叫ぶ者。
坂戸樹水
前
奇妙な出来事ってのは、奇妙だと思うから奇妙なんであって、
慣れてしまえばソレなりに日常茶飯事。
つまり、俺にとっての怪奇とは、
「ぜんっっ、ぜん! 怖くねぇ」
大学の夏休み、仲の良い連中が俺の安アパートに遊びに来た。
ショップで借りた大量の怪談DVDを持って。
ソレを片っ端から観て嘘か本当かを議論しようって事になったは良いが、全然 怖くねぇんだもん。
連中が持ち寄って来た怪談話も片っ端から怖くねぇんだもん。どーしょもない。
「はぁ!? タクシー乗ったら隣にズブ濡れの女が座ってたんだぞ!?
気づいたら座ってたんだぞ!?」
「運転手も乗客と一緒に見てて、目の錯覚って事はねぇだろ!?」
つまりだ。アレだ。
タクシー運チャンの乗っけた客が
でも、今回 俺の友達が入手して来た話は少し捻りがあるモノで、そこは素直に褒めてやれる。
走行中のタクシーを止めて乗車してみたものの、運転手の様子がおかしい。
頻りにフロントミラー越しから後部座席をチラチラと見やるもんだから、乗客はその視線を追って隣を見た。
すると、ズブ濡れになったザンバラヘアの女が座っていた。
乗客は『こうゆう事…良くあるんですか?』何て質問して、
運転手は『まぁ、時々…すみませんね』何て怯えながら会話をする。
『そうですか…自分はココで降りますが…』
『大丈夫ですよ、多分…』
『はぁ、お互い気を付けましょう…』って、
つか、落語かと。
まぁ大学生ってのは課題も片付けば暇人で、ついでに『夏』と言う要素が加わると、取り敢えず定番の流れに乗って怖い話なんてのを始めてみるもん何です。
この辺はグータラな俺らだけかも知れませんけどね。
「つかぁ、俺ならバケでも乗車賃支払えと要求したい。
寧ろ運転手は車内の安全を守るべく、座席に塩盛っとくとか、
除霊の技術を身に着けとくとか、」
「ドア開き次第 盛り塩とか、乗車拒否レベルだわ!」
「お祓いからのスタートなんざ、コッチがゴメンだ!」
「宮野が相手だと怪談話にオチがついて笑い話にしかなんねぇ! 帰れ!」
「帰ってるわ、ココ俺のアパート」
笑っちまえば、どんな話もこんなもん。
(そぉでもなきゃ、俺はこんな明るい青年には育ちませんでしたとさ。おしまい)
そうなんだ。怪奇は俺にとってのお隣サン。日常茶飯事。
ピンポーン。ピンポーン。
「お。宮野、お客サンだぞ」
「はいはい、ちょっとお待ちを」
ドアを開けると誰もいなかった。
(あぁ、もう14時か。いつものヤツだな)
夏休みに入ってから、14時になるとインターホンが鳴る。
どうせ新聞屋か宗教の勧誘だろうと初めは居留守を使っていたんだが、インターホンは鳴りやまない。
そのしつこさは騒音レベルで、俺は痺れを切らして迎え出たんだが…誰もいない。
今時ピンポンダッシュか?何て思いもしたが、嫌がらせは連日繰り返されて、キレた俺は犯人を待ち伏せると言う手に打って出た。
14時、ドアスコープを覗くとインターホン。
犯人のバカ
まぁ無理も無い。その犯人ってのが幽霊だったのだから。
だが、俺もバカでは無い。ガキの頃から幽霊は身近な存在なので。
そんなワケで、今日も俺はドアから顔を出して、インターホンの辺りに向かって、
「誰もいねぇぞ」
幽霊にそう教えてやるんです。
すると、その日はもうインターホンを鳴らさない。
(誰かの部屋と間違えてんのか、この部屋を使ってた元住人か。
事故物件じゃねぇ場所を探す方が難しいわけだから細かい事は気にしねぇけども、
こぉ連日だとねぇ、俺がいない時ってどうなってんだろな?)
インターホン炸裂でピンポンコールは木霊となってアパート内を駆け巡っているんでしょう。
南無。
「宮野、誰か来てたんか?」
「まぁ。うん。帰ったけど」
「イイのか?」
「イ~んでない?」
夕方になると、友達はバイトやらデートやらで帰って行った。
バタン。
「ん?」
ドアを閉めると同時、部屋に飾ってあった貰い物のクマのヌイグルミが棚から落っこちた。
拾い上げて もっかい乗せる。
ポト。
落っこちた。
コレを繰り返す事3回。
「ハァ。お前さぁ、ヌイグルミはヌイグルミらしく黙って座ってなさいって。
ソレがヌイグルミ。いてもイイけど、ヌイグルミらしくしろ」
そう言うと、ヌイグルミはヌイグルミらしく静かに定位置キープで座ってくれる。
「なんなんだろな、俺の生活って」
こうゆう生活に慣れるとカノジョを作りにくい。
このまま一生カノジョがイナイんじゃないかって、そんな想像が出来ちまえる事の方が怖いんですけど、どーですか?
「求ム、霊感カノジョ」
そんな冴えない俺が迎えた ある日の事だ。
私用で近くに来たから一晩泊めてくれと、実家住まいの兄貴がやって来た。
兄貴は堅苦しいスーツを着ていて、手にはデカイ紙袋を持っていて、
「兄貴、もしかして結婚式の帰り?」
「ぁぁ。大学時代の友達のさ…」
「疲れてんねぇ。自分の婚期が来ねぇ事に落ち込んでんの?」
「バカ。そんなんじゃない…」
兄貴は話すのもやっとと言いたげに、声すら草臥れていた。
「つか、具合悪い?」
「ぁぁ…最近、ずっとこんな調子なんだ…」
「何?マジで何かあったのか?病院は?」
「いや…でも、母サンが言うから、仏壇には手ぇ合わせてる…」
「はぁ?」
俺が間抜けな声を上げると、兄貴はゴロンと寝転がって寝言のように言った。
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