王への甘い誘惑

「なーに、要は分割統治はどうかと聞いてるんだよ」

 アメリカ船の艦長が事もなげに言い出す。


「例えば原住民といさかいが起こったとする。そういう時はお互い助け合う。それ以外の時は、他国として振る舞う。これはもともと我が国が『合衆国』つまり一つ一つの小さな国が寄り集まってできた国であった事に由来する。この大陸の詳細な地図を見て欲しい」


 どこから用意したのかは知らないがテーブルに地図を広げる。大陸は扇形になっており、要の部分にエヴァリース、上の部分は後それぞれ面積が同じくらいで横に並んでいる。


「食料だけでも全ての国が海に面しているので海の幸が、耕作地が四割近くあるので山の幸が、ほぼ自国内でまかなっていける。つまり今の国境で上手い事やっているんだよ。領土一つとっても。それでお互い五船と五カ国で数も合うし、大統領制を廃止にして大統領の変わりに、我々五船の艦長が領主として君臨するのだ。征服はこれにて完了する。どうだ。このアイデアは!ハッハッハ」


 日本船の艦長が、自分は領主などの器ではないと申し出ようとしたその時、フランス船の艦長が乗り気な口調で応えた。

「なるほど領主か。いわば王だ。誰一人とて、私を指図するもののない世界!王は年貢を少なくして民とともに歩む事も出来れば、重税を課して独裁者ともなり得る、その国を統べる者。とびきりの美女を手に入れる事も出来れば、ハーレムを作る事も夢じゃない。いわば法を超越した存在。これは男のあり方としては最も魅力的な人生の過ごし方ではないか!」

「原住民の女なんか抱く気になれんがね。」「どわっはっは」

 皆が一斉に笑う。


「真面目に考えてみよう。国家を運営出来るのだぞ。王として。男子一生の本懐ではなかろうか。相手国との通商を見極め、垂れ流しの特殊法人などへの助成金や補助金などをゼロにし叩き潰し、財政の健全化を計り、じょじょに年貢制から納税制にきり変えて行く。田舎の議会などは取っ払い首長一人とし、議会制民主主義などは定数を半分にした国会だけにする。殺人事件が起きれば、これまでのように心神耗弱で減刑など出来ないようにし、特に性犯罪に対しては、釈放された後も厳しくし、ネットなどで性犯罪者の現在の居住区を公開し、再発防止に努める。敵国ができればまたぞろ陸軍を召集し、鍛え上げたうえで戦地へ送り自ら指揮をとる。貧富の差が激しくなれば累進課税率を目一杯上げて富の再分配を図り、生活保護は完全現物支給とし、年金暮らしよりも多くならないようにする。ここまでやれば立派なものだ。賢王などと呼ばれ国の伝説の偉人となっていく。これほど気分のいいことはあるまい。どうだ?」

 ドイツ船の艦長が日頃の鬱憤を晴らすようにぶちまける。


「戦乱の世に」

 日本船の艦長が満を持して話初める。

「陥ったらどうするつもりなんだ。聞くところによると、もう国家間戦争など百年起きていないというではないか。それほどこれまでの原住民の大統領が素晴らしい政治をしてきたんだと思う。その根幹のシステムである大統領制を捨てて、王制に戻すなど時代錯誤も甚だしいのではないだろうか」


 アメリカ船の艦長が反論する。

「トオルは心配し過ぎなんだよ。やってる内に慣れてくるものさ。まあ、お前さんの所には皇帝がいて、自由に行かないところもあるみたいだがね」


「それでは決を取るぞ。分割統治にする者」

 四人が手を挙げる。四対一だ。抗うことなど出来ない。


 日本船の艦長も、大枠で合意した。長い物には巻かれろだ。担当の国もくじ引きで決められた。アメリカだけはこのエヴァリースに余程執着があるようで、他の国の合意のもとで皆がアメリカに譲った。


 日本は戦車を処分した、エンクレットに決まった。この国とは縁があるらしい。そうと決まればだんだんその気になってきた。できるかぎり、善政を敷こうと思う。


(余程慎重に事を運ばなくてはならないな)


 三日間ほどエヴァリース側の財政の担当者などを交えて地方公務員の処遇など細かいところまで詰めていった。現地の記者達は話し合いの内容を一切知らない。


 重大発表をすると告げている。結果報告の運びとなる。いつものようにアメリカ船の艦長が、壇上に立つ。

「今日は未来の政治について、三日間の話し合いの結果を報告することとする」

 要は体のいい所信表明演説ではないのかと翔馬は訝る。


 アメリカ船の艦長がコップの水を一口飲む。そして結果から発表する。


「話し合いの結果、これまでの大統領制を止め五船が五カ国を治める分割統治制へと移行することとなった。先ずは各国大統領に引退をしてもらい、国会議員の数を半分にする。区割りであるが、アメリカがここエヴァリースを、イギリスがラスロを、フランスがチュンコワを、ジャパンがエンクレットを、ドイツがファルローザを責任を持って統治する」


 記者が走ってTVカメラの前に行き、第一報を告げる。それを見て、翔馬はまた深くため息をつく。アメリカ船の艦長の講釈に皆がまんまとはまった構図が見て取れる。分割統治などと言えば聞こえはいいが、要は世界の王に成りたいだけなのであろう。日本船の艦長も反対していないところを見ると、また上手く抱き込まれたに違いない。


 次は特殊法人などへの補助金などから市役所の人員整理まで行政の無駄を徹底的に省く事を宣言している。それをもって垂れ流しの国債の発行や銀行の借金などを無くし、財政の健全化を実現すると言う。


「さらに我々は刑事事件の厳罰化に着手する。特に性犯罪だ。刑期を終えた後も厳しく取り締まり、性犯罪者が今何処に住んでいるのか完全に公開する。次は外交だ。自らを鑑み、相手に無理を強いらないようにしなければならない。各民族は独自の宗教と文化を持っていると聞く。それを踏まえ要求のみをするのではなく、相手の言葉にも真摯に耳を傾け最大限お互いのためになる答えを見つけださなければならない」


 記者があわただしく行ったり来たりしている。


「衛生的で住みよい社会。晩年になっても安心して暮らせる年金体制を明日からでも実施していく。次に防衛体制であるが、五大国の他にもいくつか有力な国がある。もしそこらの国と戦争になった場合、連合国軍を再結成し敵を退ける。空軍の強さは皆も知っている事と思う。制空権を握り、地上へ爆撃をするとどんな敵をも打ち破る事ができる」


 戦争になったら結局自分や洋介が出て行かなければならないのであろう。このまま軍人になってしまうのであろうか。先行きに暗雲が漂う。そろそろ警備の仕事から解き放たれたいと感じている。


「それではこれから、各国の指揮をとる各艦艦長にご登場願おう」


 次はイギリス船の艦長が壇上に登る。挨拶程度の演説をし、降りていく。


 各国全ての艦長の顔見せが終わった。日本船の艦長はあまり生気を感じられなかった。


 翔馬はコーラを飲み干した。これより警備の仕事だ。横で一緒に演説を見ていた雪菜とキスをすると、格納庫へ向かう。ドアを開け宇宙服に着替え、洋介の帰りを待つ。時間きっかりに洋介が回転板の上に降り立つ。洋介はあの演説を聞いていたみたいで、翔馬に問う。


「どう思います?あの演説」

「ああ、あれか。アメリカ船の本性見たりだ。エヴァリースの実質的な王になるつもりなんだろうよ」

「ですよね、所信表明演説にしか聞こえませんでしたものね」


 洋介が翔馬が持っているコーラを見て言う。「小便が近くなりますよ」

「そうだな、気をつけなきゃな」


 翔馬はF-70に乗り込むと軽く敬礼をする。シートベルトをしめ、インカムを装着する。クルーに指示を出し出立する。外に出ると計器類を確かめ、いつもの場所にピタリと停止する。


 巨大な双子星β星が真横に見える。美しい光景だ。インカムで雪菜と語りあう。子どもは何人欲しいだの、学校はどうするのかだの、たわいのない話だ。しかし翔馬にとっては今一番大切な時間である。


 艦長から指示が入る。本船に戻ってこいと言う。ここエヴァリースを離れ、新たな気持ちでエンクレットに向かうためだ。



 空間変位でエンクレットへ旅立つ。すぐさま普段着に着替え、雪菜を探す。雪菜は動かずそこにいた。

「エンクレットに着いたの?」

「ああ、そうみたいだ」

 艦内放送でこれからの事が話されるようだ。

 艦長の挨拶から始まる。


「もしもし、聞こえますか。艦長であります。ただいまエンクレットに到着いたしました。昼間の演説で話した通り、ここエンクレットを統治する事となりました。政策はアメリカの艦長が言っていた通りであります。なるべく早く蜂の巣のような寝床から脱出し、仮設でもいいから住宅を建設し、皆さんにご提供出来ればと思っております。思えば長い旅でありました。初めは見切り発車をし、どうなる事やらと私自身も思っていましたが、どうやら安息の地を得る事ができた模様です。これからは現地の人々とも活発に交流し、安定した統治を実現する所存であります。さて、一番大切な食料に関しては五種類の少ないメニューを半年以上に渡り強いて来たこと、まことに申し訳なく思っております。しかしよもやの事態に備えて、まだ一万人が二年近く生きてゆく量が備蓄されております。これを消費しないことには年貢制にしろ、納税制にしろ食料を置く場所がありませんので、まだ当分の間、このメニューにお付き合いしていただければと思っております」


 日本船の艦長もやはり王になる誘惑に勝てなかったのであろうか。少しばかりの付き合いではあるが、どこにでもいるいいおじさんである。運命が彼をここまで押し上げた。そう思えてならない。それを思えば雪菜との出会いも運命であろう。あの日たまたまデモに興味を引かれた。普段ならそれまでであったものを、行動を起こしたからこそ生き延びた。この世は全て運命で繋がっているのかもしれない。


 多分これをもってきつい警備の仕事は終わりだろう。ここに生き残った八千人の人々はやはり何らかの仕事に就くのであろうか。翔馬はSEの仕事であればやろうと思っている。


「それでは早速、現地の人々と対話をしてまいります。この船も初めて地面に着陸いたします。船からの出入りはご自由ですが、外で危険な目にあったりしてもそれは自己責任なのであしからず」

 艦長が艦内放送を終わる。そして、屈強なボディーガード二人を連れて三台のスカイ・ビーグルに乗って出入口前に到着する。


 日本船はすうーっと地面目掛けて下降する。何の衝撃もなく四本の足を出して着陸する。

 出入口が開いて人や物が往き来できるようになる。


 半数の人々が草原に降り立って新鮮な空気を吸っている。外界と遮断されてから余程外に出たかったのであろう。


 翔馬はガランとしたキッズルームを眺めながら雪菜とシチューを食べている。旨いのだがやはり多少は飽きがきている。まだ二年もこれを食べなければいけないと思うと少々うんざりする思いだ。


 ほとんどの人が船内に帰ってきた。ただ新鮮な空気を吸いたかったらしい。


 暫くして艦長が帰ってきた。顔に生気が戻っている。翔馬は声をかける。


「やあ、翔馬くんか。そっちはガールフレンドかい?」

「いえ、妻です。結婚したんです僕達。それより現地人と対話しにいったそうですがやはり大統領ですか」

「そうだよ。やっぱり勘が鋭いな君は」

「交渉はどうなりました。相手が引いてくれましたか」

「その通りだよ。一週間以内に大統領官邸を出る事になった。幸先のいい事だ。それでは!」


 次の日から艦長は精力的に活動し始めた。


 まず手始めに与党の閣僚はそのままに、四百人もいる国会議員の数を半数にすると明言し、その是非をめぐって下院の解散を宣言した。


 国会はパニックに陥った。しかしそのような声はどこふく風で次は官僚である。これもヒアリングを実施し、無くしてもいいポストやその部下の者五千人をあっさりと解雇し、残りの者も給料の見直し、ボーナス査定額は景気に連動するシステムに切り替え、さらに残業の廃止など大鉈を振り下ろしていく。これまで誰もやりたかったけれどやれなかった事をズバズバ手掛けていく様子を見て、次第に内閣支持率は上がっていく。


「けっこう思いきった事をやってるな」

 翔馬の艦長を見る目もかなり変わった。



 翔馬と雪菜が公園でデートをしているその時である!日本船が「ガシャーン、ガシャーン」という音と振動と共に突如宙に上がっていく。


 皆が驚き、寝床から出てくる。何が起きているかも全く理解出来ずに。

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