決裂
「まずは惑星αと通信してみましょう」
捕らわれているクルーの縛をとき、見守っていると、惑星αの上を飛びかっている無数の電波を、白いコンピューターに無作為にインプットしていく。かなりの熱を発しているのはそれだけの情報処理をしている証だ。やがて白いコンピューター、言語編集機が十分な言語サンプルを 編集し直し、今度は言語翻訳機になる。これで高校生程度の翻訳が出来るようになった。
「我々は宇宙人だ。命が欲しければ、この国の大統領を電話に出せ。さもなくば貴国の軍事拠点を破壊していく」
大村が抑揚のない声で言う。返答に長い時間が掛かっている。しばらくしてようやくかん高い声で大統領と見なされる原住民が答える。
「そちらの船は何隻なんだ。なに!たったの五隻か、舐められたものだ。各国の軍隊がひとつになれば、迎撃して宇宙のカスに出来るぞ」
話している言葉とは裏腹に声が震えている。
各国の船は残りの重力子を使い、主だった都市の上に突如として現れた。原住民はその巨体に圧倒されて言葉を失っている。それから蜂の巣をつついたような騒ぎになった。腰を抜かす者、突然走り出す者。テレビのカメラも各局出て来て生放送にきりかわる。
「UFOってもっと、小さな物じゃあない?それがこんな巨体って信じられる?」
船を仰ぎ見てこの国の女子生徒が不安げに呟き、写メを取る。
「それでそちらの用件は」
原住民の大統領は不安げに大村に尋ねる。
「まずは我々の拠点を与えて貰いたい。この船五隻分のだ。それから食料だ。一年間の取れ高の三割を要求する。勿論野菜と肉もだ。あるのなら酒も三割、その他洗剤など細々したものも三割だ。それでこちらも不足なく、暮らしていける。征服されるよりよほどいいだろう。返事は今日いっぱい待ってやる」
早速国際評議会が開かれた。まずは実質的に世界をリードしている、エヴァリースの評議員が議長席に着く。次いでラスロ、チュンコワ、エンクレット、ファルローザの順に席につき、その他の国々は空いた席に座っていく。この評議会は地球側にも映像とともに送られてくる。α星側の正統性を主張したいがためであろう。カメラが五大国の評議員を撮す度に画面下に国名が挿入される徹底ぶりだ。人のようでもあるが、やはりカラスが進化したというイメージの方が強い。
エヴァリースの評議員が口を開く。
「さて今回のUFO騒動ですが…」
一言言っては水を飲む。この議長があせっているときの癖だ。
「これまでUFOとはただこちらを観察し、何も手を出さない、そんなイメージがありました。しかし今回は本物のインベーダーです。我々は様々な意見を集約し、経済的、領土的、そして人的被害を最小限に食い止めなければなりません」
また水を口にした。
ラスロの評議員が手を上げた。
「どのような手を使ってくるのかは分かりませんが、この宇宙人らはかなり危険だと思われます。ここは彼らの意見を尊重して、速やかに居住地をあたえ、作物の収量の三割をきちんと差し出すのが、最善の策と思われますが、いかが?」
「ラスロの評議員らしくもない。」
チュンコワの評議員が手を上げた。
「我が国は全く新しい策を提案したい。それはわが人民を、一隻に一万人乗り込ませ、惑星ツイン(惑星β)を作物が作れるように開拓してやるのです。奴らは作物を作るのを嫌がっているのではなく、まず開拓する術が無いのではないでしょうか。一隻に一万、五隻に五万、これだけの働き手を与えれば、向こうも積極的に働き出すのでは。要は人海戦術でございます」
「ほう。それは妙手」
エンクレットの評議員が賛同する。
「戦うしか道はないのでは」
ファルローザの評議員が口を挟む。
「もし、その人海戦術とやらが成功してもまた次、また次と、毎年人員を送りこまなくなるやもしれません」
「こちらの働き手は余っておりますが」
チュンコワの評議員が太鼓判を押す。
「そういう問題ではなく、いったん甘い顔をすると、後は要求がエスカレートするばかりだと申し上げたいのです」
ラスロの評議員が口を開く。
「確かにそうかもしれません。しかし相手は我々の文明のはるか先をいく種族です。どんな攻撃を仕掛けて来るかも分かってはいませんし、正体も掴めてはおりません。やはり相手の要求通りにするのが最善の策かと」
ファルローザの評議員がまとめにはいる。
「ではこうするのはどうでしょう。まずはチュンコワの意見を出してみて、それでもだめなら宣戦布告し、戦うのです。我々は優れた民族です。敵に弱々しい所を見せて、それで誇りが保てますか。これだけの文明を築きあげた矜持はどこに行ったのですか。この評議会で相手の要求に屈服しても、我がファルローザは単体でも戦います。我が空軍は世界一だという自負があります。誇りを捨てることは出来ません!」
五大国以外の評議員も、恭順だ。いや戦うべきだと騒ぎ始める。
「静粛に!」
エヴァリースの評議員が雑音をたしなめる。
「意見は出尽くしたかと思われます。まず全面的に恭順する案、逆に全面戦争を仕掛ける案、そしてチュンコワの惑星ツインを開拓してあげる案の三つです」
評議員が水を飲み干す。
「それでは決を取りたいと思います。恭順する案の人」
テーブルにはボタンがついていて、各国評議員が一ポイント、五大国が十ポイント持っている。結果は恭順が二十ポイントで話しにならない。
「宣戦布告の人」
三十六ポイントである。
「開拓してあげるの人」
五十二ポイントで、この案に決まった。
「それでは早速この案を向こう側に示しましょう」
こちらには、すでに全てのやりとりが入っている。
「先ほど話していたのはどなたでしょうか」「私の事ですかな。大村教皇と申します」
「それでは大村教皇様、我々の決を申し上げます。恭順でもなく戦うでもなく第三の道を選びました。我々の五万人が双子星の惑星ツインに行ってそちら様の田畑を開拓してさしあげるというものです。それならば開拓の手間がなくなり、さらにお望みならば農業指導もしてあげられます。それに…」
「待ったー!」
それまで一連のやり取りを聞いていたアメリカ船の艦長らが、会談に横やりを入れてくる。
「日本人は甘い!この星をまるごと征服すれば済む事ではないか!」
「そうだ。それが飛び出す時の暗黙の了解だったはずだ」
フランス船の艦長も同調する。
大村は頭をかく。
「あーそのようないきさつがあったのですか。知りませんでした。これは会談を今一度見直す必要がおありのようですな」
アメリカ船の艦長がどなる。
「もういい。日本には会談を任せてはおけない。あやうく向こう側に丸め込んでしまわれるところだったではないか!」
大村が聞く。
「征服とはどのようなモノでしょう」
アメリカ船の艦長が答える。
「まずは戦闘機で市街地の目立った場所をレーザー砲で叩く。そこからは向こうも同じように戦闘機を出してくるだろうから、軍人が出動する場合もあるだろうし、日本の様に憲法が邪魔をして、民間に委託しパイロットを探しだすケースもあるかもしれない。とにかく機体の性能が圧倒的に強いので軍人だろうと民間人だろうと。大差はないはずだ。やがて向こうの戦闘機が尽きてくる。そこで第二回目の会談に入る。今度はこちらに圧倒的に有利な憲法を書かせる。『戦争の放棄』だ。それに武器を携帯するだけで法律違反にする。つまりはこちらに牙を向けてくるのを防ぐわけだ。徹底的にな」
日本船の艦長が腕を組み、厳しい顔でアメリカ船の艦長に別チャンネルで噛みつく。
「何も征服しなくてもいいんじゃないでしょうか。よもや相手が刃向かって来たときだけ軍事力を行使するだけでもいいと思いますがね」
「この星に、」
イギリスの艦長だ。日本船の艦長が固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「仮にですぞ、仮にもしかしたら核兵器が隠されていた場合」
核兵器という言葉を聞いて、誰もが息を飲み込む。イギリスの艦長は続ける。
「核兵器がこの船を直撃した場合、さほど装甲には問題ないかと思われますが、二億度を越える熱線と放射能にはさすがに耐えられないと思います。だから敵の戦闘能力を奪い尽くしておくのです。カーバインは装甲が固いというだけで放射能はすかすかに通してしまいますからね。だから向こうの武装解除が必要なのです」
イギリスの艦長が割って入り、エヴァリースの大統領に質問をする。
「今すぐに武装解除に応じられますか。でないと、本当に戦争になってしまいますぞ」
「この国には十分な軍事力がある。手痛い目に合うのはお前達だ。こちらには十艘もの空母がある。戦闘機の数ではこちらの方が圧倒的に有利だろう」
十艘もの空母…この前時代的なしろものを誇っている時点で終わっている。空母とは戦闘機の発射台だ。今の戦闘機に発射台は必要ない。機体がふわりと浮き上がり発進するからだ。翔馬もこれでは征服されても仕方がないかと思い直している。
「結局日本はどうするんですか!わが道を行くで単独、β星に開拓の道を選ぶ事も出来ると思うんですが」
翔馬が叫ぶ。
「残念だが翔馬くん。それは出来ない決まりなんだ。単独行動を許してしまうと皆の統率がはかれない。五カ国つねに同じ行動を取るとの暗黙の了解があるのだ。」
「だからいったんその了解事項を止めてみるのです。一隻に一万人ですか、寝る所はなくても空間変位であっという間でしょうですから、彼らの働きに賭けてみるのです」
「よしんばその結果がよかったとしても翔馬くん。時間がかかりすぎる。他の四隻らは、
現状維持。日本だけはβ星で成功してもそれはそれで問題がでてくる。言いづらいのだがα星を征服するのはもう決まっていた事なのだよ。一国が勝手にスタンドプレーをやると、お互い助け合うとの念書も反故になりかねない、非常に難しい立場に立つことになる。β星の開拓の手伝いをしてもらうのが一番いい案でも他の船が反対をしている限り、日本船だけでは動けないんだ。どうか分かってくれ」
翔馬はもう自分の意見は通らないと判断した。あらゆる人々があらゆる意見を持ち出して結果はこれである。しかし、β星を開拓する選択肢がなくなってほっとしている自分がいるのも事実である。自分一人ではなく雪菜と、達彦の分を栽培し、実らせなければならない大仕事が待っているからだ。農業経験もない自分がそんな事が出来るだろうかと自問しても、はっきり言って自信がない。いや、翔馬だけではない。大村に賛同している多くの人々が同じ思いをしているに違いない。農業で一家を養っていく事に自信がないのだ。
空は曇り、雨が降ってくる気配がする。すると、エヴァリースの大統領官邸の上にアメリカ船が突如あらわれ、船の下側に取り付けた特大のレーザー砲の出口をゆっくり開けると真下にある官邸を目掛け、緑色のエネルギー砲を一気に照射する!
ズドーン!!!
大統領官邸は見るも無残に砕け散った!テレビを見ていた人々はパニックに陥り、その後の経緯に釘付けとなった。
一体何人の人が死んだのだろうか。アメリカ船の強引過ぎるやり方に怒りの矛先を誰に向けていいのか分からない。翔馬は安定剤を一つ口にする。
「くそー!!」
大村の部下に殴りかかる。ついに病気が出てしまった。しかし相手は三人の元国防軍兵士である。軽くいなされて取り押さえられる。
「これで戦争は確実なものとなった」
大村が言う。
「あんたは耐えられるのか」
翔馬が問いかける。
「こっちは何も悪い事はしていないのに突然宇宙からUFOがやってきて征服するだの言いだして、皆パニックになって自分の命すら危うくなって…俺は耐えきれねぇ。そんな不条理な事はよう」
大村がアイコンタクトで部下に翔馬を放つ様に命じる。
「あなたは少し後ろ向きなところがありますね。もっと前を向いてご覧なさい。戦争にはなるでしょうが恐らく限定的なものになるでしょう。向こうの大統領官邸の空爆は想定外でしたが、死んでいくのは戦闘機のパイロット達でしょう。国家や家族を守るために死を決意している者達です。そのために死ぬのなら本懐ではないでしょうか。こういう結論が出されたのなら素直に大いなる光の導きに身を委ねるべきです。もうすぐ戦争が始まります。あなたはあなたの成すべきことをするだけです」
翔馬は涙を拭った。その時である。大村の部下の一人が子供を連れてきた。野田秀俊くんではないか!
「教皇、例の子供を連れてきました。こんな小さな子に、日本国の命運をまかせられますかね…」
「あー、お兄ちゃん!」
秀俊は屈託のない笑顔で翔馬の元へ走ってくる。翔馬は秀俊を抱きかかえ大村へ詰め寄る。
「まさか本気でこの子を戦場にぶちこむつもりじゃないだろうな」
「仕方がない。この子がフライトシミュレーションでダントツの一位だったからだ。これも大いなる光の導きである」
「何が大いなる光だ。こんな子供にミッションの意味も過酷さも分かるわけないじゃないか。どうしてもやらなければならないのなら俺がやる。こう見えて世界ランキング4位の腕前だ。こんな汚れ仕事を子供にやらせてたまるか!」
大村達はファイルを調べている。確かに世界ランキング4位に泊翔馬の名前があった。
艦長が案内役を勝手でる。
「あのエリアには別の生体認証が必要だからな」
翔馬を筆頭に艦長と秀俊が後をついて行くのであった。
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