アイソレート

 ショーダウンのとき、もしプレイヤーがお互いにフルハウスを持っていたなら、ハンドを構成しているスリーカードの数字ランクが高い方が勝者となる。それが同じだった場合、ワンペアの数字で決まる。

 牡丹はスリー三枚のフルハウスを持っていた。私はデュース三枚のフルハウス。

 ワンランクの差で私のフルハウスは、牡丹のフルハウスに負けた。

 この結果をどう受け止めれば良いだろう。避けられない事故だったのか、それとも防げた失敗か……。

 確かに、あの時牡丹がオールインするハンドは、強力な範囲レンジで構築されていただろうと考えられるのは間違いない。ブラフで私よりも弱い手でオールインしてる可能性は低そうで、牡丹が合理的にプレイすると考えれば考えるほど、私はコールではなくフォールドすべきだったのではないか、という心の声が大きくなってくる。「ねぇ、たまちゃん」

 しかし、反対の声もある。最強ナッツに近いハンドでも、推測リーディング次第でフォールドするというのは、本当に戦略として正しいのだろうか。「たまちゃんってばー」

 牡丹がリバーで私を打ち負かす組み合わせコンビネーションを持っている確率はかなり低かった。それに比べれば牡丹がブラフしている可能性の方がまだ現実味があった。それでも牡丹のオールインを本物であると認め、ハンドをフォールドするのならば、これは自分の読みによほどの自信がなければならないだろう。「もしもーし?」

 そう考えると、コールという選択肢は無難だ。このようにポットが元から十分に大きく、自分のハンドもめったに負けないほど強いという状況では、コールすることが大きな失敗になることはまずないので、安心して選ぶことができる。もっとも、安直と言われればその通りかもしれないが……。「…………」

 コールか、フォールドか。答えは出ない。とにかく、このハンドについてはもっとよく検討を――


「たーまちゃん!」


「へっ? あ、牡丹どうかしたか?」


 隣から聞こえてきた牡丹の声で我に返った。

 私が牡丹のオールインでチップをすべて失った後、調度良い区切りとしてそこで今日の部活動が終了した。私たちは後片付けをして机や椅子を借りて来た場所に戻し、今は四人揃って下校中だった。


「どうかしたかー、じゃないよー。さっきからずっと話しかけてたのに」


「すまん、ちょっと考え事してた。それで?」


「うん。今日は帰る前にちょっとみんなで寄り道していこうって思って。くるみちゃんやヘイリーちゃんは賛成だってさ」


 牡丹からの提案だった。


「うーん……行きたいけど、今日は母さんに遅くならないように言われてるんだ。ごめんな」


 出張の多い父が家に帰ってきているので今晩は家族で食事に行く予定だった。

 牡丹たちに加わりたい気持ちはあったが、空を彩る赤と青のグラデーションはもう明度をかなり失っている。仮に予定がなくとも二つ返事で誘いに乗るのは難しかっただろう。


「そっかぁ。わかった。残念だけど、それじゃ仕方ないよね。じゃあ、また今度ね!」


 丁字路に差し掛かったところで牡丹が立ち止まり、私たちも合わせた。どうやら今日はここでお別れらしい。この道は左折すると私や牡丹の家へ通じているが、右に曲がると駅の方へ通じていて栄えているので、寄り道するときなどはいつもそっちを選んだ。

 別れる前に、私は剣崎さんとヘイリーさんの方を見て言った。


「二人とも今日はどうもありがとう、私たちに付き合ってくれて」


 思えば、牡丹と見切り発車で始めたポーカー部を作るという試みは、それ自体がひとつのギャンブルと言っても過言ではなかった。その賭けに乗ってくれた新入生たちに対して、私の心の中には感謝の気持ちしかない。

 しかし、そんな気持ちをいきなり伝えられても<重い>だけだろうか……? 口に出した瞬間、そんな考えがよぎり、恥ずかしくなった私は慌ててごまかす。「……本当に、片づけに付き合ってくれてありがとう」


「おおっ!? たまちゃん、お片しにそこまで感謝の気持ちを抱いていたんだ!?」牡丹が驚いたように言った。

「気にしないでください。“剣崎家は借りを作らない”が家訓ですから」剣崎さんが言った。「そうです」。ヘイリーさんも笑顔で追従した。

「わたしからもありがとう、くるみちゃんにヘイリーちゃん、そしてたまちゃんも。と言っても、お片しのことじゃなくて……」牡丹がそう言って、一呼吸おくと、続けた。「わたしがポーカー部を作ろうって思った時、誰も集まらなかったらどうしよう、って思ったんだ。やるだけムダかも、って。でも、できないと思ってやらなかったら本当にできないだけだから、だからやろうって決心したの。わたしが決心した時、わたしはまだ一人だったけど、いまはこうしてみんながいる。それがわたしには嬉しくて、ありがたいんです。本当にみんな、ありがとう。まだまだ道半ばだけど、全力でやるので、どうか最後までついてきてください」牡丹が私たちに深々と頭を下げた。

「ぼたんさん……」ヘイリーさんが涙ぐんでいた。

「やめてくださいよ。私、人にお礼を言われるのキライなんです」剣崎さんはそう言ってそっぽ向いた。だが、顔が紅潮してるのが暗がりの中でもわかった。

 く……なんだよじゃないか。私もちゃんと言えばよかった。普段ならそう心の中でつぶやく場面だが、この時ばかりは私も胸を打たれていた。


「えへへ。まあそんなことで! さてさて、たまちゃんとはここでお別れだけど、わたしたちのお楽しみはこれからだよグヘヘ」


 後半部分を変態っぽく牡丹が言った。ヘイリーさんが照れながら言う。「わたし、はじめてだからドキドキしちゃいます」。「大丈夫だいじょーぶ、優しくエスコートするからさー」。二人でそんなやり取りをしている。なんだなんだ?


「あー、はいはい。それじゃ行きましょうか。時間も遅いことですし、早く移動しましょうよ」


「あ、そうだね! それじゃたまちゃんまたね~。ばいば~い!」牡丹が大きく手を振った。「さようなら」。ヘイリーさんが丁寧にお辞儀した。学校の終わりにする帰りの挨拶のようなしぐさだった。「菱沼さん、お疲れ様です」。剣崎さんもそう私に別れを告げた。


「みんな、さようなら」


 三人の後ろ姿を見送りながら私が、暗くなるから早めに帰るんだぞ、と言うと、わかってるってー、と牡丹が上半身だけを少しねじって振り向き言った。

 大丈夫だろうか。

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ふぉーかーど! 水沢ぺこ @baribari

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