深夜0時

天宮

深夜0時



目の前が真っ暗になった。


それが街ぐるみの大規模な停電だと気がついたのは、カラフルな家々の光が 中心から端にかけて、ドミノ倒しのように消え始めてからだった。



ビルに一軒家、お店にデパート、さらには街灯までもが光を失っていて、大都市東京はただのがらくたになってしまった。

花火大会は、中止になった。


「まっくらだね。」

「……ほんと、音もないんだね。」


いつも聞こえる電車の音も、うるさいテレビの声も、心地良い蝉の音も、なにもかもが息をひそめていた。


声が通じる私と君だけが、この世界で生きているような気がして、恐怖で真っ黒な君にしがみついた。


「……香織、ブレーカーを上げてくるよ。」


期待はしないけど、と加えて行こうとする。

暗闇は嫌いだけれど、この時はもう少しだけ それに包まれていたかった。


「待って。」


時間をとめて、彼が私の声しか聴こえなくなることを 強く望んだのだ。


掴んだ浴衣の裾がじわじわと温くなり、むし暑い部屋の温度と重なって じっとりと服がはりついてきた。


“ハナビタイカイ チュウシ”


大きく、機械的なその言葉は ラジオを通して耳に入り込んでくる。

“最後の夏”だったのにな、と少し残念に思った。


「……外に、出る?」

「……なにも 見えないのに。」


外というのは屋上のことだった。

最上階までの階段は、掃除してない分ひどく埃のにおいがした。


サビのついた鍵をガチャリと捻ると、立て付けの悪いドアはあっさりと開く。

時刻は深夜0時をまわっていた。


.


瞬間、広がる星空。


照明を落とした街の中で、ひときわスポットライトを浴びるように ひとつひとつが美しく輝く。


あまりにも綺麗で、純粋で、心が洗われる思いだった。


「停電も、悪くはないね。」

「……うん。」


ビルのてっぺんなのに、草の匂い。

むしむしとした夏の中で、私たちはやっと気がついた。


屋上全体が、廃れていたのだ。


月明かりの下、タイルのような規則的に並んだ四角の隙間から、柵の周りから、あらゆる所から草が生い茂っていた。


そこは、建てられたばかりの頃とは大違いで、まるで廃墟のようだった。


「……別の 世界みたいだね。」

「うん。」


それでも空の、月の明るさは変わらなくて ほうと安堵する。


「形あるものは、全て変わっていくんだよ。」

「嫌だなぁ。」


私の肩ほどのフェンスに腕を乗せながら、ゆっくりと微笑む。

その姿はどこか 艶めいていた。


馴染み深い風景、昔からの友人、好きな場所、愛するひと

全部全部、変わってほしくないと思う。

今のままでいい。このままで、あなたのままで。

……変わっていくのが、こわかった。


「怖いの……。」

「……香織。」


時間の流れは止められない と置いて、続ける。


だけど


「散ってゆくから美しいんだと、僕は思うよ。」


風が揺らいで、月が丸く光っている。

その言葉に私は、なぜだか胸の奥が苦しくなって、泣いた。


喉のところで息がとまって、苦しい。

けほ、としゃくり上げるように息をはき うつむいた。


「……昔、飼っていた猫がいたの。」

「うん。可愛かっただろう。」

「うん。でもね、病気にかかって死んじゃった。」


最低だと思うんだけどね


「わたしの腕の中で、静かに冷たくなっていったその猫をね、わたしはきれいだと思ったの。」


とっても。


そう付け足して、腰が抜けるように 地面にしゃがみこんだ。


さいていだ。


でも、変わっていくことは いつも恐怖と引き換えに、きれいなものを置いていった。

そのたびに私は、きれいなものを糧にして、今日まで生きてきたのだ。


「僕も、君と同じ考えだよ。」

「……抱きしめて。」


人恋しくなる。

あかりが灯ってゆく。


こんな夜もいいかもしれない。

月と、沢山の星に囲まれた、暑苦しい深夜0時。


月が綺麗だねと、静かに呟いた 深夜0時。







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深夜0時 天宮 @TenguMink

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