困ったこと。

漆目人鳥

困ったこと。

Hさんが高校3年生のときの友人I子さんの話。



いつも明るい友人のI子さんの元気がないのに気づいたHさんは昼休み自席で呆けたようにしている彼女に

『なんか、元気ないね』と声をかけてみた。


「I子の様子が最近おかしいなって思ったんです。なんか、悩みがあるのかなぁって思って」


すると、苦笑いをしながらI子さんが話だした。

10日ほど前から時々変な夢を見るという。


I子さんが夜中に目を覚ますと、足元にカーキ色の作業服を着た知らないおじさんが立っていて、じっと彼女を見下ろしているのだそうだ。

身体は動かないが、金縛りにあっているというような感覚ではなく、

寝ぼけて身体がうまく動かないといったあの感覚。


「『と、いう夢なんだけどね』ってI子は笑うんですけど、私それ聞いて、えー、それ、ホントに夢?幽霊とかじゃなくて?って思ったんでそういったんです」


しかし、I子さんはそれは絶対夢なのだという。


「夢って、なんとなく、あ、これって夢だなって思うことがあるじゃないですか?

ちゃんとその感じがするんだそうです」


その夢には続きがあって、足元に立っている男はしばらくI子さんを眺めていると、

何事かをぶつぶつと呟き出すのだそうだ。

最初ははっきり聞こえないだが、そのうちに、耳が慣れてきて、

話の内容が理解できるようになってくると、その内容が……。


「人の殺し方なんだそうです」


最初の晩は『絞殺』のやり方だったという。


「すごく詳しく教えてくれるんだそうです。素手で絞め殺す場合の手の置き方とか力の入れ方とか。紐を使う場合はどんな紐がいいかとか、長さとか太さとか色々」


次には、鈍器を使った殺し方。これは道端の石から、野球のバット等。

その次は刃物を使った殺し方。これは二晩ほどかけて聞かされたという。


教えてもらう殺し方は、自分では知らないことばかりで、その知識が正しいかどうか調べる手段もなかったが、それゆえにデタラメであろうと決め付けた。

なにせ、夢なのだから。


「夢の中で教えてもらったことは、全部覚えているんだそうです。

それで、夢そのものは怖くなかったのだけれど、そんな夢を何回も見る自分が、

何かおかしくなっちゃったんじゃないかって思って悩んでいたんだそうです」


幽霊の類や変質者の類の話ならば、お祓いのアドバイスなり、通報の相談なりの話もあっただろうが、本人が頑なに夢だと言っている以上、同情するくらいしかその場はなかったらしい。


「私は、絶対幽霊だと思ったんですけどね」


と、Hさんは言った。


それからしばらく、I子さんは悩んでいるようだったが、

1ヶ月もする頃には、またいつもの明るい彼女に戻っていた。


「だから、私聞いてみたんです、『もう、夢は見なくなったの?』って」


Hさんがそう聞くと、I子さんは首を振って否定した。

そして、夢はまだ見るし、最近は薬を使って人を殺す方法を教えてくれてるのだと教えてくれた。


「でも、あまり長く続くものだから、もう、慣れてしまったって言うんです」


所詮は夢だという思いから、気にしないのが一番だという結論で折り合いをつけたらしい。


「『ただ、ひとつ困ったことがあるの』ってI子が言うんです」


「困ったことですか?」


「ええ、夢は気にならなくなったらしいんですが彼女……」



『私、人を殺してみたくなっちゃった』



I子さんはそう言って遠い目をしたのだそうです。

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困ったこと。 漆目人鳥 @naname

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