コスモウォーズ
艦長が生体認証で例の空間の鍵を開けてくれた。かなり広い空間だ。そこへ一機の戦闘機があった。F-70である。戦闘機としては小さいのか大きいのかよくわからない。尖った先端にボリュームのある運転席と尻上がりになっている流線形のボディー。カーバインで覆われた船体に、鏡のように輝く塗装をしているフィニッシュ。見るからに美しい、なめらかな機体である。
「外から見るのは初めてだもんな」
翔馬はあちこちを見て回る。
(本当にゲームと同じように操縦できるんだろうか)
という不安が拭えない。
「あれだけ訓練してきたんだからな。後は普段通りにやるだけだ」
ヘルメットをかぶり、インカムも付けスイッチをオンにする。フォンという音とともに一メートルほど浮き上がり、ナビの画面にミラが現れた。
「こんにちは翔馬くん。ついにこの日がやってきたわね。実戦は初めてだもんね。一回大きく深呼吸をして。出るわよ!」
扉か開き、クルー達が逃げるように後ろに下がる。いつものように一気に宇宙空間に出された。
「うわー。ちょ、ちょっと待ったー!」
計器類をいじっている間に集団恒星のど真ん中である。眩しくて目を開けていられない。サングラスをかけて、ようやく落ち着く。
操縦は当然であるが、ゲーム機のコントローラーと全く同じである。足を使ったりはしない。
「遅かったぞ日本機」
「悪い。少々話がこじれてな」
「いいよ気にしなくて。俺達も日本機でのいざこざはみんな聞いていたからな」
「四時の方向から敵機襲来よ!皆旋回し向かえ撃って」
振り返れば、敵の近くにいる。翔馬は速度を一気に上げて、上に回り込みてっぺんできりもみし、最初の一機に、ロックオンする。
「雑魚は邪魔だぜ」
翔馬が、ロックオンした相手を一撃する。
「バーン!」という破壊音と共に一機が墜落していく。この一撃で攻撃も防御も全て思い出した。レーダーをみる。編隊を組んでいる敵が襲ってくる。翔馬得意の斜め滑り連射だ。トップの敵にぶつかりそうになる、その時、左に斜め滑りしながらロックオンと、ショットを素早く繰り返す。一気に五機が宇宙のデブリと化す。エネルギーゲージ、レーザー砲ゲージ、全てが満タンである。
「ヘイ、フランス機」
フランス機の真後ろにへばりついている敵機がいる。振りほどこうにも振りほどけないらしい。翔馬は軽くロックオンし、撃墜する。
「サンクス助かったぜ日本機!」
「さすがに世界ランキング四位の腕前だな。因みに俺は二位だがな」
ドイツ機の操縦士からちゃちゃが入る。その動きを追っていると流石に隙がない、見事な操縦である。人が気づいてこうすればいいんじゃないかと思われる事は、すべてやり尽くしている感じだ。
ドイツのキザ野郎が日本機の横へ滑ってきゅっと停止し、ミラに聞く。
「ミラ、世界ランキング一位の人間は誰なんだい」
「それは俺も興味深いな」
ミラが答える。
「ご免なさい。それは個人情報保護法に抵触して言えないの」
翔馬は世界ランキングを見てみる。p.pとしか書かれていない。
「赤ちゃんだったりしてな。遊ぶ時間は無限にある」
「そりゃいいや、ワッハハハ」
翔馬のジョークがドイツ野郎にも受けたようだ。
レーダーを見ると敵の大編隊がやってきている。本格的な戦闘に突入しそうだ。まずはアメリカ機が向かえ打つ。正面突破である。先頭からやってきている敵機を次々に破壊して編隊から離れる。敵の機関銃はかなり当たっているはずなのに装甲を100%信頼している様子である。大胆な奴だ。
翔馬も編隊の下に潜り込み、敵機をロックオンしてレーザー砲を放つ。上に抜けると一機だけ追いかけてくる敵機がいる。翔馬は大きくとんぼ返りし、逆にその機の後ろに着く。機体の操作性がもろに出る技である。冷静に撃墜する。
「その調子よ、翔馬くん!」
ミラの励ましがインカムから聞こえてくる。
もう十機ほど落としておきたい。レーダーに敵機が固まっている所がある。応援に行くとフランス機が敵に囲まれている。大まかな照準を合わせロックオンすると、一機づつ叩いていく。細かい作業である。
「サンキュー日本機!」
フランス機はあまり当てにならないようだ。
イギリス機が、敵機を追っている。こちらもかなりの訓練を積んでいるらしく、余裕で編隊を殲滅していく。
向こうは70機ほどがやられている。こちらは五機全てがかすり傷一つついていない。戦力の差は明らかだ。カーバインという最新技術のおかげで、これほどの差がつくのだ。
「二時間づつの休憩を順次取っていこう」
アメリカ機の操縦士がリーダーシップを発揮して、まずはドイツ機が休憩に入る。ドイツの船に近づくと、右舷前方に飲み込まれるように入っていく。
他の機体は先程の大編隊の残りを追いかけ回している。翔馬も後に続く。いきなり敵機と遭遇したので目一杯旋回しながらロックオンしてショットする。ジェット部分に当たったとみて、花火のように爆発する。
まだまだ戦いは続く。今度は編隊の形を変えて、蛇の様に鎖形になってやってくる。今度は翔馬が高度を落として先頭から十機、キレイに星屑にしていく。
我々の乗り込んでいる「船」に、直に攻撃を仕掛けてくる奴が出てきた。イギリス船だ。四機が一斉にスクランブルをかける。遠くから見れば大きな豚にコバエがたかっている様に見える。まずは一匹一番近くの奴を叩く。二機、三機と落としていくと、残りの奴らは急旋回し、α星へと戻っていく。編隊を組まないとどう動いていいのか分からない様子だ。もはや敵ですらない。しかしあくまでも追いかけて撃墜していく。
これでエヴァリースの戦闘機は出尽くしたのではないか。そう思える程に暗闇がしんとなる。
「これで全滅…か?」
イギリス機が呟く。
「エヴァリースのは…だけどな。まあ、二、三十機残っているとしても軽い軽い。敵じゃないね」
翔馬が余裕のコメントである。
もうすぐ二時間が経つ。尿が大量にたまっている。
「次の休憩は俺にくれないかな?下の方が限界に近い」
アメリカ機に尋ねてみる。
「まあ、あの交渉の結果、俺達の立ち位置がどこにあるのか教えてくれたしな。自機を小便まみれにしたくなかろうよ。他のパイロットはどうだ?」
「意義なし」
「ラジャー」
「それでは二時間の休憩だ。行ってこい!」
アメリカ機の操縦士は兄貴分といった感じだ。それに続いて、イギリス機、ドイツ機、少し頼りないフランス機。自分のポジションはドイツ機とどっこいどっこいであろうか…そんな事を考えながら、日本の船に戻ってきた。
扉が開き、中へ進んで行く。一旦着地場所の上に正確に止まると、静かに着地する。地面が回転し、また発進の体制に戻る。
翔馬の方は大変だ。いまにもこぼれそうだ。このエリアにトイレはあるのか聞くと簡素な奴が一つ有ると言う。早速案内してもらうと、翔馬は用を足す。恐ろしい程の量が出る。なるほど、あるミッションをやる前に、トイレには欠かさず行っておくべきなのだ。
このような訓練は積んでいなかったので、危うく漏らすところであった。頭の片隅に入れておく。
仕度部屋でつなぎの宇宙服を脱ぎ、自分の服を着る。キッズルームはまだ満杯の人が居て、そこから特大のモニターを見ている。なんと、そこから戦いの様子が、丸見えかつ、インカムでの通信も丸聞こえなのだ。カメラの方は現在アメリカ機の上いっぱいに取り付けられた景色を移している。
アメリカ機が動き出す。後三機もそれに続く。実況放送が入る。
「どうやらエヴァリースはもう終わって他の国のパイロットが、やってきている様ですね」
「ラスロかチュンコワ辺りが臭いんですが、どうでしょうか」
「あー、アメリカ機は今度は編隊の上に出ました!この機もなかなかのくせ者ですねー。」
「そうで……ね…」
御丁寧に実況放送まてやっている。
翔馬は今はどうでもいい。とにかく一寝入りしたかった。寝床について達彦の部屋をノックする。時計を見るともう30分も経っている。
「30分後きっかりに俺を起こしてくれ」
「オーケー。頑張って!」
目を閉じると一気に眠りの世界に突入する。
30分後、達彦のノックで目が覚めた。だいぶスッキリしている。翔馬はお互いを励まし合う。
「あの実況放送さあ。チャンネル9でやってるよ。僕も面白いから今聞いてるところだよ。しばらく勉強はお預けだね。みんな今何が起こっているのか、知りたいんだよやっぱり。ちなみにアナウンサーは誰だか知らないけれど、解説は本物の航空国防軍出身の人みたいだね。どこから現れたのかは知らないけど」
多分大村の部下の内の二人だ。ずうたいがデカイだけじゃない。意外に芸達者なものだ。
人ごみをかき分け、駐機場へと急ぐ。出入口に艦長が待っていて、翔馬に生体認証を勧める。
登録は直ぐに終わった。これで艦長抜きに往き来が出来る。
ここで艦長から指導が入る。
「さっきはとんでもない程の量の小便が出ただろう。乗り込む前に先ずは大、小便を済ませておくことだ」
艦長の言うとおりにトイレに行くと、また結構な量が出る。
「次にこれだ。大人用のオムツ。これ一着で二回分の尿を吸いとってくれる。冗談で言っているんじゃないぞ。極めて大事な事だ」
極めて大事な事だということは先ほど嫌というほど思い知った。惨めな気もするが、オムツを履いて対処するしかない。
宇宙服に着替えてF-70に乗り込む。
「翔馬くん、ちょうどいい頃合いね。今無線で測るに、出発して九時の方向が揉み合っているみたいだわ。それじゃ、頑張ってね」
このやりとりも全部中継されているのか…翔馬は少しだけげんなりする。しかし、自分の一挙一動がみんなの期待を背負っていると思うと、知らず知らずに背筋が伸びる。それをバネに戦うしかない。
ドアを閉めてスイッチを押す。機体が宙に舞う。
「ここで日本機の復活だー!また大量の敵機を撃墜してくれるのかー?」
どこから情報を手に入れてくるのかは知らないが、やけに詳しい。
「ここでカメラはアメリカ機から日本機に切り替わります」
多分てっぺんに、カメラがついているのであろう。モニターの画面が日本機に変わる。
いつものように宇宙へ飛び出す。
九時の方向…真左を指すようだ。このように軍事オタクでも何でもない翔馬がここでこうして戦闘機に乗っているのは何の因果なのだろう。翔馬はしばし「ボーっ」として「はっ!」と気付く。そこへ敵機襲来だ。
「カカカン!」
機関銃でかなう相手ではないことはもう、証明出来たのではないのか。くどくど機関銃で狙ってくるが、こちらのレーザー砲であっという間に火の手が上がる。
翔馬は九時の方向へ機体を向け、思い切りスピードを上げる。
「おー。ここで日本機がようやく目が覚めたか、攻防戦の中に入り、流れる様に攻め始めた!」
六機編隊の時には斜め滑り攻めを、追尾されたらとんぼ返りして、敵の後ろに付いてロックオンしてショットする。
「でた!天下の斜め滑り攻めだー!」
アナウンサーが絶叫する。
イギリス機と敵機の取り合いになった。「斜め滑り」は技と名のつく最初のテクニックだ。しかし、誰でも出来て確実性も高いのでポイントもそんなに高くない。しかし翔馬は今やポイントの為に戦っているのではない。大袈裟に言えば家族を、国家を、そして人類という種族を守るために戦っているのだ。ポイントが低くても、やり易い技で徹底的に攻めていく。
今度は正面突破だ。もう装甲についての一抹の不安は無くなった。本当にダイアモンドの三倍の強度を誇るらしい。防御は追尾される時だけにして、あとはアメリカ機のように大胆な攻撃を仕掛けて行こうと思う。
イギリス機のパイロットが聞いてくる。
「日本機よ。軍人でもないのにどうして戦っているんだ?」
「なぜなんだろうな。俺はあと二人面倒見なければいけない家族がある。その程度の動機だよ。だがどんなものよりも、強いものだ」「俺も同じだよ。お互いにやり遂げよう」
二人とも気を引き締める。翔馬は右後方に転回し敵機の群れを追い回す。後ろから追尾する奴が現れた。一気に上昇し、ターンして手間取っている敵機を撃ち落とす。
最後の敵と向き合ったがドイツ機が割って入る。ここは譲ってやる。
またしん…とした静寂が襲ってきた。恐らくラスロと思われる敵機の集団とはこれでおさらばだ。
「これでラスロと思われる敵の軍団も恐れをなして逃げだしたかー」
やはり、自分やその仲間が褒め称えられるのは嬉しいことだ。日本船で固唾を飲んで見守っている人達を安心させたいと心から思う。
(雪菜さん、今頃キッズルームの大画面に釘付けなんだろうな)
さっきは会わなかった雪菜の事を思う。恋しい気持ちがする。それによって心が奮い立つ。愛する人が居るだけで、心はこんなにも強くなる。そして勇気が湧いてくる。
全てが終わったら、結婚を申しこんでみようと思う。きっと驚くだろうが、もう自分の心は隠せない。大袈裟に言えば今自分は人生を賭けた勝負をしているのだ。
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