みゆきと志保
日常が戻ってきた。皆でやっているアクションゲームも一ヶ月近く経っている。そこへみゆきが提案してきた。
「翔馬さん、今日はみんなで会いませんか?」
「んーいいよ。雪菜さんと達彦くんが承諾してくれたらの話しだけれど。問題ないと思うよ」
「そちらはエリアファイブでしたよね、私達はエリアスリーなんですけど、今日はそちらの食堂でお昼をいただきますよ」
「正午に入り口付近で待ってるよ」
「じゃあ、正午にうかがいまーす」
雪菜と達彦は問題なしという事だった。
これまで五人パーティーでがんばってきた。ゲームは後少し行けばラスボスと対面だ。そのための壮行会をコーラでやるつもりだろう。
久しぶりにアクションゲームのアスレチックモードを選択する。出来ないアクションはもうないほど訓練を積んでいるので、ラスボスとの決着が待ちどうしい。
九時半になった。そろそろ三回目の空間変位の時間である。もうわざわざエンジンルームまでいかなくても気になる事もない。
「お客様にお伝えします…」
いつものアナウンスである。また何の変化もなく過ぎ去って行く。
どうやら空間変位の日は、先進五ヵ国一斉にやっているという話を聞いた。この前の翔馬が解決した事件のような事がいつ何どき起こるかも知れない。その時お互いに助け合うためだ。
アスレチックモードを止め、いつものところに行き煙草をふかす。もうすぐ正午である。
雪菜と達彦が寝床から出てきた。
「いくわよ」
正午前十分に食堂に到着した。皆それぞれすきなレトルトをとっていく。翔馬は一番好きなかつカレーである。ごはんを適量盛り、カレーを上からかけると、食欲をそそるいい臭いが漂ってくる。
「いただきまーす」
各々食べ始めると女性二人が近づいてくる。
「翔馬さん達ですか?」
「そうだよ。こんにちは。初めまして。と言っても初めての気はしないね。こちらが雪菜さん、こっちが達彦くんだ」
「初めまして!いつもお世話になってます。私が近藤みゆき。こちらが、石川志保ちゃんです。まずは宇宙食取ってきますね」
二人とも同い年位だ。二十歳前後くらいだろうか、それぞれ結構な美人である。二人とも餃子をチョイスしてとなりに席を取る。
「お、餃子だね。それ案外旨いでしょう」
「ですよねー。今ダイエット中なんでカロリーが少ないこれをよく食べるんですよ」
「改めてこちらが雪菜さん。前はこの船の現場監督を努めていたそうだ」
雪菜が口を開く。
「よろしくね。二人とも大学生くらいかしら」
みゆきが答える。
「そうですよ。私が二十歳で、志保ちゃんが十九です。二人とも、この船に乗るまで面識が無かったんですよ。出会ったのは、例のゲームの中だったんです。それからすぐに会って友達になったんですよー。現場監督って女性では珍しいですよね。」
「チームを組んでやるんだけどね。ところでゲームしてない時は何してるの」
「ペーパーにダウンロードしたマンガとか、小説をよんでます。志保ちゃんも」
「私も同じよ。気が合うわねー」
「ですねー」
女三人よくしゃべる。翔馬が割って入る。
「こちらに座っている達彦くんはあの快晴中学の生徒だったんだよ。目指すは京大だったそうだ。エリート中のエリートさ。今でもゲーム以外の時はほとんどを勉強に費やしているんだぜ」
「凄ーい。尊敬ですぅ。で、翔馬さんは?」
「引きこもりみたいなものかな。ははっ。って冗談、冗談。システムエンジニアだよ」
雪菜がつけたす。
「先日も、フランス船のコンピューターの不具合を直しに行ったのよ。五つの船にシステムエンジニアは翔馬くんだけなの」
「凄ーい!」
凄いと言われて悪い気はしない。翔馬は少し得意げにSEの仕事の事を話す。
皆それぞれコーラを手にし、翔馬が音頭を取る。
「それでは五人全員揃ったところで、ゲームオーバーに向けて乾杯!」
「かんぱーい!」
コーラをぶつけていく。
志保の方は、出発する一週間ほど前から舟に乗り込んでいたそうだ。父親は若くして国会議員で将来を見込まれている有能な男らしい。そういえばこの船には、エリートしか乗ることができないというのをすっかり忘れていた。おっとりとしてほとんど口を開かない、いかにもお嬢様といった感じだ。長い黒髪に整った顔だち。男性が志保をみると、十人が十人とも振り返って見るほどの美人である。
「みゆきちゃんのお父さんはどういう人?」
「博士ですよ、理学博士。どんな研究をしているのかは、全く知りませんけれどね」
やはりこちらもエリートである。同じお嬢様でもみゆきはざっくばらんな性格をしている。こちらも志保ほどではないにしろやはり美人の部類だろう。ショートの髪をカールして、いかにも活動的といった面持ちをしている。
父親の話しに戻るが、問題の地球型惑星についてからは、農地の開拓という全く畑違いの仕事が待っている。これをやらなければ、一家全滅ということになりかねない。農業を指導する農家の人達はちゃんと乗り込んでいるのだろうか。プログラマーの一件もあるし、誠に不安である。
ラスボスの話しになった。なんせ一日一時間とはいえ一月近くかかっているゲームである。難易度は高いと言える。どういう敵か、見当もつかない。
「やっぱりロボットかしら、もっと大きい」
「以外と小型ロボットかもしれないわよ。でもスピードが半端ないとか」
皆それぞれ食事を終えた。翔馬が締めくくる。
「それではゲームオーバーに向けての壮行会もここまでにしておこうと思います。明日の朝七時にまたお会いしましょう!」
一斉に拍手が起きる。
「そろそろ解散しようか」
志保が立ち上がると、翔馬のポケットに何かメモのような物を入れて食堂から出ていった。みゆきも遅れて挨拶をし、お開きとなった。
「雪菜さん、これからあいてるの」
「とくにこれといった用事はないわよ」
「じゃあ、最後にまだ行ってない、レクリエーションルームにつきあってくれない?」
「いいわよ。卓球でもしようか」
ビーグルで地下へ潜って行く。突き当たりに「レクリエーションルーム」となんの捻りもない看板が頭の上にある。中に入ると結構な人々で賑わっている。老人が集まっているのは将棋と囲碁。それぞれの対局を五~六人が立って見守っている。順番待ちをしているようだ。
卓球台は二十台あった。これも後少しで埋まってしまう。ラケットを取りだし、空いた台を確保する。
「卓球だったら負けないわよ」
雪菜は気合い充分だ。
雪菜がサーブを打つ。なにやら回転をつけている。翔馬が打ち返すと玉があらぬ方向へ飛んでいく。
「雪菜さん、それ反則ですやん。卓球じゃなくてラリーを楽しむピンポンをやろうよ」
「ほほっ。昔の癖でね。中学の時、卓球部だったの。それじゃあ、変化球はなしでやってあげるわよ」
今度は翔馬のサーブだ。
「こしゃくな!」
少し強めに打つ。雪菜は軽く打ち返す。しばらくラリーが続くと翔馬がミスをする。
「これだから素人は」
雪菜は余裕しゃくしゃくである。
しばらくラリーが続いて翔馬がミスをするという展開ばかりだ。しかしそれでも楽しい。
翔馬はピンポンしながら全く別の事を考えていた。それはフランス船にいった時に二回もほっぺたにキスをされたことである。雪菜は自分に好意を持っているのではないか。でなければ、あのような事をしないだろう。そう思うとこっちが意識してしまい、雪菜に段々と惹かれていく自分がいる。
こ一時間ほどしてお開きとなった。
「やっぱり体は覚えているものねー。十年ぶりだけど、快勝だったわ」
「どうせ下手くそだよこっちは」
翔馬が笑う。
「高校は何かやってたのかい」
「何もやらなかったわ。進学校だったんで勉強優先だったのよ。翔馬くんは何か部活してたの」
「自分も帰宅部だったよ。同じく進学校だったんで。でもあまり勉強はしてなかったかな。それで三流大学にしか進めませんでした、はい」
「でも仕事は成りたいものに成ったんでしょう。結果オーライじゃなくて?」
「そうとも言えるね。みんな結局大学に行くのはいいところに就職するためみたいなところがあるからね。好きな仕事につけて幸せ者だったよ。もう会社はどうなってしまったのか分からないけどね…」
「私も同じよ。東京はおそらく壊滅状態じゃあないかしら。同僚たちや、友達が心配だわ。田舎に逃げていってくれてたらいいんだけど」
「だよね。中国は都市部を攻めていたようだし、田舎だと多少安全な気がするよ」
「さて、暗い話は終わりにしましょう。考えていたってどうなるものでもなし」
「戻ろうか、それじゃあ」
レクリエーションルームから出てビーグルに乗り込むと寝床へと発進した。
翌朝七時、インカムを装着し、みゆきと志保に朝の挨拶をする。
「おはようー。昨日はよく眠れたかい」
「夜九時には寝たんで朝の五時には目が覚めました。爽快ですよ」
「今日中に型をつけてしまおう。達彦くんも、今日は一日勉強を休むと言っているし」
「いいですよ!やっつけてしまいましょう」
志保も挨拶をする。
「よろしくお願いします」
五人がラストのセーブポイントから前に向かって進む。雑魚敵がうるさいが機関銃でめった撃ちにする。やがて階段を登ると障害物がところどころにある、ステージのような所にたどり着いた。
「ここが多分ラストステージだ。みんな頑張っていくぞ!」
「オー!」
勇ましい掛け声とともに、前に進み、障害物の影に隠れる。ラスボスとおぼしき敵ロボットが現れた。大きさは人と変わらない。昨日誰かが言ったようにスピードが半端ない。機関銃をめったやたらに撃っても当たらない。しかし、敵のバルカン砲はちょっと当たるとこちらの体力ゲージを容赦なく奪っていく。
翔馬は前に進む。達彦もそれに続く。みゆきを攻撃している間に後ろから攻撃すればいいのではないかと閃いたのだ。
ラスボスはまだみゆきに攻撃している。翔馬は後ろから機関銃をぶっぱなす。敵の体力ゲージがどんどん削れていく。思惑通りである。ラスボスは今度はこちらに攻撃を仕掛けてくる。
「みゆきちゃん。今だ。後ろから狙うんだ!」
ラスボスのバルカン砲が容赦なく翔馬に当たる。達彦が薬をくれても追い付かない。
みゆきが機関銃で応戦するなか、翔馬は力つきてしまった。あとはみゆきに全てを託す。
みゆきとフリーである雪菜が揃って攻撃に転じる。しかしバルカン砲の方が威力がある。雪菜が倒れ、志保がやられ、みゆき一人になってしまった。みゆきのバックアップが誰も居なくなってしまった。みゆきは障害物に隠れ、自分で体力を回復しなければならなくなった。圧倒的な不利な状況のなか、また攻撃に転じるも、バルカン砲にやられどさりと、前に倒れてしまった。ゲームオーバーだ。
気づいたら二十分もの時間が経っている。
「惜しかったんだけどなー」
ラスボスの体力ゲージもあとわずかだったのだ。皆口々にああすればよかった、こうすればよかったと反省会だ。
「次はみゆきさんが裏へ回ってよ。こっちが攻撃にあっている間、達彦くんは俺のバックアップに専念するように。で雪菜さんはバルカン砲を避けながらショットガンできめてくれ」
みんなもその作戦に賛同する。雪菜があともう少し攻撃にからんでくれればラスボスの体力ゲージも尽きると思ったのだ。
セーブポイントからやり直しである。ステージに上がると、全員配置につく。
ラスボスが現れた。相変わらず速い。みゆきが敵の背後に回る。翔馬は障害物に身を隠し、ラスボスのバルカン砲を避ける。
「みゆきさん、今だ!」
みゆきは素早くラスボスの裏側に回り、機関銃を雨あられと敵に打ち込んでいく。時折雪菜のショットガンがきまり、ラスボスの体力ゲージを削っていく。
敵はみゆきに攻撃を始める。翔馬はこの時とばかりに機関銃をぶっぱなしていく。
ラスボスの体力ゲージはすでに事切れようとしている。最後の勝負だと翔馬は思いきり接近して、とどめをさした。
「やったー!!」
全員拍手である。みゆきが翔馬を持ち上げる。
「翔馬さんの作戦が見事に当たりましたね」
「いやーそれほどでも…」
翔馬はまだ勝利の余韻に浸っている。五人パーティーのその後を描いたラストストーリーの動画が写し出されている。難敵であればあるほど終わった後が心地いい。
「次はRPGをやりません?」
みゆきが提案してきた。さすがに、一日くらい休みたい。
「ホエナルファンタジーの最新版が入っているんですよ。これ凄くやりたかったやつなんです。人数もちょうど五人パーティーですし」
「一日休ませてくれよ。なあ、雪菜さん、達彦くん」
「そうね、明日は一日おきたいわ。でも、明後日からはオーケーよ。私もそれやりたかったゲームだし」
「右に同じです。朝七時の条件はそのままで」
達彦も乗り気なようだ。翔馬もしぶしぶ明後日からという条件で承諾した。
みゆきは喜びながら通信を切った。
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