さえた。
その動きは訓練された軍隊のように規則正しく、逃げ出す
「はなして! 違う! 俺違う!!」
もう何もわからなくて、必死に
やっと一年半が
お養母さんや
(全部、私の独りよがりだったの? お養母さんは私を
意味が分からなかった。
何もわからないまま、私は馬車に押し込まれる。貴族様が乗るような立派な馬車だ。
馬車の中には、見覚えのある人物が乗っていた。
「なんでここいる!? あなたは……」
そこまで言って、私は彼の名前も知らないことに気が付いた。彼は私に本をくれた青年官吏だった。
「車を出せ」
彼の命令に従い、からからと車輪の回り出す音がする。
少しずつ、住み慣れた花酔楼の建物が遠ざかっていった。
「な……んで?」
尋ねようとして、自分がひどく緊張していることに気がついた。
(身請けって、この人が私をお金で買ったってこと!?)
悲しいのか、
花酔楼で
しかし
(それも、こんな
せめて一言でも事情を説明してくれたら、こんな思いはしなくて済んだのに。
彼はこちらを見ようともしない。
「なんで、こんな───っ」
勇気を出して口を開くと、
大きな
(
混乱と
しかし
その時だ。窓の向こうで、聞き覚えのある声がした。
「小鈴───!!」
首を動かして
長い
しかし馬車と
男たちにもみくしゃにされている余暉が、少しずつ遠ざかっていく。
「やめて!! 余暉……俺
男の手を振り
男たちに取り押さえられてもなお、余暉は
「小鈴───!!」
余暉が何度も、私の名前を呼ぶ。それは、彼のつけてくれた名前だ。
(私になんて
「やめさせて! 大人しく、する! 俺なんでもするから!」
一緒に乗っていた男に
必死で
それを確かめて、私はもう一度男に向き直る。
「約束、して。花酔楼、も、
そう言って口を大きく開き、舌を突きだした。
私の意図を悟ったのか、男は驚いたように目を見開き、そしてすぐに
「……わかっている。そんなことをしていると本当に舌を
「本当か?」
「希望を聞いている内に大人しくしろ。まだ言うようならあいつらがどうなっても知らんぞ」
そう凄まれれば、黙るしかなかった。
そうして馬車は私を乗せて、
※カクヨム連載版はここまでです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。続きは本編でお楽しみください。
皇太后のお化粧係/柏てん 角川ビーンズ文庫 @beans
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