降伏文書
エヴァリースを皮切りにラスロ、チュンコワ、エンクレット、ファルローザの順で武装解除が続く。日本船はエンクレットを任された。アメリカ船もレーザー砲のエネルギーが無尽蔵に使える訳ではないのだ。
空間変位でエンクレット郊外へ巨体が突然あらわれる。原住民達が心配そうに事の成り行きを見守っている。
エヴァリースとアメリカでのやり取りから、ショボい嘘を申告するのがかえって悪い結果をもたらす事は学習している。こちらは民族衣装を着た大統領と陸軍の大佐が出迎える。
そこへどこから聞き付けたのか知らないが、記者たちが続々と集まってきた。日本船の巨体に圧倒され、パシャパシャと写真を取っていく。そして大統領へのインタビューだ。
「五機の最新鋭のUFOに空軍所属の戦闘機が事もなくやられたと聞きましたが、本当でしょうか」
「科学技術の水準が圧倒的に違っていた。こちらは相手のレベルを読み違えていたのだ」
「聞くところによると相手は光の速さよりもずっと速く半年で到着したそうですが、その真贋はどうでしょう」
「私もそれを聞いて驚いているところだ。今目の前に突如として現れた技術と同じもののようだ」
「会談は自白剤を飲まされて行われると聞きましたが、どうお考えでしょう」
「エヴァリースの大佐はそれで失敗したらしいが、我々は違う。最初から正直に答えていく。どのみち戦車は潰されるのであろうからな」
「今からどうなるんでしょう」
大統領はその質問に息を詰まらせる。
「なに、心配はない。戦車を壊されて終わりだ。大丈夫。必ず打つ手はある」
大統領は思うところもあり、薄笑いを浮かべた。
やがて日本船の使節がやって来た。簡単な挨拶を済ませ男についていく。出入口の下にくると船が降りてくる。中に入ると先ずはその吹き抜けの広さと高さに驚く。イメージしていたUFOとは別次元のリアリティーがある。そしてその食料のタワーに唖然とする。使節に導かれ艦長室に通された。
「これはよくおいでになりました」
艦長が握手を求めるが、何のことかさっぱり分からないらしい。艦長は手を引っ込める。
「かような事になりご心痛お察しします。先ずはお茶でもいかがですか」
艦長みずから日本茶を入れる。
そして早くも自白剤を取り出す。
「これは自白剤です。私は騙すようにして自白剤を飲ませるような事はいたしません。ただ相手を信頼するために飲んでもらう必要があります」
大佐は自らその白い錠剤を飲んだ。少しのち、頭を左右にふらふらし始めた。
「ではこれからヒアリングを行います。準備はよろしいですね」
大佐は首を縦に振る。
「まず兵器の数から聞いていきます。戦車は何両ありますか」
「80両だ。少ないと思うだろうが国家間の戦争など百年前に終わっている。当然武器の量も少なくなる。」
「装甲車のほうは」
「50台ほどだ。これはあっても無くても同じようなものだ」
「戦闘機はすべて打ち落とされたんですよね」
「ああ、全てだ。空軍は自動的に消滅した」
大佐はじょじょに回復してきた。
「歩兵は何人ほどいますか」
「八千人ほどだ。これも国家間戦争がなくなってからかなり数を減らした」
「武装解除には歩兵の解雇も含まれますがどうお思いでしょう」
「しかたない。それが要求ならば、こちらにはもう抗うすべもない」
大分時間が経った。
「戦車隊が消え行く様を見ていきますか?」
「いや、それは忍びない。帰る事とする」
そう言うと大統領と大佐は去って行った。
戦車隊が現れた。25両がま四角に並ぶ。日本船がすうっと真上に移動すると、乗組員達がけつまずきながら逃げていく。
艦長の命令が飛ぶ。
「ファイヤー!」
「ズドーン!!」という音とともに大爆発をする。キッズルームで中継を見ていた人々が拍手をしている。食堂でカツカレーを食べていた翔馬と雪菜は複雑な思いでそれを見つめている。
次の25両もレーザー砲の前に消し飛んだ。
最後は30両が並んだ。これも爆発音とともにスクラップと化す。
すべてが終わった。あとは歩兵の解雇などのソフト面の武装解除を残すのみとなった。
艦長の性格から考えて思いきった事をよく完遂したものだと思う。しかし抵抗もせずやられっぱなしの乗組員たちは今後どうするのであろう。だがそれはもう翔馬の考える事ではない。
翌日、再びエヴァリースの草原に戻ってきた船を背に、降伏文書の調印式が執り行われることになった。三十もの罪が書かれている降伏文書にエヴァリース、エンクレット、ファルローザ、チュンコワ、そしてラスロの各国大統領が署名して捺印し、降伏文書が作られる。大統領達が並ぶなかにアメリカ船の艦長が、真ん中に割って入り、文書を胸の位置に掲げ次々に写真を撮られる。各国首脳にとってこの上もない屈辱だ。
その場でインタビューが執り行なわれる事になった。アメリカ船の艦長が臨む。
「我々は四光年の彼方からやって来た。それは苦しい旅の連続だった。しかし今こうして降伏文書を手にすると、感慨もひとしおである。我々は戦士以外を傷つけする事はないのでそこは安心してくれ。しかし一民間人がこちらを攻撃するなどした場合、容赦なく裁くのでそのつもりでいてほしい。各国空軍の主力戦闘機はほぼ壊滅、戦車も同様にスクラップと化した。ハード面での武装解除は各国が所持している銃のみとなった。そこはこれからの課題だ。各国に強く銃規制を徹底してもらうしかないであろう」
パラパラと拍手がなる。艦長は続ける。
「この宇宙の片隅で戦い、そして理解をしあった。これらは今後の全ての国と付き合う上で、大切な教訓と経験を我々に与えてくれた。我々は穏やかな種族だ。普段は動物を殺すのも躊躇する。しかし命がかかった場合勇敢な戦士と化す。我々は賢い種族だ。普段は凡庸に見えてもいざとなれば驚く程の真価を発揮する。これを『能ある鷹は爪を隠す』という。我々は悲しい種族だ。故郷の星が住めなくなってしまった。しかし、この星に来て第二の故郷を見つけた気がする。そのような我々の有り様も学んでくれたと思う。また、我々はともに死力を尽くして戦った。死を賭けて戦場に臨んだ全ての戦士たちに言いたい『神よこの者たちへ祝福を』と。サンキュー、サンキューベリーマッチ、サンキュー、サンキュー」
まるで戦勝国の大統領の演説らしきものからインタビューは始まった。
手を振りながら記者とのやり取りが始まる。
「想定では二年をもって武装解除に臨む。と言っていましたが、なんと実質二日で武装解除が終わってしまいました。その事に関して一言御願いします」
「正直に約束が履行された事の一言につきる。二年をもってというのはさまざまな解雇の問題などソフト面での武装解除が終ることを指す。そちらの問題が解決しない限り戦士達がゲリラとなる恐れがあるからだ。我々との話し合いを通じて、いままで軍事費に使っていた予算を生活の向上に使ってほしい。」
「そちらは新たな領土が欲しいのでしょうか。それともやはり年貢制を要求するのでしょうか」
「当分は三割の年貢を納めてもらう。そしていい頃合いを見て領土権を主張する。でなければ永続可能な生活が出来ないからだ」
三割で本当に大丈夫なのか…翔馬はインチキ宗教の親方が言っていた案を多少いぶかる。しかし数年は食料の差し押さえがなければ、たとえ畑で作物が実っても害虫にやられてしまうかもしれないし、病気が流行るかも知れない。皆が野良仕事に慣れるまではやはり三割をみておかなくてはならない。
日本船がここエヴァリースに帰るのとほぼ同時に洋介が追い付いて来た。インカムから声がする。
「十二時間っていうのもかなりきついもんがありますね」
「これから疲労が蓄積してくる。ゆっくり休む事だよ」
「はい。ありがとうございます」
洋介が現れて二十四時間交代制になり、翔馬、フランス~アメリカ、ドイツ~洋介、フランス~アメリカ、ドイツ~翔馬、フランスと、休める時間が実質三十六時間となった。よく睡眠をとり、気力も十分に回復したところで警備に出れる。この星は降伏した。警備はもう必要ないんじやないかと、艦長に伝えると、このような降伏の後が最も危険だと言う。万が一をあなどっていてはえらい事になる。そう諭され警備はまだまだ続くと覚悟をする。
洋介に初飛行の感想を聞いてみる。やはり抜群の安定感、コントローラーと見事に同調する操作性。夜間になっても赤外線でくっきりと見える視認性。どれひとつ取っても想像を超えた機体だったらしい。
「トイレはどうしてる?」
「三時間づつオムツにしましたよ。気持ち悪いったらないですね」
「右肩の奥の方に、ゴミ箱がある。使い終わったオムツはそこにすてるんだな」
「ああ、そういうシステムなんですね。知らなかった…」
「他にも分からない事があったら遠慮なしに聞いてくれ」
「了解です」
一方雪菜とのことは、やはり式だけは挙げておこうと思った。時間的には、次の警備はアメリカ、ドイツ組である。神父さんに相談し、余裕があるので三時間後に初めることにした。二人とももう家族はいない。見物は達彦だけだ。
配給所に、ウェディングドレスはないのか聞くとさすがにそれはないとの事だった。もって来た衣装に白い上下の服があった。これをドレスのかわりにする。翔馬は着替えと言えば簡素な服しかない。やはり今着ているチェック柄の長袖のシャツと下はジーンズで結婚式に臨む。あのデモの日に着ていた。出で立ちである。二人とも風呂に入ってくる。
美しい公園内にある小さなチャペルで翔馬が壇上で待つ。そこへほぼ普段着の雪菜がしずしずとやってくる。そこへこのチャペルで結婚式をしているのは珍しいとみえて、一人、また一人と、椅子に座っていく。
「新郎は新婦と一生添い遂げると誓いますか」
「誓います」
「新婦は新郎と一生添い遂げると誓いますか」
「誓います」
誓いのキスをするころには、満杯のひとだかりである。拍手の中、二人で歩いていく。
遂に雪菜と結婚をした。チャペルを出ると多くの人が祝福してきた。雪菜は手作りのブーケを手渡され、まだ未婚の女性達に後ろを向いて花束を投げる。一人の女性がそれを掴むと結婚式はお開きとなった。神父さんに礼をいい別れる。
「これで正式に夫婦になったね」
公園のベンチで二人が並んで座る。
「私は建設の仕事で一生を費やすだろうとキャリアを積み上げる事ばかりに一生懸命で心の余裕がなかったわ。まさか自分が結婚するなんて思いもしなかった」
翔馬に寄りかかり今の心境を素直に話す。
「俺もだよ雪菜さん。実際SEなんて仕事は聞こえはいいが給料はそこそこしかないし、一家の大黒柱なんかになれるほど甘くはないと思っていたんだよ。そこへ君が現れた。最初の出会いからなぜか上手く行きそうな気がしたんだ。不思議な心地だよ」
雪菜が翔馬の手をぐっと握りしめる。
「ねえ、あの日の事を覚えてる?」
「いつのことだい」
「フランス船の不具合を治しにいった時の事」
「覚えてるさ。巨体のフランス兵に連れていかれ、結構難しいコンピューターのバグを治しにいった日の事だろ。で、ギャラは六個のガムだ。ははっ。お金に価値がなくなったのは頭では分かってるんだけれど、心がついていかないっていうのかな。しょんぼりして帰ってきたよな」
「私はあの日から意識するようになってきたの。みんなに頼りにされて出ていく翔馬くんかっこ良かった」
「なんだかいきなりほっぺにキスをされてな。あの時は理解不能だったよ。わはは」
「うふふふ」
二人で愛の答え合わせをしている。
その頃運転室ではこれから始まる会議のために日本船の艦長が身支度を整えていた。
「アメリカ船の艦長が緊急召集するなんてよほどの事でしょうね」
「ああ、恐らく年貢の扱いの事だろう。これも誤魔化されるかもしれないし、おそらくそこら辺を詰めておこうと言うことだろう。」
空間変位機に降りて行き、アメリカ船に移る。艦長室に通されると、握手をし、ソファーに座る。五カ国の艦長達が地球を飛び立ってから初の全員集合となる。
「久しぶりだな。こうして集まるのも」
アメリカ船の艦長が口を開く。
「ああ、長い航海だった。遥か遠くまでよくぞここまでやって来たものだ。原住民達との戦いも今となっては遠い昔のようだ」
皆疲れているのか、口も重い。イギリス船の艦長が、戦いについて触れる。
「我が国だけがパイロットを失ってしまった。戦いには勝ったがその代償はあまりにも大きい」
皆十字を切る。日本船の艦長だけが胸で手を合わせる。
ドイツ船の艦長が話を本題に戻す。
「それより今日はどうしたんだ?緊急召集をかけるとは」
「領主になってみたいとは思わないか?」
日本船の艦長は何を言い出すのだといぶかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます