第6話

 どこだ? 玲奈――。

 俺は人混みをかき分けながら、必死に玲奈を探して走ったが、全然見つからない。

 もうこの広場から出ていったのか?

 そう思い、彼女のお葬式の時の記憶を頼りに、彼女が向かった方向の見当をつけて走っていると――。


 いた。

 下を向いて、今は静かに歩いている。

 俺には気づいていないようだ。


 走るのをやめて、少し遠くからその背中を見つめていると、なせか彼女が今にも消えてしまいそうな感じがして。

 なぜか泣きそうになった。


 ああ、どうやって声をかけよう。

 その前に、ここまで追いかけてくるとか気持ち悪い、って思われるかな。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではないような……。

 ……。





 いろいろ考えているうちに、玲奈のマンションまで来てしまった。

 玲奈はそのまま俺に気づくことなく、中へ入っていく。


「ああ、家に帰るんだ。よかった……」

 安堵しかけて、俺は思い出した。


 玲奈は自宅マンションから飛び降りて、亡くなった。


「!?」

 やばい――!


 反射的に駆け出した。

 エレベーターを待つのももどかしく、非常階段を無我夢中で駆け上がった。

 バタンッ。

 勢いに任せて屋上へ続くドアを開けた。

 するとそこに――。



 彼女がいた。

 月明かりに照らされたその姿は、例えようもなく美しいと、瞬間的に思った。

 一瞬我を忘れるくらいに。

 一瞬これは夢かと思うほどに。


 いや、これは本当は夢のはずなんだ。

 そのはずなのに、やけに感覚がはっきりしていて、どう考えても現実としか思えない世界で。

 間違いなく、玲奈は目の前にいて。


 だから、何のためらいもなく、助けたいと思ったんだ。


「玲奈っ!」


 ドアの開く音に驚いて振り返った彼女に呼びかけた。


「どうして……?」


 彼女は泣いていた。

 1人で。

 屋上の端に腰掛けて。


「だめだろ、こんなことしちゃ。自殺なんか……」


「なんで? なんで知ってるの……?」


 玲奈は大きな目を見開いてそう尋ねた後、急に悲しそうな、怒ったような表情になった。


「……あなたには関係ないでしょう。私なんか、いない方がいいの。私は――」


 そんなこと言うなよ。

 お前はちゃんと、愛されているから。

 少なくとも、俺だけは――。


 だから、死なないで。


「違う! 俺はお前のことが――」


「私は死ななきゃいけないの!」


 彼女の強い語気と、その衝撃的な言葉に、俺は自分の言葉を切ってしまった。


 ――死ななきゃ、いけない――?


 その一瞬の間に、彼女の身体からだは音もなく、視界から消えていった。


 あまりに唐突な出来事で、俺は立ち尽くしたまま、何もできなかった。





 彼女は自殺した。

 今度は、俺の目の前で。

 俺はまた、彼女を助けることができなかった――。

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