「会社は自転車で通ってるんだけどな…その通りで事故があったみたいで…

 良くあるだろ…地面に白チョークでバッテン書かれてんのが…

 アレの上をさ、サーっと自転車で轢いて来ちゃったんだよ…うっかり…

 止まって、花束に謝っては来たんだけど…」

「…ソレが何?」

「心当たりって言ったら、ソレくらい何だよな…」

「オイオイ、兄貴っ、霊障って言いたいわけか!?」

「分からないけども…アレ以来、毎晩 金縛りに遭う…

 誰かが腹の上に乗っかって重くて…目を覚ますと、知らない女が顔を覗き込んでいたり…

 何処に居ても後をつけられてるようで…」

「勘違いだろぉ? 考え過ぎだって、そうゆうのが良く無いんだよ、」

「ぁぁ、でも…現に、ココにいても…」

「…」


(ココにいても、何だってんだ…)


 兄貴はそのまま眠ってしまった。

取り敢えず体調を悪化させちゃならない思いで兄貴に布団をかけてやり、俺はベッドで就寝。

暫くして、兄貴の寝言で目を覚ました。


「…、、…助けてぇ……」

「…兄貴?」

「助けてぇ……助けてぇ……」

「オイ、兄、、……」


 兄貴の足元に女が1人、立っていた。

服はボロボロに擦り切れていて、体のアチコチが黒ずんで見えた。

俯いて、兄貴をジッと見ているようだった。


「誰だ、お前…?」


 所謂、俺の正常性バイアスと言うのはガキの頃から怪奇的日常に慣れ親しんでしまっていたが為に破綻していたんだろう。

だから、こんな相手にでも話しかけてしまえたんだ。


 俺の声に、女は顔を上げた。

その顔は真っ黒で目も鼻も口も無くて、でも…



(俺を、見てる…)



 ソレだけはハッキリ解かった。


 翌日、目を覚ました兄貴は『あー良く寝た!』何て言いながら、一宿の恩もそこそこに清々しい顔をして帰って行った。

この日以降、14時にやって来ていたピンポン幽霊は現れなくなった。

ヌイグルミも落ちる事は無くなった。

だが、俺の背後には常に何らかの気配が纏わりつき、毎晩 金縛りと言う形式をとって女が姿を現すようになった。


(また金縛り、、体中イテぇ、、重い、、息が出来ねぇ、、)


 胃袋が潰れそうな程の、固い鉛のような重み。

目を開ければ俺の腹の上に正座した女がブツブツと独り言を呟いている。

何を言っているのかは分らないが、兄貴に憑いていた女の霊が俺に移住して来たのは確かだろう。

頭の中で念仏を唱えても効果は無く、女は一頻り呟くと最後には決まってこの言葉を叫んだ。



 ≪助けてぇーーーー!!!≫



 喉の奥から発せられる絶叫。

鼓膜がビリビリに破れるんじゃないかって、その度 俺は目を回した。


 その内、この絶叫は日中にも当たり前に聴こえてくるようになった。

距離感は様々で、遠くに聞こえると俺は無意識にその場から逃げ出すようになった。

追い駆けられているような、そんな焦燥感に襲われていた。

けれど、気を緩めた途端に追いつかれる。

耳元で、



 ≪助けてぇーーーー!!!≫



 無視するに出来ない絶叫の幽霊。


 一体、何から救われたいのか分からない。

兄貴の譫言のような話からすれば、女の幽霊の死因は交通事故だと言う。

雰囲気的に若い女のようにも思うから、未練を残してしまうのも理解できる。

だから、気の毒だと強く思う。でも、ソレをどうこう出来る立場に俺はいないんだ。

そんな事を、女の霊が現れる度に心の中で訴える。

けれど、俺の主張なんて知ったこっちゃないのか、霊障はエスカレートしていった。


 歩道橋の階段、赤信号の横断歩道、駅のホーム…俺の背中をポン!と、あの女が押すんだ。

ただ、間一髪で助かる。

その場に居合わせた心ある赤の他人の手によって、ギリギリのラインで助けられる。



(俺、いつか殺されるんじゃねぇか…?)



 奇跡的な救出が、そう何度も続くもんじゃない。

そんな想像に陥るようになった頃、同じ大学に通う女友達の弥子ヤコが珍しく声をかけて来た。


「宮野君、最近 体調が悪そう。大丈夫?」

「ぇ?…ぁぁ、、何か……まぁ、人である以上そうゆう事もあるでしょう、」


 どうせ言っても分からないだろうし、言ってしまっては女子の事だから、

面白がって言い触らすか、気味悪がって逃げ出すだろうから教えて上げない。


(つか、ココへきて好きな女に避けられんのは、精神的に王手になりますんで)


 高校からの友達。高校からの片想い。

俺はものっそロマンチストで繊細な男なんです。


「…宮野君ち、お人形いる?」

「え? …無い。無い無い無い。そんなもんあるわきゃねぇでしょ、俺、男だよ?」


 クマのヌイグルミ、いるけどね。

でもアレはさ、ガキの頃に近所に住んでた誰かから貰ったもんなんだよ。確か。

捨てるのは可哀想だし、結局、一人暮らしすんのにも連れてきてしまったと言うわけで…

センチメンタルな想像をされそうで怖いよ。


「そう。じゃぁ探してみて。もしあったら、玄関に置いてあげて」

「ぇ? え?」

「きっと、本人もその方が良いと思うから」

「…」


 と言われ、俺は何と無く言われた通りにしてあげようと。

だって、惚れた女のご要望なわけだから。

即行でアパートに帰り、手際良くヌイグルミを靴箱の上に乗っけた。



「お前の定位置、今日からココな? ヨロ」



 なに?ヌイグルミに話しかける男子大学生キモイって?

好きなだけ言えよ。俺もそう思ってんだから。


 だが、その日からだ。あの絶叫の幽霊が俺に近づかなくなったのは。



 ≪助けてぇーーーー…≫



 相変わらず叫んじゃいるようだが、その声は誰に向けて良いのか分からない様子で、ウロウロするようで、徐々に遠のいて行った。


(また、元の場所に戻ったのかな?)



「助けて、か…」



 何から助かりたかったのか…

死の運命から救われたかったと言う思いだろうか、そうでも無ければ…


 事故じゃなくて本当は、突き飛ばされて殺されたんじゃないだろうか?

事故として処理された事に怒ってるんじゃないだろうか?

何にしろ、あの人は叫びを聞いてくれる人を、事故に遭ったあの場所で待ち続けるに違いない。

皆サン、道を歩く際には どーぞお気をつけて。


「宮野君、体調よさそうで何よりです」

「あぁ、弥子。お陰様でな」


 もしかしたら弥子は俺と同じで…


「弥子、もしかして見える人?」

「存じません」

「ハハ!存じませんってぇ。つか、ヌイグルミ、効いてるよ」

「そう。あの子、優秀でしょ?」


 弥子はすごく嬉しそうに笑って、その笑顔がものすごく懐かしく感じた。




2017.08.09 / Writing by Kimi Sakato

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