第2話

 あれは、山崎玲奈やまさきれいな……?

 見覚えのある横顔。

 一瞬立ち止まり、ちらっとこちらを振り返る。

 少し距離はあったが間違いなく彼女だと確信した。

 そしてなぜか、じっとしていられなくなった。


「俺、あっちの方見てくる!」


「お、おう……」


 宏樹たちに急いでそう告げ、俺は駆け出した。


「山崎!」


 あと2mくらいの所で声をかけた。

 彼女はぴくりと肩を震わせてから、ゆっくりと振り返った。


「青野、くん……?」


 少し見開いた目で不思議そうに尋ねられた。


「どうしたの?」


「ええと……」


 衝動的に走ってきたことを今更後悔した。

 ちょっと見かけて気になった、とか言ったら不自然に思われるよなあ。でも、他になんて言ったらいいんだ……。

 実際俺は、どこか寂しそうで切なげなその表情に、雰囲気に、どうしようもなく惹かれてしまったんだと思う。

 それに――。と俺は思う。

 放っておいたら消えてしまうんじゃないか、と何の根拠もなく感じて――。

 そ、それより早く答えないと。これはこれで怪しく思われてしまう。


「いや、一人なのかな、と思って。なんだか寂しそうに見えてさ。あ、違ったらごめん」


「えっ、そう……?」


 彼女は少し困ったように笑い、それから俯いた。


「特に誘われなかったから、誰かと来るには自分で声をかけないといけなくて。でも、そういうの面倒くさいなあって思って。別に一人でもいいし」


 そういえば、山崎ってこんな子だったよな……。





 1年前、高2の9月に山崎玲奈は転校してきた。

 最初はみんな、物珍しさに近づいて話しかけていた。しかしその端正な顔立ちと、どこか他人を寄せつけないような雰囲気のせいで、3年生になってからも、特別仲良くしているやつはいなかったような気がする。

 でも、と俺は思っている。

 本当はうまく接することが出来ないだけで、仲良くしたくないわけではないんじゃないか、と。

 転校の当初、彼女は窓際の一番後ろ、俺はその一つ前の席だった。その後もなぜか、席替えをしてもあまり席が離れたことはない。

 この学校に来たばかりで大変だろうからと、教えた方がいいと感じたことは言うようにしていた俺は、1ヶ月ほどたった日、初めて彼女に話しかけられ、他愛もない話をした。確か、俺がその時読んでいた小説の話だったような。

 それから話す機会が少し増え、少しずつお互いの趣味などを知っていった。

 だから、俺は男子の中ではわりと仲の良い方だと自負している。彼女自身がどう思っているかはわからないが……。





「あっちの方、人が少なかったんだけど……って、邪魔したら悪かった?」


 ちょっと昔のこと(といっても1年もたっていないことだが)を回想していたら、宏樹たちが戻ってきた。


「いやいや、大丈夫だから!」

 変な誤解をされたくないと思い、咄嗟に否定した。


「じゃあ、俺そろそろ行くよ。また休み明けにな」


 山崎にそう告げて、3人についていこうとした、その時。


「……待って」


 小さな声で呼び止められ、手首を掴まれた。


「!?」


 少し下を向いた彼女の耳が赤く染まっているように見えた。

 次第に店の灯りが暗くなってきているから、気のせいかもしれないけれど。

 ん? 暗くなって……?


「私、青野くんの――」


 ドンッ!


 思わず空を見上げると、青い大輪の花が咲いていた。

 ああ、花火だ――。

 一瞬遅れて、彼女が何か言おうとしていたことに気がついた。


「あ、ごめん、何……?」


「ううん、なんでもない」


 また困ったような笑顔で、彼女は言った。


「えっ、気になるんだけど」


「本当に、なんでもないから。ごめんね。じゃあね」


 なぜか謝って、急ぎ足で去っていき、そのまま人混みに消えてしまった。

 俺はしばらくその場に立ち尽くし、花火が半分終わった頃にやっと我にかえり、宏樹たちを探しにいった。

 彼女と話したのは、それが最後だった。





 その夜、彼女は亡くなった。

 自宅のマンションの屋上から飛び降りて――。

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