第二章 その男、態度でかい_2




 その時私は庭に出ていた。

 かたわらには竹を編んだみかご。その中には、採れたての雑草が種類別に置かれている。

「ちょっと小鈴! 草取りなんていいから、中入ってな!」

 とつじよ養母かあさんにられ、おどろいた。

 最近、お養母さんは何か厳しくなった。

 妓女でもないのに外出禁止令を出され、今まで行っていたおつかいもほかの人にたのむという。

 私は仕事が減って楽ができるからいいのだが、その様子がちょっとじんじようではなかった。

「いいかい小鈴。アタシは身寄りのないあんたを余暉から引き取って、今までめんどう見てやったんだからね? わかってんのかい! だからだれさそわれてもかつについてくんじゃないよ。あめだまやおたぐいならアタシが買ってあげるからね!」

 とりあえずうなずくが、言っている内容がどうもおかしい。

 だって最初の頃は、いつでも代わりはいるんだからとおどしてばかりいたのだ。だから私は、る場所と食事のために必死で働いた。

 大体、甘い物はそれほど好きではないので、それをくれるからといってほいほいついて行ったりしない。

 それにしても、まさか庭に出ていることすらだめだなんて。

「草取り、違う。材料さがし」

「は? 『材料さがし』だって?」

 げんそうな顔のお養母さんに、私は今いたばかりの雑草をほこらしげにかかげた。

 当たり前のことだが、学生の頃の私にはお金がなかった。

 だっておづかいもバイト代もすべて、姉の美容品に姿を変えていたからだ。

 しかし学生のバイト代なんて、たかが知れている。

 それに反して、はんしよう品はおそろしく高かった。化粧水は安くても一本千円。上を見ればきりがない。

 しかも化粧水だけではなく、洗顔料や乳液、クリームに美容液。果てには日焼け止めからリップクリームに至るまで。それらをライン使いしようと思ったら、同じブランドの商品をいくつもそろえなければならない。一つ千円の物をだ。それもしようもう品なので、物によってはひと月を待たず無くなってしまう。

 なので学生のうちは、プチプライスのブランドの中から気に入った物を選んで買うのがつうだ。少なくとも、友人の杉田はそうしていた。

 しかし蘭花は、それでは満足しなかった。

 彼女は己の容姿に、一ミリのきようも許さなかった。ニキビなんて出来ようものなら、やつになってはいじよしたがった。シミやソバカスなんてもっての外だ。彼女は指のささくれにすらにくしみをいだいていた。

 というわけで姉の美容を保つには、私のバイト代を全てつぎ込んでも全然足りなかった。

 だって私がまかなっていたのはしよう品だけじゃない。ファンデーションやらマスカラやら、普通のメイク用品だって買わなくてはいけなかったのだから。

 他にも最新の雑誌を見て流行を勉強したり、新たな化粧法を取り入れてみたり。

 今思えば、自分のためでもないのによくもまああんなに熱心になれたよなと思う。

 姉に強制されていたというのもあるが、結局私は女の人を美しくするのが好きなのだ。だから芙蓉たちにはもっともっと、色々な美容法をためしてみたかった。

 そのために私がやろうとしているのは、かつて実際に行っていた雑草による美容法だ。

 それは、私の辿たどり着いた最高にお金のかからない美容法。

 驚くなかれ、雑草はしぶといだけあって、おはだや健康にとって驚くほどの有効成分がふくまれている。

 例えば春先にくハルジオン。びんぼう草と呼ばれるあれだ。

 それを水洗いして、花部と少しの根っこをしようちゆうける。そうするとあら不思議。三か月後には美白に効く化粧水が出来上がる。

 もちろん人によって合う合わないはあるが、うちの姉に関して言えばアレルギーもなくめちゃくちゃ効いた。

 他にも、ドクダミやヨモギ、クマザサなど。特別な物は何もいらない。ただ取ってきて洗って漬けるだけで、てんしよう水の出来上がりだ。

 野草は化粧水の他にも、お茶やにゆうよくざい、果てには父の養毛にまでりよくを発揮した。

 私はお金がかからなくてほくほくだし、姉は肌の調子が良くなってほくほく。さらに父まで抜け毛が減ってほくほくしていた。一石三鳥どころか四鳥も五鳥もある最高の美容法だ。

 ということで下働きが減って時間にゆうのできた私は、美容を気にする妓女たちのためにその野草化粧水を作るつもりだった。ついでに雑草茶も。この世界でお茶は高級品なので、気軽に飲めるものではないのだ。

 幸運だったのは、この世界の植物が日本とほとんど変わりないということだった。

 言葉がちがうので呼び名こそ違うが、見た目も味も全くいつしよだ。

 なので私はそれほど苦労せず、目的の雑草を揃えることができた。

 しかしそれをお養母さんに説明しようにも、少ないでどう説明すればいいのか。

 とりあえず私は材料採取をちゆうあきらめ、ろうの中に入った。

 高血圧に効くドクダミ茶でも飲めば、お養母さんも少しは落ち着くだろう。






 それから季節は過ぎて、秋になった。

 夏の暑さがやわらいで、風が少し冷たくなる。

 夕刻、私はこしをかがめてオシロイバナの種を探していた。

 このオシロイバナは、その種が白粉おしろいになると知ったお養母さんが春先に大量に植えさせたものだ。なのでいくらとってもきることがない。

 ちなみに、こちらでの花の名前はしやはん。ちょうど夕食ごろに咲くせいだ。

 花の下には、すではじけた種が無数に落ちていた。

「何をしている?」

 声をけてきたのは、例の若いかんだった。

 夏が終わっても、彼は間を空けずに通いめているらしい。

 そのうち身代をつぶしてしまうのではないかと、私は少し心配になった。

 芙蓉のげ代はそれほどまでに高い。

 彼には、本をもらった恩もある。

「種、探す」

 そう言って黒い種を差し出し、つめの先で割った。

 中から、白い粉がこぼれ出す。

「これ、る。顔」

 単語の発音は良くなってきた自信があった。

 しかし、りゆうちようしやべるのにはまだほどとおい。

 なので補足のために、顔をポンポンとたたくジェスチャーをした。すると、男の顔に理解の色が広がる。

「なるほど。えんぱくの代わりか」

 うでを組んでうなる男に、私は鉛白をおくり物にしない方がいいと伝えたかった。

 鉛白も買えないのかと、芙蓉にプレゼントされては困るのだ。

「鉛白、よくない。顔、れる。芙蓉おくる、別の物」

 男はしばらく、意味が分からないと言うようにけんしわを寄せていた。

 こういう時は、もっと言葉が上手うまくつかえればなあと心から思う。

「鉛白、人殺す。頭、こわす、薬」

 そう言って自分の頭をとんとんと指差すと、男の顔色が変わった。

「それは……誰かに教わったのか?」

「違う。他の国、知った。俺、来た。遠く」

 そう言って、適当な方向を指差した。

 お客さんからどこから来たとたずねられたら、最近はこう返すようにしている。

 別の世界から来ましたと言って、信じてもらえるはずもない。

「あちらというと……西せいいきか。ばくえてきたのか?」

 そうか、西には砂漠があるのか。

 そんなことを考えつつ、こくりとうなずいた。

 男は何かを考え込むように、難しい顔をしていた。

「……お前が花酔楼にやってきたのは、いつだ?」

 尋ねられて、少し考える。

「一年と、半分くらい?」

 こちらに来たのは去年の春だから、そろそろそれぐらいにはなるはずだ。

 そう思うと、なんとなくかんがい深い。

 すると、男の顔がさらに難しいものになった。

 なにかまずいことでも言ってしまったのだろうか?

 こわくなってげ出したくなったが、お客さんにそんな失礼をするわけにもいかない。あとでお養母かあさんに何と言われるか。

 どうしたものかと視線を彷徨さまよわせていたら、ぐうぜん通りかかった余暉と目が合った。

だん様、こいつが何かしでかしましたか?」

 け寄ってきた余暉が、フォローに入ってくれる。

 それだけで、私は少しほっとした。

「いや、そうじゃないが……」

 そう言って、なにか難しい顔をしたまま男は去って行った。

 きんちようが解けて、ほっとためいきをつく。

「小鈴、今度は何をやらかしたんだ?」

「分からない。してない……多分」

 そう言って、二人そろって首をかしげた。






 翌日、いつものようにしゆそうパックを作っていると、とつぜんお養母さんに呼び出された。

 今度は何を言いつけられるのだろうと思いながら、彼女のぼうしつへ向かう。

「小鈴です。来ました」

 お養母さんの房室には、お養母さんとそのとなりに見知らぬ男性が座っていた。

 来客中かとあわてて去ろうとしたら、おどろくことにその男性に呼び止められた。

「まあまあ、そこに座りなさい」

(どういうこと? いつもならお客さんの目につかないように行動しろってすごおこられるのに)

 しかしりつけるはずのお養母さんは、むっつりとだまり込み私を見ようともしなかった。

 とにかく言われた通り、二人の前に座る。

 男がじろじろとこちらを見てきた。品定めされているようで心地ごこちが悪い。

 しばらくして、お養母さんがようやく口を開いた。

「小鈴、あんたのけ先が決まったよ」

「……なに、言ってる? 俺、妓女違う」

 何かのちがいだと思って尋ねるが、お養母さんの態度は変わらない。

「もうむかえがきてる。荷物を持ってさっさとお行き」

 それだけ言うと、お養母さんは私に背中を向けて行ってしまった。

 そのかたは、意外なほど小さく見えた。いつもはあれほど背筋をぴんとばしているのが、まるでうそのようだ。

 それと入れわりに、房室にくつきような男たちが入ってくる。

 彼らは私を逃がしはしないというように、ガッチリと取り押さえた。

 その動きは訓練された軍隊のように規則正しく、逃げ出すすきなどじんもない。

「はなして! 違う! 俺違う!!」

 もう何もわからなくて、必死にさけんだ。

 やっと一年半がって、ここの暮らしにも慣れたというのに。

 お養母さんやねえさんたちとも、少しは仲良くなれたと思っていたのに。

(全部、私の独りよがりだったの? お養母さんは私をだれかに売りわたしたの?)

 意味が分からなかった。

 たくをするひますらない。

 何もわからないまま、私は馬車に押し込まれる。貴族様が乗るような立派な馬車だ。

 馬車の中には、見覚えのある人物が乗っていた。

「なんでここいる!? あなたは……」

 そこまで言って、私は彼の名前も知らないことに気が付いた。彼は私に本をくれた青年官吏だった。

「車を出せ」

 彼の命令に従い、からからと車輪の回り出す音がする。

 少しずつ、住み慣れた花酔楼の建物が遠ざかっていった。

「な……んで?」

 尋ねようとして、自分がひどく緊張していることに気がついた。のどかわいて、言葉が喉に張り付いて出てこない。

(身請けって、この人が私をお金で買ったってこと!?)

 悲しいのか、うれしいのか、それすら分からなかった。

 花酔楼でつらい下働きをしていたころなら、じゆんすいに喜べたかもしれない。自分を救ってくれる人が現れたのだと。

 しかしろうの人たちと仲良くなった今では、花酔楼からはなれることがたまらなくさびしく、心細く感じられた。

(それも、こんなごういんなやり方……ッ)

 を言わさないそのやり方に、私は反感を覚えた。

 せめて一言でも事情を説明してくれたら、こんな思いはしなくて済んだのに。

 彼はこちらを見ようともしない。

「なんで、こんな───っ」

 勇気を出して口を開くと、するどまなしがさった。

 大きなてのひらで、乱暴に口を押さえられる。

こわいけど、やさしい人だと思ってた! こんなことをする人だったなんて!)

 混乱ときようで泣きたくなった。

 しかしおびえていると相手にさとられたくなくて、掌の下で必死に息を殺した。

 その時だ。窓の向こうで、聞き覚えのある声がした。

「小鈴───!!」

 首を動かして窓をのぞくと、遠ざかる花酔楼の前で余暉が叫んでいた。

 長いかみり乱し、彼は馬車を追ってくる。

 しかし馬車といつしよに歩いていた男たちが、すぐに彼に駆け寄り取り押さえてしまった。

 男たちにもみくしゃにされている余暉が、少しずつ遠ざかっていく。

「やめて!! 余暉……俺だいじよう! だからちやしないで!!」

 男の手を振りはらい、必死で叫ぶ。

 男たちに取り押さえられてもなお、余暉はていこうめない。私は堪らなくなった。

「小鈴───!!」

 余暉が何度も、私の名前を呼ぶ。それは、彼のつけてくれた名前だ。

(私になんてかかわらなければ、余暉はこんな目にわなくて済んだのに!)

 こらえきれず、なみだこぼれた。

「やめさせて! 大人しく、する! 俺なんでもするから!」

 一緒に乗っていた男にすがりつき、たのみ込む。

 必死でこんがんすると、男は溜息をつき窓から側を歩いていた男を呼び寄せた。そして何事か耳打ちすると、男は余暉のいる方向へ走って行った。

 それを確かめて、私はもう一度男に向き直る。

「約束、して。花酔楼、も、かみゆい師も、手、出さない。じゃなきゃ俺、ここで死ぬ!」

 そう言って口を大きく開き、舌を突きだした。

 私の意図を悟ったのか、男は驚いたように目を見開き、そしてすぐにけんしわを深くした。

「……わかっている。そんなことをしていると本当に舌をむぞ」

「本当か?」

「希望を聞いている内に大人しくしろ。まだ言うようならあいつらがどうなっても知らんぞ」

 そう凄まれれば、黙るしかなかった。

 そうして馬車は私を乗せて、へいの外に出ようとしていた。





※カクヨム連載版はここまでです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。続きは本編でお楽しみください。

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皇太后のお化粧係/柏てん 角川ビーンズ文庫 @beans

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