大村の演説

 朝も早くからホエナルファンタジーをやっている。翔馬はシーフなので相手の装備を盗んでばかりである。時折いい獲物を取れた時には仲間にくばる。あまり面白い役ではないが、仕方がない。今作のホエナルファンタジーでは、装備を売っている店がないのである。


「翔馬くん、私にもいい装備ちょうだい」

 雪菜がねだってくる。しかし白魔導師の装備はたまにしか取れない。他のジョブの装備を取るので精一杯なのだ。


 ゲームの時間が終わった。雪菜と達彦を連れて朝飯を食べに食堂へ向かう。最近少し太り気味なのでおでんだけを食べる。何時もの日常がやってきた。



 怪しい四人組が、運転室に近づいていく。生体認証を突破し、運転室に雪崩れ込むと、レーザーガンと機関銃を構える。

「なんだお前達は!」

 艦長の叫びにも少しも動じない。どうやら元国防軍の兵士のようだ。建築現場に忍び込み生体認証を登録したらしい。三人が銃を構えジリジリとした時間が過ぎていく。

「教皇様、どうぞ」


 三人を率いていると見られる男がニヤリと笑い艦内放送のスイッチをオンにする。



「これより特別放送を始めます」


 翔馬達のいる食堂にも響きわたる。聞き覚えのある声だ。大村龍造ではないか!


「さて、今日の朝も爽やかにお目覚めでしょうか。今日は朝の十時から五回目の空間変位が行われます。移住する星にそこまで近づくと、電波で交信が出来るようになります。そこで皆さんに一つご提案があります。私達が目指している惑星βは知的生物もいなく、一見開拓するのに適した星に思われます。しかしこの船に搭乗している方々は、農業の経験がおありでしょうか?この船に乗せてある農機具も、僅か数十台しかございません。一年二年ここの食料で食いつないでも小麦畑が全世帯に行き渡るのは少なくとも十年はかかるでしょう。開拓する畑の面積を巡って衝突が起きるのも、目にみえております。さらにどんな獰猛な野生動物や病原菌が潜んでいるか、想像もつきません。惑星βで苦労して、よもや全滅してしまうかもしれません」

 大村は喉を潤すためにミネラルウォーターを口にする。


 がやがやしていた食堂もしーんと静まり、大村の次の言葉を待っている。


「ところで、この惑星βには双子星の惑星αが存在しているのをご存じでしょうか。この惑星は大気が、窒素80%酸素20%と、地球とほぼ同じ割合をなしており、四季があり、気候も穏やかで実に快適に住む事ができると思われます。しかし、この開拓船のたどり着く先は著しく過酷な惑星βなのです。なぜか。それは惑星αには知的生物が存在しているからなのです。その数およそ二千万人。顔にはくちばしが生えており、背中から腕にかけて羽が生えており、恐らくは地球でいう『カラス』のような生物が知的生物に進化したものではないかと思われます。そこで提案があります。この生物と対話をし、願わくば事を荒立てずに、こちらが三、向こうが七の割合で年貢を納めてもらうのです。それならばご高齢の方でも安心して暮らせますし、なにより子供達のため、子供の将来の為に安定した財源があれば、質の高い教育を受けさせる事ができます。その惑星αの住民にとってもこちらの高い科学技術を供与することでよりよい関係を築けていける事でしょう」


 艦内がざわざわしてきた。本当にそんなことを向こうが受け入れてくれるのだろうか。疑う者、喜こんでいる者、あきれている者…さまざまな反応を人々が見せる。大村が続ける。


「どんなに話し合いを続けても、交渉決裂になった場合、最後の切り札が残っています。それは右舷前方の格納庫に眠っている一機の戦闘機です。F-70と名付けられたその戦闘機は機関銃程度では傷ひとつつけることが出来ません。ミサイルが当たっても大丈夫です。それはカーバインという特殊な炭素素材を機体にまとっているためで、この船全体をも覆っています。まさに夢の装甲なのです。向こうの現在の文明の進み具合は21世紀初等の人類ほどでしょうか。核兵器の技術は持ってはいませんが、文明に相応な軍事力は保持していると考えられます。21世紀の軍事力にこの船が屈することは万が一にもありません。どうか皆さんご安心下さい」


「F-70だって!?」


 翔馬は飛び上がった。フライトシミュレーションをやっていた時の愛機ではないか!これで気になっていた右舷前方の空間の謎はとけた。F-70は実在するのだ!


「それでは皆さん我々の考えにご賛同下さる方はキッズルームに集まってきて下さい」


 演説は終わった。人々は三々五々キッズルームに集まってきた。その数は何百人から何千人にも膨れ上がってきた。キッズルームが満杯になると後ろの公園にまで人々が群がる。



 モニターでその様子を大村がにやにやしながら見ている。思惑どうりにいったらしい。艦長もその様を眺めている。明らかに多数決では人々は大村の演説に賛成の様子である。


 翔馬は全く別の事を考えていた。この半年近くに及ぶフライトシミュレーションのゲームは、戦闘訓練だったのだ。そうなると秀俊が危ない。なにも危害をくわえられていなければいいのだが…


 秀俊の寝床に向かう。扉をノックするとすっと上に開いた。新しいゲームをやっているらしい。ひとまずホッとする。


「あ、お兄ちゃん」

 すっとんきょうな顔で翔馬を見ている。

「秀俊くん、これからあやしいおじさん達が来るかもしれない。その時には、下手な抵抗をせずに素直に言うことを聞いているんだぞ。お兄ちゃんが必ず助けだしてやるからな」

「うん。分かった。約束だよ」

「ああ、約束だ」

 秀俊の肩をポンポンとたたくと、寝床を後にした。


 キッズルームの様子を見に行った。人で溢れかえっているではないか。皆正直なものだ。自ら農作業などしたくはないのだ。


 艦長が運転室から出て来た。ざわざわしていた民衆が少しずつおとなしくなっていく。


「大多数の人達が演説の案に賛成のようです。皆さん本当にそれでいいのですか」

 艦長が叫ぶ。


「誰も苦労なんかしたくないんだよ。カラスかなんだかしらないが、プランテーション方式でやらせりゃいい」


 プランテーション方式とは大規模工場生産の方式を取り入れ、広大な農地に大量の資本を投入し、単一作物を大量に栽培する大規模農園のことをさす。


 先住民などの安価な労働力を使う場合が多いが、人道上の問題もあり、先住民の反乱などがたびたびあるのだ。


「いや、やっぱり年貢方式でいくほうがいいだろう」

「プランテーションだ!」

「年貢だ!」


 皆すでに話し合いを持つかどうかを飛び越えて、いかにして原住民から作物をむしりとるかの議論をしている。


「静粛に!」

 インカムをつけた大村が、真っ白な神父の服を着て現れた。インカムは艦長室のゲームをオンにしてもう一つのインカムを同調させ、運転室のマイクにガムテープかなにかで固定させているらしい。


「みなさん。この旅もはや半年。永かったものでさぞお疲れの事でしょう。時にはこの舟に乗らなければよかったと思い、時には乗っておいて良かったと安堵し、最後の最後でこのような二択にせまられる。こんな不条理な事があるでしょうか。しかし、我々は選択しなければなりませんでした。宇宙の、少なくともこの銀河系の中でも最もすぐれた種族として生き残らなければならなかったからです。今やあの懐かしい故郷は戦禍にまみれて地獄と化している事でしょう。もう一度言います。我々は選ばれた種族です。生きねばならない意味があるのです。我々は常に大いなる光に包まれているのですから。合掌」


 キリスト教ともとれるし、仏教ともとれる良いとこ取りの宗教である。皆がつられて手を合わせる。


 翔馬は食堂に行ってみる。雪菜が興奮した目でこちらをみる。

「私達は選ばれた種族ですって!」

 大村の説法にまんまとやられている。

 達彦は飯も終え、帰った様子である。説法など無駄な時間に身を捧げたくないのだ。現実主義者である。


 達彦の部屋をノックする。すっと扉が開く。

「さっきの説法聞いたかい」

「聞くに値しないもので、雪菜さんを放り出して先に帰ってました」

 達彦が事も無げに言う。

「結局、僕たちは侵略者インベーダーになるって訳ですよね。ほんの前まで猿だった人間がですよ。人類全体がトラウマに成ってしまいますよ」


 達彦らしい冷ややかな意見である。雪菜とはえらい違いだ。

「しかしすでに皆の総意はこの星を侵略することで固まりつつあるぞ」

「そのようですね。よほど慎重にやらなければこちらがやられてしまいますよ」


 朝の十時がやってきた。空間変位の時間が近づいてきた。

「達彦くん。展望台に行かないかい。双子星ってどんな物かを見てみたいんだ」


 達彦も興味が有るようで寝床から出て来た。

 大きな廊下をビーグルで一気に上がると、展望台に着く。


 十時になった。何時ものように美しい銀河が見える。その景色が全くきえて、五回目の空間変位がおきる。


 二つの惑星がいきなりあらわれた。遠近法のマジックなのか、ふたつの星は、なにからなにまで、すべて同じに見える。


 二つとも青く輝く綺麗な星だ。どちらがα星かβ星か区別がつかない。海の面積も同じ位に見える。このどちらかと一戦まみえるわけだ。翔馬は気が重くなる。


「達彦くんならα星と戦うか、β星で一から開拓していくかどちらを選ぶ?」

「僕ならβ星でしょうね。我々人類が全滅することはないと思いますよ。昔屯田兵が苦労の末に北海道を開拓した歴史があるじゃないですか。あの頃は農機具もなにもなしに素手で開拓していったわけですよね。それにくらべたら機械委せにできる今の方が数倍楽ですからね。軽いもんですよ」


 なるほどと翔馬は思った。この天才少年は全てがお見透しのようだ。


 翔馬は自分の部屋に戻ると、インカムを装着し、一番上のゲームからチャンネルを合わせて、向こうのマイクに同調し始める。最後のゲームでやっと艦内放送と繋がった。


「意義あり!」

 翔馬の声が艦内に響きわたる。人々がガヤガヤし始める。

「我々日本人にはかつて屯田兵がほぼ素手で北海道を開拓していった歴史があります。おそらく今頃はアメリカ船を始めとする各母船で多数決が行われているものと思われます。そこで 日本人がイニシアティブを取り、率先して惑星βを開拓していくのです。日本人が成功した姿を見せると各国もそれに続くと思われます。無駄な争いを避けて自らの道を切り開いてこそ、日本人が高貴な民族である事を世界に示す、唯一の道ではないでしょうか」


 今度は翔馬の意見に賛同した者がキッズルームから去り始める。しかし僅かな人々であった。大多数はやはり、α星を脅し、その食料を奪う事に賛成のようだ。


 病気で動けない者、小さな子供達を除いた約七千人が大村に賛同する結果になってしまった。翔馬の正論はほとんどの人達に通じなかった。


「これで決まりですね」

 大村が艦長に言うと、艦長は仕方がないという顔をして運転室に戻って行く。

「大いなる光の導きのあらんことを」

 大村はいっそう大きく手を振り、合掌する。そして艦長に遅れて運転室に向かう。


 翔馬は食堂に雪菜を迎えにいく。運転室に入るのは雪菜の生体認証がいるのだ。しかし食堂にはいない。大村の意見に賛同するためにキッズルームに向かったようだ。人混みをかき分け探していると、雪菜を見つけた!


「ちょっと来てくれ!」

 翔馬は雪菜の手を取り、強引に引いて行く。「どうしたの?」

 翔馬と一緒に走りながら雪菜が尋ねる。

「君の生体認証が必要なんだ」

「運転室に用があるの。どんな?」


 雪菜の質問を曖昧にして運転室の生体認証を雪菜が突破する。雪菜は運転室に入らないように言い聞かせ引き戸が閉まる。艦長の他のクルー達はロープで手足をがんじがらめにされている。その周りには、大村の部下達が三人腕を組んでいる。三人とも身長が180cmを上回る屈強な奴らどもだ。


 大村と直接対決だ。


「泊翔馬というものです。多数決では圧倒的に負けてしまいましたが、正義はこちらにあると思います。惑星βで真面目に開拓していけば、十年とはいわず、五年ほどでめどが立つのではないかと思います。これから惑星αと交渉するにしても、どうか、軍事力には訴えないように心からお願い致します」


「君のその声…聞いた事があるな。泊くんと言ったね。あれから志保ちゃんは大変だったんだぞ。三日間も寝込んでそうとうまいってた様子だったよ」

「その話はもういいでしょう。今話す議題ではありません。軍事力に頼らない方法をさぐってほしいと言っているんです」


 艦長も同調する。フランス船の不具合をみてもらった時にはお世話になったと言う。

「泊くんと同意見だ。宇宙の果てからやってきて収穫の三割も差し出せとは虫のいい話じゃないか。交渉は決裂するに決まっている」


「交渉しなければ分からないじゃないですか。情報によると惑星αには統治機構がない様子です。かつて江戸時代では、4対6が当たり前だったと聞いております。それに比べれば僅かなものではないですか」

「そういう問題ではないでしょう。食料を脅してかすめとるということが倫理に反していると言っているんです!」

 翔馬が叫ぶ。


 話は噛み合わないままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る