9話ー5 願いに散る 操り人形達



「私達と最後に——手合わせをして頂きたいのです……。」


 最初は私を襲った驚異であり、私が魔法少女に覚醒するキッカケにもなった彼女。

 その背に構えた刀状の武器で、今まで何度か切り結んだ魔導姫マガ・マリオンの少女……セブンさん。


 そんな彼女からこの状況下、唐突に語られた思いが思考を揺さぶり——

 もしかしたらレゾンちゃんの様に分かり合えるかも……そう思い描いた私は、思わず声を上げたのです。


 けれど——


「だったらセブンさん!私からもお願いがありますっ!せっかく心が宿ったのなら、戦いの後……私達と——」


「残念ですが……私達は――そして、生まれた時点で。【魔導姫マガ・マリオン】とはそういう物です。それよりも——」


 放った思いは悲痛を滲ませた双眸で否定されてしまいます。

 そして彼女は……私が今何よりも為すべき事へ向かえと——送り出してくれたのです。


「それより王女――貴女は私達と事を構えている場合ではありません。貴女を誰よりも待っている者がいるのですよ?さあ――」


「——セブン……さん。」


 セブンさんの思いは固く……同調するまだ名前すら聞けていない心の宿った方達も、早く向かえと視線をくれます。

 そう——今の私には何をおいても救わなければいけない子がいます。

 今なお命を懸けてその身を蝕む深淵と戦い続けているその少女を。


 だから最後となる思いを一礼に込め……きっともう会うことも叶わない、魔導姫マガ・マリオン達が開けてくれた赤き友達が居る場所までの道を——

 共にある偉大なる使い魔の彼と共に、一陣の疾風となり駆けたのでした。



****



「あちらは頼みますよ……。」


「ええ——貴女方も、お達者で……。」


 金色の王女テセラへ向かうべき所へと促した剣の人形セブン

 同時にその王女へ……蒼き星防衛に於ける決定打を準備し訪れた星の守り人フェアレへ——

 以降の成り行きを託す様に、最後の言葉を交わし合う。


 それが別れの言葉と……操り人形達の覚悟を悟っている星の守り人。

 彼女としても此度の失態に対する最後の事後処理を済ませるべく、王女が向かう先——深淵に抗う赤き吸血鬼レゾンの居る方向へ飛んだ。


 最後の友人の姿を一瞥した剣の人形が向き直るは、今なお断罪天使アーエルに抱きとめられたままの少女——クサナギの小さな当主桜花の方であった。


「私が手合わせを願いたいのは……クサナギ 桜花おうか——あなたです。」


「……へっ!?」


 唐突なアポなしの振りへ、間の抜けた返事をしてしまうクサナギ当主。


「……あと、どうも彼女達はそちらの貴女との手合わせが所望の様です。」


「……クヒッ!何だ?またアタシになぶられたいし?」


 小さな当主を未だ胸に抱きとめた状態であるも、お休み中であった狂気が頭をもたげる断罪天使。

 三人の作られし人形達――彼女らとの戦いはまんざらでもなかった彼女も、好都合とばかりに気分を高揚さていた。


「クサナギ 桜花おうか……私はまだ、あの時言われた武とやらには到底及ばぬとは思います。ですが私の—— 一騎打ちに応じては貰えないでしょうか。」


 語られるは最後の願い――込められるは

 小さな当主の心が揺さぶられる。

 死を——消滅する覚悟すら振りかざす切なる意思に。


「……セブンさん……!」


 小刻みに震えるその両の手は、その果てにある現実を悟ってのもの。

 そんな今も銀嶺の友人に抱かれる少女へ、沈黙を保っていた者より突然の通信が飛んだ。


『——クサナギの当主よ。ワシじゃ……信長じゃ……!』


「ふぁっ、へっ!?信長様っ!?」


 慌てふためいた小さな当主は受け止められた腕から転げ落ちそうになりながら――唐突な通信主を驚きの中、天使の戦乙女ヴァルキュリアを介した宙空モニター越しに見やる。


『その者をよく見るがよい……。仕えたあるじがどうであれ、愚直なひた向きさは誠の物。その娘の目は――覚悟は武士もののふのそれじゃ。』


 かつての戦国時代――数え切れぬほどの猛将とまみえたであろうその魔王は、誰よりも武士もののふという物を知っている。

 故に……いてもたってもいられず少女達の会話に割って入ったのだ


『それより先――言葉にせずとも、……分かるじゃろう?』


 固く口を結んだ小さな当主も覚悟を決める。

 遠き異界の魔王が放つ、「武の真髄を継いだ」との言葉の意を違える当主ではなかった。

 そして——いかな結末も受け入れる心が決意と共に咆哮を上げる。


「アーエルちゃん!もう一度お願い……大和まで私を送って!」


「お……おいぃぃ!まだアタシを使う気かよっ!?いくらなんでも——」


 と口にした断罪天使。

 だが視界に映ったのは、慈愛が売りの表情が一転した突き詰めた覚悟宿す鋭さ――武の真髄なる物は理解の外であっても……それが悟った断罪天使は、言われるままに素敵な友人を宗家最大戦力大和甲板まで送り届ける。


 小さな当主を甲板に下ろし、断罪天使がその飛ぶ翼で向かうは艦橋を挟んで反対側――追う様に飛来した三人の作られし少女達の元。


「我らとて……負けたままでは終われない。だからこれが最後——貴女に……銀嶺の天使への勝利を持って幕を降ろす!」


 代表して言葉を放つは、切り結ぶも数えるほどであった咆哮の人形インテグラ

 が、宿した面持ちはまるで感情宿す人間のそれ。

 人形然としていた彼女らの変貌に、この上なく上機嫌となる断罪天使は狂気を余す事なく解き放つ。


「いいね、いいねぇ!前と全然違うし!いいよ、相手してやる……けど——手加減なんて一切しないしっ!」


「望むところ……!そうでなくては打ち負かしがいがありません……!」


「こちらも全力だぜっ!」


「……倒す!断罪天使!」


 三者三様——ただ命令に従うだけであった人形達は、断罪天使の言葉に歓喜する。

 それが最後であるにも関わらず……嬉しげに——そして誇らしげに。


 一食触発の少女を支援する側——最大戦力艦内で敵戦力分析に従事するクールな兄シリウ

 艦内モニターで視認する、それぞれに課せられた因果の戦いに向かわんとする少女達を一瞥し……憂う当主 へ現状を伝える。


「姉さん。魔族機兵はヤマタノオロチが発する負の霊力がエネルギー源なのは確か……だが、どうやらあの星霊姫ドール——フェアレ・ディアレがその力の流れを遮断した様だ。」


「……確認したわ。彼女は導師へ、兵力供給で助力していた様ですが――その判断に誤りがあったと言っていました。故に——」


「その罪滅ぼしとして、魔導姫マガ・マリオンと魔法少女らのため……わざわざ舞台を整えたという所でしょう。」


 クールな兄の言葉へ首肯する憂う当主 は、多くの大戦を経験した言わば歴戦の古兵ふるつわもの——そこから来る経験により星の守り人がいかな存在かを十二分に理解している。

 だからこそ……幸いにも戦闘中止状態となった今はただ、観測者に仕えし守り人へ感謝の念を惜しまずにはいられなかった。


 宗家最大戦力の甲板前方――

 一騎打ちをと切り出した宿敵のため……今再び霊力接続を回復させた小さな当主。

 だがその姿は魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム上位兵装である戦乙女形態ヴァルキュリア・モードではない。

 それは初期形態——宿敵との一騎打ちに己が技のみで挑む覚悟をほとばしらせていた。


『見よ……桜花おうか嬢は、あの幼さですでに立派な武士もののふ――なんと天晴あっぱれな!』


『まさに……ですね!』


 この現代と言う時代で……かつての戦国時代に戻ったかの高揚に、第六天を名乗る日の本の魔王信長たかぶりを抑えられず——魔界の一世界居城で、隣り合う懐刀光秀さえも賛同の首肯を返す。

 それは当主を背負う少女だけではない……一騎打ちを願い出た作られし人形の少女に対しても抱くものは同じであった。


 そして蒼き星の高空にて——

 宗家最大戦力甲板前後に立つ、二人の少女を程よく冷やされた大気が薙ぐ。


 最初で最後の一騎打ち。

 張り詰めた空気を破る言葉を、最初に放つはクサナギを背負う少女である。


「ではセブンさん。三神守護宗家がクサナギ家――裏門当主 クサナギ桜花おうかがあなたと一騎打ちにて……勝負させて頂きます!」


 凛々しき声音こわねが表情へ一層の覚悟を煌めかせる。

 振るうは—— 一騎打ちに選ばれし霊導機アメノムラクモさやへと納め……流れる様に居合いの体勢へ移行する。

 まさに――その一振りに全てを賭けた勝負……一撃必倒の構え。


「……ありがとう、クサナギ桜花おうか。何から何まで感謝の言葉もない……。では【魔導姫マガ・マリオン】が一人……セブン・スクエイター ——我が全力を賭けさせて頂きます。」


 同じく構えに入る剣の人形――が、それは小さな当主と同じく居合いの構え。

 しかし彼女、本来剣術としての正統なる構えは理知が及ばぬはずである。

 だが――自然とその構えを取った。


 剣の人形が手にせし刀剣——そこへ強力無比の霊力波動がほとばしる。

 クサナギの小さな当主の振るう、由緒正しき霊導機アメノムラクモにも似た——


「「推して参るっ!」」


 研ぎ澄まされた二つの魂が、最大戦力甲板上大気を震撼させる。

 微動だにせぬ構えが放つは裂帛の気合い。

 たぎる闘気の目に映らぬ競り合いが……それぞれの刀を振り抜く隙をうかがう。


 刹那――

 踏み込んだ二人の剣士と消滅する間合い。

 一瞬の閃光の交差の後、互いが立つ場所が入れ替わり……双方の霊力みなぎやいばが振り抜かれた。


 直後……膝を付いたのは剣の人形――それに合わせた様に、手にした刀剣が音を立ててへし折れ――

 振りぬいた霊導機をさやに納めたクサナギ当主の双眸は——あふれんばかりの雫を浮かべて宿敵へ向き直った。


「セブンさん……一つ、聞かせて下さい。あなたの——その手にした刀の名を……。」


 ただの一瞬の交差で、少女には全てが伝わっていた。

 作られた悲しき人形が手にしていた刀状の武器の素性――そこに宿る己が従者ヒノカグツチにも似た……天上に輝く日本神族の霊波動を。


 小さな当主の言葉へ、これも最後の語りと膝を付き……へし折れた刀を見やる剣の人形は静かに口にした。

 すでに消滅を始めた身体はそのままに——


「名もなにも……これは導師が何処いずこから見繕みつくろって、私へ無造作に預けた物。そもそも私の所有物ですら——」


 消え入りながら、自分の物でない刀を見つめ……しかしその武器のおかげで人間の様な最後の戦いに臨めた——

 そこへ溢れんばかりの感慨を込めて、小さな当主へ刀の名を告げる。

 


「……何と言いましたか、そう――確かこの刀の名は……【アメノオハバリ】と、呼ばれていたはずです。」


 剣の人形より語られる名は霊剣……【アメノオハバリ】。

 と、霊言宿るその名を聞きし天津神の破壊神が主の傍へと顕現けんげんする。

 その双眸へ熱き雫を幾重にも煌かせて。


あるじよ……我は感じた。父の――この国を生みし【イザナギノミコト】の魂を!……父が――父が泣いておった!この我の首をね……亡き物にした事を、父は――」


「——うん……うん。あなたのお父様はずっと後悔してたんだね。とても悲しんでたんだね。カグツチ君……君は決して、憎まれてなんてなかったんだよ……?」


 古の神話時代。

 紡がれる悲劇へ刻まれるは、破壊の炎帝が愛しき父によりその首を刎ねられた記述。

 しかし——巡り合わせた霊剣に宿るのは……紛れも無く炎帝の父の無念と後悔である。


 偉大なる母イザナミノミコトを、生まれると同時に焼き死に至らしめた炎帝。

 憤怒のままに、その炎帝の首を刎ねた偉大なる父イザナギノミコト

 だがそれは不幸なる行き違いでしか無く——その全てを【アメノオハバリ】が刃を通し、いにしえより真実を運んで来たのだ。


 剣の人形セブンは宿命にも似た巡り合わせに感慨を顕とする。

 ただ渡されただけの武器――そこに宿った日本神族主神の念により、彼女は

 そして彼女がその手で、贖罪しょくざいを望んだ日本神族主神の代役を見事に勤め上げたのだ。


「……クサナギ 桜花おうか——私は、あなたと会えて良かった。戦えて本当に良かった。ありがとう……——」


 自分が存在した事で救われた者がいた。

 もはや操り人形であった少女に悔いはない。

 最後の最後で魂とは何であるかを識った人形は……分子分解と共に大気と一体化していく。


「私もだよ、セブンさん。あなたの最後の一撃――見事な武士もののふの一撃だった……。安らかに、ね……。」


 やがて……へし折れた霊剣だけが虚しく甲板へ音を響かせ――セブン・スクエイターは完全に消滅していった。


 彼女が居た場所を見つめる小さな当主は、もはや溢れる雫を止める事が出来ない。

 それほどまでに……退魔の少女と剣の少女の戦いは、双方の魂へ深く刻まれる事となったのだ。


 一方——


 宗家最大戦力の後方上空――こちらとてなんの手加減もない全力全開。

 三人の操り人形達マガ・マリオンは次々と連携による攻撃を、断罪天使に見舞うが——

 幾重もの大天使の加護を纏いし銀嶺の少女……その【戦乙女形態ヴァルキュリア・モード】完全解放を前に翻弄されるばかりであった。


「ッハーーーッ!!効かないし……全然っっ!!」


 断罪天使の手数は最早止まる所を知らない。

 大天使カマエルの羽状霊量子砲群イスタール・ガン・フェザーが人形達を追い詰め――霊撃の嵐を巻き起こし、彼女らがからくも回避した先には、大天使ザフキエルの加護……時間干渉場ティム・リミティアルの罠が牙を剥く。


 動きを封じられた身体に、銀の霊銃シルバー・プレイス光の霊銃エル・ジャッジの連弾が一切の容赦なく叩き込まれ——

 奇しくもその最初の餌食となった陣雷の人形レビンが絶命――分子へと体を回帰させながら言葉すら無く消滅を見る。

 そこに安らぎを浮かべたまま。


「……レビン!断罪天使——いや、ヴァンゼッヒ・シュビラ!私もいるぞっっ!!」


 銃と一体のブレードで、力に任せた超重の斬撃を見舞うは大剣の人形。

 狂気の少女へ銃撃を……そして斬撃を打ち込んで行く。

 が――受ける側は押される所か、受け流しながら大剣の人形の手数より多く……短銃ではあり得ぬクロスレンジ打撃の連撃で人形を弾き飛ばした。


「くっ……がっ!?」


 体勢を立て直すべく空中で魔法陣を展開した大剣の人形。

 ――否……展開のため急停止した刹那を狙う断罪天使が追撃を敢行した。

 強襲するは狂気の祈りが生みし神槍——大剣の人形を貫くは物質化した神槍ロンギヌスである。


 そして——


「……クヒッ!ずいぶん頑張ったな……見直したし!」


「ふっ……。この後に、及んで……褒め言葉など——」


 大剣の人形を半物質化した千を越える神槍が完全包囲した。


「……悔いは無い。やれ。」


 すでに敗北を察した大剣の人形の言葉へ……手向けとばかりに狂気の神槍が打ち付けられ——程なくその体躯を、先の人形と同様に大気へと返して行った。


「あとはあんただけだし。確か、インテグラ……だっけ?」


 そこに三人目――咆哮の人形が残される。

 万策尽き……仲間を全て失った哀れな人形。

 それでもその面持ちには清々すがすがしささえただよわせる。


「名前……覚えたのか。——やはり貴女、強さは本物。皆も、そして私も悔いはない!」


「そりゃそうだし!?アタシの力は、主への祈りが齎す狂気の力――それが弱かったらこの世界、誰が護るのって話だし!」


 断罪天使が口にする狂気――人形の少女はそれだけではないと悟っていた。

 狂気の力を真の全開で振るえば、恐らく操り人形達――は全員まとめて消滅させられて然りである。


 絶妙な力加減……全開とは何も力任せにぶつける事ではない。

 緩急を付け、技術を駆使し敵を制する。

 断罪だんざい天使は三人を相手にして、それでいて尚一人ずつ一騎打ちへ引き込んで浄化していた。

 戦闘経験と、技の練度——それを引き出す祈りこそが、断罪天使を神罰の代行者足らしめているのだ。


 最後に残された咆哮の人形……もはやどう戦えば勝利出来るかなど、浮かばず万策尽きたと滞空する。


「策がないなら……ただ全力で当たるまでっ……!」


「アアアアアアアッ!!!」


 最後の力――自分に残されたビット武装による集中砲撃。

 声という振動が大気と共振……分子を集束させたプラズマに擬似魔法力を纏わせ——その身を囲む様に滞空させる。

 そして一斉に打ち出された魔弾と共に、咆哮の人形は真っ直ぐ銀嶺の少女へと突っ込んだ。


 魔弾の応酬。

 それも完全なる集中放火。

 策など全て投げ捨てた、バカ正直な突撃――しかし断罪天使はそれを回避などしない。


「何かどっかの、誰かさんみたいな攻撃だしぃ!!けど、今日は受け止めてやるよっ!!」


「なっ……!」


 断罪天使目掛けて放たれた魔弾が全て受け切られ……剰え真正面からの突撃すらも銀霊銃を手放した素手にて止められた。

 敵わないと言うレベルではない——最初から遊ばれている様な感覚すら、咆哮の人形に宿っていた。


「……クヒッ!気が済んだ——かよっ!!」


「……っがっ!?」


 愕然とし……次の手すら放棄した人形は、振り上げられた片側霊銃の打撃を——脳天からダイレクトに受け叩き落される。

 防御も何もない咆哮の人形の被ったダメージは、その一撃が致命打となり——

 なすがまま下方で警戒態勢の中にあった宗家最大戦力のとも甲板へ叩き付けられた。


「——かっ……ふっ!」


 耐え難い衝撃が咆哮の人形を襲う。

 体はきしみ……疑似生命体として生まれた肉体は至る箇所で大きく損壊。

 最早蓄積したダメージは肉体機能の限界を超えていた。


 攻撃も防御も不可能な人形の少女は力無く、甲板隔壁へと凭れ掛かり……そして眼前——銀嶺ぎんれいの翼へ大気を孕ませる様に、断罪天使が舞い降りる。

 その手には光の霊銃エル・ジャッジ――左手に構えられた銀霊銃それを抵抗すら出来ぬ人形に突きつけた。

 遂に残された人形への……最後の裁きが訪れたのだ。


「ヴァンゼッヒ……神の力の代行者。一つ……教えて欲しい。」


 ただ最後を待つ少女――その遺言ぐらいはとわずかに銃を下げた断罪天使は、教えを請う姿へそれを聞き届ける意を示す。


「……しゃーなしだな。——何を教えて欲しい?哀れな人形。」


 人形であった――幾度となく戦った道具であった少女は、悲痛の面持ちでそれを問うた。


「……あなたが仕えし、しゅという存在は——私達の様な作られた人形でも、救いを差し伸べてくれる物なのか?」


 切なる願い――【魔導姫マガ・マリオン】と呼ばれる、道具としての存在しか許されなかった彼女達。

 だが今彼女は……すでに消えた仲間の存在と共に、しゅに救いを求めている。

 ただ純粋に、ただすがる様に……——


 願いを紡いだ人形から目をらす断罪天使は、銀霊銃を降ろし背を向けながら解を提示した。


「……残念だけど——いくら主であっても、命の宿らない人形を救う事は……多分ありえないし……。」


 分かっていた事。

 過ぎたる願い。

 ただ問うてみただけとうつむく咆哮の人形は、人形にはあるまじき後悔の念を面持ちに浮かべたまま——その体が分子分解を始めた。


 しかし——

 その後悔を宿した人形の少女へ断罪天使より——想像だにしない言葉が放たれる事となる。

 告げる言葉と同時に振り向くその姿は……そこに湛えられた表情は慈愛宿す聖母の如きものであった。


「まあ——今のあんた達なら……願いを宿す心があるのなら、救ってくれるかも知れないし?何せ——」


「アタシが祈りを捧げし偉大なる主の慈愛は無限だし。だから――アタシが送ってやるよ……死者が向かう然るべき場所へさ……。」


 狂気をたたえて生まれた断罪の魔法少女は、心を宿しながらも消えようとする咆哮の人形の前――膝をつき……両の手を胸の前に優しく結ぶ。

 銀翼の光が命の価値を知った人形を、天へと送る様に包み――しゅへの祈りを捧げた。


「生命としての心を宿せし、哀れな人形達へ主の加護を――エイメン――。」


 金色の王女と……そして小さな当主と出会った狂気は、いつしかしゅに仕える者の真の姿——

 主の力の代行者である、天使の如き慈愛を手にいれていたのだ。


「……ありがとう……素敵な断罪天使様……。」


 銀色の天使の祈りはやがて、咆哮の人形へ安らかなる眠りを与え——すでに旅立った仲間のもとへ向かう様に……分子のちりとなって消えて行く。


 ただの道具としての価値しか存在しなかった、作り物であった少女達は……使い潰される運命を超え命としての最後を迎える。


 因果の齎した宿敵……運命に挑む魔法少女達の手によって――

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