フライトシミュレーション

 あれから一月、フライトシミュレーションは佳境を迎えていた。狙いは悪の帝国が侵略した国々に建造した軍事施設である。最近は北の国を空爆するだけの簡単なミッションになっているが、時折敵機の横やりが入る。翔馬は素早く旋回し、敵機を闇に叩き落とす。そしてまたミラの言う通りに空爆は続く。


「ほら、ぼーっとしてないで、敵機が大編隊を組んで来るわよ」


 ミラの一声にハッとする。敵機がミサイルを打って来るのを横回転させてかわし、迎え撃つ。上から下へ、右から左へと、縦横無尽に飛び回る。その度に敵機は墜落していく。

「命がほしけりゃ、俺に近寄らねぇことだ」

 いつか見た映画のセリフを口にする。


 三十機ほどの敵機を撃墜したであろうか、あとは大型の、翼のあちこちから機関銃を撃ってくる奴と初対面だ。


 いつものように横滑りしながら敵機の真横に出ようとすると、「カンカンカン」と銃弾が何発か当たった音がする。しかし、前面では全くといっていいほど損傷はない。翔馬の機体は特殊な素材「カーバイン」が用いられており、古い鉄性の弾丸など傷ひとつつけることはできないのだ。カーバインとは炭素原子を鎖状に繋いだもので、その強度はダイヤモンドの三倍にも達するという。唯一の弱点はエンジンの噴気口である。真後ろだけは気をつけてなければならない。


 すれ違い、敵機の後ろにつける。レーザー砲を放つとあっけなく墜落していった。


「敵の基地、のこり五分の一よ。頑張って」


 後五分の一と見るか、もう五分の一とみるか朝七時が迫っている。セーブし、チャンネルをホエナルファンタジーに変える。


 みゆきによれば一月前、志保が止めると言い出したという。見たところ相当まいってたようで、三日間は外に出なかったらしい。それはそうであろう。思い人に自分がやっている事をバッサリ否定されたのだから。もう翔馬となんか口も聞きたくないに違いない。みゆきがなにがあったのか聞いても暗い顔をして何も言わないそうだ。志保には申し訳なく思う。


 問題は後釜である。黒魔導師は重要なポジションだ。雪菜は白魔導師として待機している。みんなの話し合いの結果、AIを投入するという事で一致した。


 この魔導師が全くのまぬけなのである。とりあえず「ファイア」を打っておけばいいのに、敵の様子を観察したり、「コールド」を打つ場面で「ファイア」を放ち敵のHPを逆に上げたり。やりたい放題なのである。それで皆のレベルがなかなか上がらず一月経ってもまだ雪菜が参加出来ていない。小ボスと思える奴とは既に対面している。するとAIがこれまでの経験を全て編集して、少しずつ利口になっていくではないか!レベル上げもスムースに行きはじめた。


「ここからだ!しまっていくぞー!」

 しばらく歩いて小ボスを倒すと、やっと翔馬の出番が来た。何時もと違ってシーフの方が早い。小ボスに捕らえられていたのである。見た目は可愛い女の子、しかし泥棒癖がある設定だ。


 全員、世界の終わりを止めようと集まって来た若者である。やっと中盤にさしかかったころあいか、勇者と剣士に助けられながらとりあえず「盗む」コマンドを使えるようになるまでレベル上げをしてもらう。


 三十分ほどして、「盗む」と「逃げる」は使えるようになった。旅を進めると、手かざしをして怪我人を治している白魔導師にでくわした。雪菜である。雪菜が手かざしをしているのは皮肉なものだ。ここで動画に切り替わる。白魔導師は一番役にたたないジョブだ。しかし、全員で会議した結果やはりつれていくことになった、というくだりである。


 八時になった。ゲームはお開きになり、朝飯の時間だ。いつものように三人で出かける。その頃……



 怪しげな四人組が食料庫に降りて行く。出入口を閉めるとき、車ごと乗り込んできた乱暴な奴等だ。


 その車の貨物入れを開けるとレーザーガンと、機関銃が入っている。定期的に問題がないか調べているのだ。この旅もあと少しで終わる。その時にある行動に出る。四人は目を合わせてニヤリとする。



 翔馬はフライトシミュレーションの続きをやる。今日中に決着をつけたいのだ。後、このちいさな王国に建設されている敵の軍事基地の五分の一を抹殺すれば終わりだ。


 いつものように運転席に座っている。計器を確かめてエンジンをオンにする。滑走路など無く機体がふわりと浮き上がる。そして突然発進する。


 北の国の続きである。軍事施設を見つけ、空爆していく。

「後は海岸沿いに何ヵ所かあるわ。それを終えればすべてのミッションが終わる。頑張って!」

 ミラの応援が入る。翔馬は北の国の海岸沿いに自機を走らせた。敵の襲来だ。何時ものように横滑りさせながら、敵機を叩き落とす。


 先に進んだところに最後の基地があった。これを正確に空爆すると、大爆発を起こし、一際大きな「Mission Complete!」の文字が写し出される。


「よっしゃーーー!!!」


 この長いゲームはこれでついに終わりなのだ。


 ラストの動画が流れ、翔馬は感慨無量である。このゲームの作者陣に乾杯したいくらいだ。ようやく終わった余韻にひたっていると、総合スコアランキングが表示される。当たり前だがこのゲームをやっているのは翔馬だけではないのだ。


 それによると、テクニックS、スピードSS、判断力A、敵機殲滅数SS、応用力SSと、かなりのハイスコアである。総合評価はSSとなった。


 ランキングをみると、翔馬がぶっちぎりの一位である。やはり基礎訓練を入念にやった成果がでた。


 アメリカ船など、他の船のハイスコアとランキングも見られるようだ。他の船の一位のハイスコアも全員SSだった。翔馬は総合ランキングで三位だった。まあ、満足の行く結果ではある。


 初めてやったフライトシミュレーションだが、こんなに面白いとは思ってもみなかった。後はストーリーがもう少し充実していればとは思う。


 少し、体を動かしたくなった。公園に行き、ストレッチをしていると、グローブを二つ持っている男の子が近づいてきた。

「おじさん、今ひま?」

「二十代の人は『お兄ちゃん』と呼びなさい」

「じゃあ。お兄ちゃん、ひまー?」

 案外素直な子だ。としは十二、三歳だろうか。グローブを持っていることから目的はすくに分かる。

「ひまだよ」

「じゃあ、キャッチボールやらない?」

「いいよ。かなりハードにやってやるよ」

「じゃあ、よろしくお願いしまーす」


 グローブをはめ、ある程度距離を取り、キャッチボールが始まった。男の子はどんな玉でも確実にキャッチする。案外上手い。


「兄弟はいるの」

「三人です。上が僕、二つ下に妹が、三つ下に弟がいます。」


「キャー!」

 エリアファイブのどこからか、また奇声を発する女性がいる。あらためて、そういう人も乗っていることに気づかされる。


「僕、今日嫌な夢を見たんですよ。それは無数の烏がこの宇宙船を覆いつくしてギャーギャー泣いているんです。凄く恐ろしい夢で…なにか、予知夢のようなものじゃないかと思い、いろんな人に聞いてみたんですが、みんな考えすぎだよって、まともに聞いてくれないんです」

 翔馬は何度か聞き返した後、返事する。


「烏ねぇ…確かに何か不吉な予感はするな」

「そう思うでしょう。予知夢じゃあないかな」

 翔馬は玉を返しながら言う。

「それが予知夢だと気づくのは事が起こってからだよ。予知夢っていう超能力はけっこう分かりづらいものだよ」


 男の子はそれから黙々と玉を投げつけてくる。

「でも、不思議なこともあるもんだね。もしかしたら本当の超能力かもしれないな」

 そういうとやっと笑顔になった。


「君は一家全員逃げ出せたわけ?」

「大分前に到着しましたからね。余裕でした」

「みんなそうすればよかったのにね。ラストが近づくと、車で中に突っ込んだ奴もいるんだ。人間って怖いよ。」

「その人はどうなりました?」

「多分、誰も、何も言ってないと思うよ警察がいないし」

「警察がいないと怖いですね」

「自警団みたいなものを作らなくっちゃならないかもね」

 翔馬は少し強く玉を返した。さすがにそのボールは取れなかったようだ。後逸し、後ろにボールを取りに行くと、目一杯高いフライを投げてきた。翔馬はギリギリ取りに行く。二人は声を出して笑った。


 翔馬はグローブを外しベンチに座った。横に座った男の子にグローブを返すと、軽く挨拶をする。

「俺は泊翔馬、君の名前はなんだい」

「野田です。野田秀俊(ひでとし)」

「君のお父さんも財界のトップかなにかだろう」

「まあ、そんなもんです」


 秀俊はやっと息切れが治まったようだ。グローブ二つを膝の上に乗せ質問してくる。

「住みかは当分掘っ立て小屋なんでしょうか?お金をいくらもっていても意味がないって言ってるんですけど、友達なんかが」

「それはそうだろう。ちょっと難しい話になるけど、お金ってものは政府の後ろ楯があってはじめて、価値が出るんだよ。今紙幣を持っていても、紙くず同然なんだな、残念ながら。だから家はお父さんの力次第となる。本気で住む家を建てるのか、掘っ立て小屋しか建てないのか。男の本気のみせどころだよ」

「そうなんですか…お父さんは仕事ばかりで家のことなんか何も考えない人なんです。掘っ立て小屋になりそうですね…」


 秀俊はいじけてグローブをいじくる。ティーシャツに短パンと、一見貧しそうな家庭の子供のような姿をしている。そういうとこは無頓着な家らしい。

「でも分からないぞ。父親ってのは家族のためならガラリと変わることもある。お父さんもそういうタイプかも知れないし」


「お兄ちゃんは結婚してるんですか」

「いやーまだだよ。好きな人はいるんだけどね」

「結婚ってなんなんでしょうね。お母さんが、『失敗したわ』っていつも言っていますよ」

「それは……俺の口からでは何とも…夫婦の事は他人じゃ分からないからなー」


 秀俊は話題を変える。

「お兄ちゃんはゲームなんかはするの?」

「やるやる、唯一の趣味だ」

「モニターに入っているゲーム、何かしてる?」

「フライトシミュレーションをやったぞ。なかなか面白かったなあれは」

「お兄ちゃんもやってたの!僕も今やっているとこだよ」

「こうみえて、日本じゃぶっちぎりのトップ、世界でも第三位の腕前だぞ」

「凄ーい!僕の部屋に来てちょっと教えてくれない?」

「おーいいぞ、暇だからな」


 秀俊についてエリアツーに入る。彼の部屋はかなり奥まった所にあった。しかも二階である。鉄のはしごを昇り、狭い通路を通り部屋の扉を開けると、週に一回のシーツを変える日である。新しいシーツが一揃え置かれている。


「どれどれ」

 モニターをつけ、フライトシミュレーションにチャンネルをあわせる。セーブした続きから発進するとミラが現れる。

「おはよう秀俊くん。あれっ、翔馬くんじゃないの。助っ人に来たって訳ね。でもその間はセーブ出来ないわよ。技を教えるとかなら、いいんだけど」

「そうそう。世界三位の腕前を見せにきたんだよ」

「じゃあ、頑張ってね」


 コントローラーで計器を付けていく。エンジンをオンにすると、「フォン」という音とともに、軽く浮き上がる。発進すると、いきなり宇宙空間に躍り出る。

「あーここね、ちょっとだけ難しいところかな」


 秀俊は翔馬の肩に顔を乗っけて見ている。翔馬お得意の横滑りしながらの攻撃である。これで六編隊はかんたんにつぶせる。


「今のを見てちょっとやってごらん」

 敵の編隊がやってきた。秀俊が動こうとするので「もっと引き付けて!」と叫ぶ。

「よしここから斜めに横滑りして敵をロックオンしてレーザー砲を撃つんだ」

「こんな姿勢で?」

「敵は機関銃だが、こっちはレーザー砲だ。機体ごと動かさなくてもロックオンできるんだよ。これに気づくかどうかでハイスコアに大きな差がつく」

「なるほど」

「後、細かい技術は自分で開発していくんだな。」

「うん」

「それと、気づいているかもしれないが、敵機の機関銃はこちらの前面に当たっても傷ひとつ付かない。こちらの機体の表面が、カーバインという特殊な材質で覆われているからだ。だから多少無茶な攻撃をしても大丈夫だよ」

「分かったよ。カーバインだね」


 セーブポイントからやりなおす。敵機の群を正面衝突ぎりぎりまで引き寄せ斜めにずれなからロックオンし、レーザー砲で撃ち抜いていく。

 いきなり翔馬の技をより以上にやってみせる。子供は恐ろしいと翔馬は思う。

(これは抜かれるかもな)


三週間後、ハイスコアは逆転し、翔馬は二位となっていた。複雑な気分でゲーム画面を見つめていた。

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