限定的空爆
「それではひとまずソファーに座ってくれ」二人の原住民は針のむしろに座る心地で腰をおろす。
「あなたが評議員だな。そしてそちらは?」
「名はペリウムと言う。階級は大佐だ」
「大佐か。これからヒアリングを行う。準備は出来ているんだろうな」
「もちろんだ。どんな質問にも応じる覚悟だ」
クルーの一人が三人分の紅茶をいれてくる。それをテーブルに置いていく。二人は不審げにそれを見つめる。
「どうした。毒など入ってないぞ、ハッハッハ」
艦長が紅茶を飲む。それを見て大佐が口をつける。お互いリラックスしたようだ。
評議員が尋ねる。
「お前達はどこから来た」
「4光年先の太陽系という所からだ」
「光の速度を超えてきたのか」
「それは不可能だよ。ハッハ。どうやって来たのかは機密事項だ」
「住んでいた惑星で何かトラブルでも有ったのか」
「人口爆発があってな…もうそれ以上人が住めなくなったのさ。それで食料の争奪戦が起きてついに核戦争に突入したのだ。核戦争というのは理解不能だろうけどな…今頃人類はほぼ全滅しているだろう」
艦長は寂しげに紅茶を飲んだ。
「さて、本題に入ろう。先ずは戦車の数からだ。ざっくりでもいい。何両保有している」
大佐が答える。
「155両だ」
「装甲車の数は」
「そんなものは保有していない」
「装甲車を保有していない…なるほど戦車があれば十分というわけか」
大佐は紅茶が気にいったようで、少しずつ口をつける。
艦長が続ける。
「銃はいくつ保有している」
「そこまで把握しているはずはないだろう。およそ一万だ」
「武装解除されるのをどう思っているんだ」
評議員が答える。
「正直、悔しい思いだ。後百年科学技術が進んでいればかような辱しめをうけることもなかったであろうに」
そのうち大佐は酔っ払ったようになり頭を左右にふらふら振りだす。
「毒は入れていないが、自白剤を入れさせてもらった」
艦長が事もなげに言う。
「汚ないぞ。その様なやり方は!」
評議員が叫ぶ。
大分時間がたった。艦長は改めて問い直す。
「もう一度聞く。戦車は何両だ」
「155両だ」
「装甲車は?」
大佐は苦しげな顔をしている。自白剤がきいて答えたくない質問にも答えてしまう。
「ウーン、装甲車は…200台ほどだ」
「さっきとまるで話が違うな。見せしめに軍事拠点を空爆させてもらう」
艦長は冷ややかに攻撃の宣言をする。
「見たいか?」
艦長室のモニターをつける。評議員が食い入るように見つめる。
艦長は日本船の艦長を呼び出し、これまでの経緯を話す。
「艦長室の中でヒアリングをしたんだ。すると見事に自白剤がきいてな。装甲車の数が、ゼロから200台になった。ここはけじめをつけなくちゃならない。いま警備中の日本船の戦闘機に限定的空爆を命じてほしい」
アメリカ船の艦長はそれきり言うと、通信を切った。
恐れている事態が起きてしまった。装甲車の数など正直に言えばいいではないか!これでまた一般人の翔馬を巻き込む事になる。日本船の艦長は重苦しいため息をついた。
艦長は翔馬に通信する。
「翔馬くん、起きているか」
ややうとうとしていた翔馬は飛び起きる。
「聞いています、どうぞ」
「恐れていた事態になってしまった。エヴァリースのヒアリングで嘘の答えがばれてしまったようだ。これからこの国の軍事施設を空爆しなければならない。心の準備は出来ているかい」
「命令とあれば仕方ない。やるしかありませんね。準備はできています。」
「そうか…君は強いんだな」
翔馬は尋ねる。
「その軍事施設とやらはどこに有るんでしょう」
「正確には軍事施設と思われる所だが、この国を飛び交う電波から軍事情報を割り出してある。後はミラに聞いてくれ。限定的でいい、無理をしないようにな」
そう言ったきり通信は途絶えてしまった。
「ミニッツ起きてるか」
「まだ起きてるよ」
「エヴァリースのヒアリングでひと悶着あったらしい。それで俺は空爆に行かなければならなくなった。ここの警備を一人で頼む」
「先が思いやられるな。警備は任してくれ」
翔馬はミラに聞く。
「軍事施設へナビをたのむ」
「分かったわ、まず四時の方向よ」
ミラの言う通りに進んでいくと格納庫が沢山ならんだいかにも軍事施設と思われる場所へとやって来た。
ミラが答える。
「ここよ。レーザー砲を45度下に傾けて。あとは空爆専門の画面を見て十字になっているところへオートに切り替えて」
「思いだしたよ。ありがとう」
翔馬の戦闘機は爆弾を乗せていなくても空爆が出来るようになっている。レーザー砲の先端を傾けるだけで、下の施設を正確にショット出来るのだ。
スイッチをオンにすると、空爆専門の画像が右下に出てくる。十字になっている場所を狙うと、正確にレーザー砲を放つ。格納庫は木っ端微塵に消し飛んだ。
次々と関連施設を攻めていく。この場所はどうやら基地らしい。最後に残した司令塔もレーザー砲で一撃すると、翔馬は一息つく。
「艦長、おそらく基地を一つ潰してきました。限定的にとおっしゃてたものですから、隣にあった軍事施設はそのままにしておきました」
「ご苦労様。もう心身ともに疲れたであろう。まずはこちらに帰ってくれ。今こちらではそのフライトシミュレーションのランキングが高い者を探している最中だ。もちろん交代制にするためだよ。見つけ次第連絡する」
空爆の画面を食い入るように見つめていたエヴァリースの評議員は、長いため息をついた。
「帰ろう」
大分元に戻った大佐を連れて艦長室を出ていくと、空間変位機の場所へと案内される。帰りは下の地面に直に降り立った。
「会談はどうなったのですか」
「情報によれば西の基地が空爆されたようですがそれについて何か一言」
無数のフラッシュがたかれ、評議員は目が眩みそうだ。
「交渉は決裂した。今はそれしか言えない」
記者達はその言葉を本社に伝え、次の言葉を待っている。軍用車が迎えにくると、それに乗って帰ってしまった。
次の日の新聞、TVには「交渉決裂」の文字が飛び交った。記事には大まかな交渉の推移と、自白剤が使われた事、昨晩の基地壊滅との関連が書かれてあった。もちろんこれはアメリカ船の艦長がリークするように部下に命じたものだった。嘘をついてもどうせすぐばれるんだぞというメッセージであった。
「自白剤が使われるとはなにごとだ!」
「それでも二人とも無傷で帰ってきたことだし、比較的いい異星人だよ」
「相手は征服しにきたんだぞ。インベーダーにいいも悪いもあるか!」
至るところで議論が巻き起こる。皆征服された後どうなるかが不安なのだ。単に食料を貢げば満足するのか、それとも奴隷化されるのか…
エヴァリースの評議員が会議室に戻ってきた。手に入れたインカムを使うと再び艦長と通信をする。
「これからどうすればいいんだね」
「先ずは戦車の解体だ。この草原の片隅に5両×5両、計25両おいて待機している事だ。こちらが特大のレーザー砲で一気にスクラップにしてやる。これを6回繰り返す。装甲車は戦力と見なさないのでそのままでいい。理解出来たか。どうぞ」
「分かった。戦車に伝える。暫し待て」
評議員は戦車隊のリーダーに言われた事を伝える。25両編成で草原の端に向かう。一点に止まるとアメリカ船が滑るように現れ戦車隊の真上につく。戦車から逃げ出す者がいなくなると、真下に特大レーザー砲を一気に照射する。戦車は砲台からなにからまるで飴細工のように溶けていき大爆発をおこす。
評議員は歯がゆい思いで見つめるしかない。これを6回繰り返すのだ。戦車が壊滅状態になると、陸での軍備は丸裸である。装甲車の数など正直に言えば良かったと、改めて悔しがる。
この光景を見ていると、気づけば十二時間が間近だ。翔馬は母船から出てきたアメリカ機とドイツ機に次の交代は自分でないかも知れないと告げる。ここ数日ほどずっと三時間睡眠が続いて、時差ぼけがひどいからだというと、大なり小なり皆同じようなものだとぐちる。
「それで日本でハイスコアが上位の人間は探し当てたのか?」
「さあ。こちらは分からない。今は艦長の部下がうけもってくれているらしい。体力がある交代要員が見つかればいいのだが…」
「では」
と言い、日本船に戻っていく。出たり入ったりを何度繰り返しただろう。普段着に着替えて、雪菜をつれて、運転室に向かう。
「お邪魔します。どうですか。見つかりましたか?」
クルーが言う。
「いやー。それがなかなか。皆匿名で参加しているしな。それに通信には応じてくれないんだよ。いろいろ警戒しているらしい」
「空爆モードだけだと楽勝なんですけどね」
今は日本ランキング二十三位の者との連絡をとっている。しかしなかなか通信をオンにしてくれない。
あきらめて二十四位だ。これはハイスコアに、ちゃんとした名前が書いてある。名前は池田洋介というらしい。しばらく通信を待っていると「はいもしもし」という返事が来た。通信はクルーがやり取りをする。今は警備中なので比較的リスクが少ない事、空爆が攻撃の中心な事、飛行はコントローラーそのままな事…
翔馬が出てみる。
「こちらは今日本機を受け持っている泊翔馬だが」
そう言うと「泊さんですか!」と喜んでいるようだ。運転室に呼ぶと緊張した面もちで艦長室に入っていく。翔馬と同い年位の普通の青年である。
「早速だが問いたい。今シミュレーションしているF-70を操縦したくはないか」
すると案外素直に受け入れてくれた。
「了解しました。泊さんがそう言うのなら。それにF-70に乗ってみたいので」
心よく承諾してくれた。右舷前方に艦長と共に行き生体認証の登録をする。先ずは宇宙服だ。翔馬は自分で使っている以外のそれを用意してやる。それと大小便の事を目一杯大袈裟に伝える。
最後に次の交代は何時だと告げる。
「後十一時間ほどですね。それまで十分に寝ておきます」
洋介はそう言うと食堂目指して歩いて行った。
翔馬は風呂に入ると食堂に行く。運転中は餃子で空腹を感じることもなかった。今日はおでんを汁一杯にしてテーブルにおく。ご飯も大盛りである。これから思い切り寝るためだ。
長い時間が立った。翔馬はすっきり起きた。時計をみると十二時間経過している事になる。久しぶりの熟睡である。ボンヤリ洋介の事を思い出す。多分もう出た頃のはずだ。フライトシミュレーションのインカムのチャンネルは確か9だったはずだ。チャンネルをきりかえ、挨拶をする。
「おはよう、洋介くん」
「あー、起きましたか。お早うございます。今テスト飛行中です。それにしても夜は静かですね。気味が悪いくらいです」
「フランスの奴とは旨くいきそうかい? 」
「さっき少ししゃべりましたけど、彼も交代要員だそうです」
「まあ、あまり頑張り過ぎずにうまくやってくれ」
「はい!」
翔馬は安堵した。洋介は結構頼りになりそうだ。
となりの雪菜の寝床でがさごそ音がする。
「雪菜さん」
と声をかける。
雪菜が寝床から出てくる。
「展望台に行きませんか」
と誘うと、なにか感じるものがあったのか、素直に応じる。
真夜中、誰もいない展望台で銀河を見つめる。
「あの記者らしき人達に追いかけられた時、婚約者と言ってくれたこと嬉しかったですよ」
翔馬が雪菜の肩を抱く。
「思えば遠くへ来たものですね」
「そうね、でも征服する側っていうのは複雑だわ」
翔馬はさらに強く抱く。
「雪菜さん…結婚してくれませんか」
雪菜は体の力を抜き、翔馬にしなだれかかった。
「うん、ありがとう。あの時私の手を取ってくれなかったら私は死んでいたんですものね。あれで運命が決まったんだわ。そして私達はこうしてここにいる」
翔馬は眼前に広がる銀河を眺めながら言う。
「婚約指輪も結婚指輪も何も贈れないけど、式も挙げられないし、披露宴も出来ないけれど、それでも付いてきてくれるかい」
「私こそ年は二つ上よ。それでいいの?」
「年なんか関係ないさ。雪菜さんに側にいてほしいんだ」
しばらく二人は銀河を眺めていた。
「ねぇ、こうしている間にも、惑星を征服したりされたり戦争になっているところがあるのかしら」
「だろうね。天の川銀河でさえ無数の星がある。この船もその戦争の真っ只中だ。知的生命体が存在する限り、必ずいさかいが起きる。どんな文明国でも、戦争が起きれば牙をむく。それを止める手立てはないよ」
「早く戦争が終わってくれたらいいのにね」
「そうだね。でも戦争が終わった後はどうなるんだろう。考えてもみなかったな」
「その時はその時よ」
二人はしばらく無言でお互いの愛を誓いあっていた。
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