第10話

 ……言ってしまった。

 ずっと前から言いたかったことだけれど。

 とうとう言ってしまった……。


 遠くで花火が上がり、ほぼ真上には大きくてきれいな満月が出ている。

 その薄暗い光の下でも、玲奈が真っ赤になっているのがわかった。

 驚きのあまり、涙も止まってしまったようだ。

 俺も顔に血がのぼっているのを感じる。

 こうなったらもう後には引けない。


「ずっと前から好きだった。多分、初めて話した頃から……」


「……」


「お前は俺のこと、好きじゃないかもしれない。むしろ、こんなやつに好かれて迷惑かもしれないけれど――」


「め、迷惑なんかじゃないよ!」


 玲奈は恥ずかしそうに少し下を向いて、小さく叫んだ。


「迷惑じゃない……うれしい……」


 えっ……?


「私も、青野くんのことが、好きです」


「……!?」


 ま、まさか両想いだったなんて。

 それなりにいろいろなことをゆっくり話してきたけれど、2人とも気がついていなかったとは……。


 俺も、うれしい。

 そして、どうしようもなく悲しくなった。


「だから、玲奈――」


 目の前の彼女に、真正面から向き合う。


「……ん?」


「玲奈のこと、大好きだから、大切だから、ずっと一緒にいたいから――」


「……」



「絶対に、死なないで。いなくならないで……」


「……!」


 そう告げたとき、俺の中で何かが壊れたようで。

 熱いものが一気にこみ上げてきて、俺の頬をつたった。

 この夏の間に、相当涙もろくなったみたいだ。

 玲奈も俺の言葉にはっとしてから、すぐに悲しそうな表情になり、再び泣き出した。


 また泣かせちゃったなあ……。


 自分も泣いてしまっているけれど、ぽろぽろと涙を零す彼女を見ていると、愛おしくて、でもどうすればいいかわからなくて、でも守りたいと思った。

 おそるおそる右手を玲奈の肩においてみると、玲奈は俺の左肩に顔を埋め、声を上げて泣き始めた。

 俺は玲奈の頭や背中を、子どもをあやすように撫でながら、静かに涙を流した。


「ありがとう……、ごめんなさい……」


「なんで、謝るんだよ……」


「ごめん……」


 今日この日に戻ってくる前のように、また玲奈が消えてしまうのではないかと、急に不安を感じて、少し右手の力を強めて玲奈の頭を抱いた。



 ずっとこうしていたい。

 ずっとこのまま、2人で――。





 俺が玲奈より先に泣き止んで、しばらくしてからやっと2人とも落ち着いた。


「あの……」


 玲奈が少し恥ずかしそうに話しかけてきた。


「ん?」


「あのね……、青野くんのこと、下の名前で呼んでもいい……?」


「……!?」


 上目遣いで尋ねられ、思わずドキッとした。


「も、もちろん……!」


「よかった」


 玲奈はにっこりと笑った。

 その姿をまた愛おしく感じて、俺はそっと彼女を抱きしめた。


「ずっと、一緒にいられたらいいのに」


 彼女のその言葉になぜか寂しさを感じた。


「一緒にいられるよ。俺は、志望校もまだ決まっていないし、別々の大学に行くかもしれないけれど……それでも会おう……?」


「そう……できたらいいね……」


 約束しよう、玲奈……?


 そう言いたかったけれど、なぜか言えなかった。


「もう花火も終わっちゃったみたいだし、遅いから帰ろう?」


「……そうだね」





 歩いてきた道に戻り、どちらからともなく手を繋いだ。

 帰り道の方向が分かれる交差点まで、俺たちはほとんど喋らなかったけれど、心は確かに繋がっている気がした。

 今まで生きてきて、いちばん幸せな帰り道だった。


「またね、玲奈」


「ばいばい、蒼太くん」


 月明かりの下、俺たちは手を振って別れ、それぞれの家へ向かった。





 やっと玲奈を救うことができた。

 これで玲奈は、幸せになれる――。





 ――はずだった。

 それなのに。





 花火大会から帰ってきた翌朝。

 俺はショックのあまり、口がきけなかった。

 絶望した。





 今朝、玲奈が亡くなった、という知らせに――。

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