不具合を止めろ

 ゲーム三昧の日々が続いている。少し休憩を取ると、喉が渇いてくる。食堂に置かれていたコーラを取りだし、思いっきり飲む。いつものコラ・コーラの切れと爽快感だ。たまにではあるが、他のジュースも飲みたくなるがそこは我慢するしかない。流石に他のジュースをおけるスペースがなかったのであろう。


 さて、フライトシミュレーションであるが、まだ全てのミッションをクリアしていない。回転しながら敵機を撒くというかなり難しいトレーニングをしている。


「翔馬、敵機が追尾しているわ。気をつけて」

 右下の小さなワイプにミラの顔が写し出されている。

「心配ご無用。この辺りが敵機の最高時速かい」

「調べてみるわ。ちょっと待ってね」

 相手が撃ってくる。翔馬は軌道を外す。より近いところで避けきったほうが、スコアが上がるのを発見したからだ。


 ミラからの返事である。

「敵のタイプはG-3、最高速度はその辺と見た方がいいわね」

「なんだそんなもんか。こんなの撒くのは軽い軽い」

 翔馬はアクセルをいっぱいに踏み込んだ。G-3はなおも追ってくる。軌道を剃らすため空中回転しながら追っ手を撒く。


 G-3の姿が見えなくなった。画面に「Mission Complete!」

 の文字が並ぶ。かなりのハイスコアである。


 人口知能のミラであるが、翔馬はいたくこの娘がお気に入りだ。とにかく美人である。

「今日はどんな下着着けてんの」などとふざけても「もう知らない!」などと、恥ずかしそうにするのである。さらにどんな質問にも的確に答えてくれる。


 そんなやり取りが楽しくて、会話に気を取られていると、後ろからくる敵機に爆撃されて粉々にされてしまう。トレーニング終了である。翔馬はそのたんびにインカムを枕に投げつけて、「あー!!」と叫ぶ。病気が出そうになる。

「翔馬、慌てないで落ち着いて。あともう少しでミッションコンプリートよ」

 どうやらこちらが発する奇声も捉えているようだ。ゲームは振り出しに戻る。


 動悸を抑え、またコーラだ。飲みすぎると、体重が増えそうなのだが、ただなのでつい飲んでしまう。


 あとコンプリートしなければならないのは敵機との戦闘と、街の空爆とかなり生々しいミッションになってくる。意図的に避けてきた奴ばかりだ。難易度もぐっと上がるであろう。


 ノックの音がする。翔馬は静かに扉を開ける。


「はい。何のご用でしょう」

「こんにちは。私は通訳の稚内わっかないと申します。実はフランスの船舶に不具合が起こっておりまして、システムのプログラマーが一人もいないんです。そこで泊様に治していただこうとこうして詣った次第でございます」


 この船を建造したのはアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、それに日本の五ヵ国の先進国と聞いている。それぞれの船に最低一人はプログラマーを配置すべきなのにどの国にもいないらしい。

「なんだかなー」


 翔馬が寝床から出ると通訳の他にフランスの軍人らしき人間がいていきなり強引にハグをしてくる。


「もう泊様頼みなんですよ。どこも」

「分かりましたよ、行けばいいんでしょ」


 雪菜に用事で出かけてくると伝えると、いきなりほっぺたにキスをされ、「行ってらっしゃい。頑張ってね」と言われた。女心は全く理解出来ない。


 通訳が先導するままにビーグルを走らせ、運転室に通される。


 艦長が挨拶をしてくる。

「フランス船がウイルスにやられているということでどうかよろしくお願いいたします。何でも『ダンプリスト』が読める人はほとんどいないと言うじゃないですか。日本船に搭乗いただいて誠にありがとうございます」


 翔馬もつられて頭をさげる。

「いえいえこちらこそ」


「ダンプリスト」とは、コンピューターが認識できる二進数を十六進数に直して書かれた機械語の事で、この状態でプログラムの内容が読めるような人はほとんどいないが、翔馬は小学生の頃からこれでプログラムを作っていたので、文章を読むようにすらすら内容が理解できる数少ないプログラマーだ。


「空間変位機はこちらです」

 運転室の一角から螺旋階段を降りて行くと、丸い床がみえる。

「そこの真ん中に立っていてください」

 艦長の声がする。


 一瞬でフランス船へ到着したようだ。三人のクルーにキスをされる。やがて先ほどの軍人と、通訳の稚内が遅れてやってきた。


 運転室に上がると艦長にハグをされる。

 ハグされたり、握手を求められたりキスしたり、全く忙しい国だ。


「どんな不具合なんですか」

 稚内に聞くと「停電中だと言うことです」と返す。

「それ、本当にコンピューターの不具合なんですか。電気系統の不具合じゃ…」

「いや、今補助電源に切り替わっていますが、プログラムの不具合に決まっているそうです。なぜならプログラムを請け負った会社がプログラムをし終えると契約時より高い金額を要求したとの事です。フランス政府側は倫理的に問題ありとして、契約時のままの金額しか渡さなかったんです。宇宙にも連れていってもらえないし、逆恨みをしたのでしょう、太陽系を離れてから宇宙の藻屑となるようにプログラムし直したに違いない。と申しております」

「話し通りなら陰険な事をやるなー。どれ、エンジンルームに行ってみよう」


 エンジンルームは日本の物と作りが同じだった。メインのパソコン前に座り、起動させる。しかしつかない。

「あっ、そうか!」

 停電中なのでパソコンも扱えないのである。

 翔馬は自分のペーパーパソコンを出してアタッチメントを重ねると、メインパソコンも起動できた。恐らく二時間は持つであろう。こうなったら時間との勝負である。まずはメインルーチンを探す。これは定石通りの所にあり、システム全体を統括している。


 問題はサブルーチンである。サブルーチンへ引っ張りこむ条件に時間指定はないか探っていく。サブルーチンは全部で三百ほどのプログラムに別れている。


 三十分がたった。翔馬はピンと閃いた。自分だったらどうするか。後半のさらに最後のほうに埋め込むに違いない。方針を切り替え、一番最後から探っていく。


 時間指定などついていないサブルーチンばかりである。


 一時間が経過する。こういう作業は他の人の目につかないところでやるから集中出来るんであって、十人ほどに囲まれるとやりにくいと通訳してもらう。


 すると最初の軍人だけを残して皆持ち場に帰っていった。


「ふう」

 緊張から解き放たれ、あらためて問題のありかを追及していく。


 あと十分足らず。翔馬の目が高速で動いていく。するとプログラムタイマーに接触しているサブルーチンにようやくたどり着いた。プログラムの内容を読んでいくとやはり電気系統に命令を出している。翔馬はサブルーチンを根こそぎ消去すると、各階の電気全てが回復していく。


 稚内が言う。

「お見事です」

「いえいえそんな。仕事ですから」


 エンジンルームから離れて運転室に向かうと、皆が拍手で出迎えてくれる。自分の仕事が認められてここまで嬉しかった事はない。最後は艦長がほっぺたにキスをする。暑苦しいがこれもまたいい思い出になるに違いない。


「癌の切除に成功しました。人間が作り出した悪質な癌でしたけどね」


 翔馬が少し鼻を高くして言うと、またもや電気がシャットアウトし、真っ暗になる。人々の口から「OH!」とため息が漏れる。

 翔馬は一気に怒りの頂点に達する。普段なら布団か枕を殴っているところだが、ここだとそうもいかない。危うく病気が出そうになった。


 やがて補助電源に切り替わり薄明かりがともる。


「どうなっているんですか!」

 艦長が問いかける。

 翔馬はまず冷静になるように深呼吸をして艦長に聞く。


「この舟の備え付けのパソコンは全部でいくつ有るんです?」

「システムがあたれるクルーを呼びましょう」


 翔馬が待っていると、二メートルほどの大男が現れた。


「先ほど言った通り、備え付けのパソコンは何台あるんでしょうか」

「運転室に二台、エンジンルームに二台、後は言いにくいんですけど艦長室に一台あります」


「分かりました五台ですね、じゃあ、ある程度パソコンに詳しい人をあと四人連れてきて下さい。私がプログラムし直した後、それぞれのパソコンで一斉にやらなければならない事が有るんです」


 翔馬の頭の中ではすでに問題は解決している。後は集めた人達が、全く同じように動いてくれるかどうかだ。


 翔馬の推理はこうだ。メインルーチンの何処かに先ほど削除されたところが、また削除されたときフラグを立て、こちらの目眩ましをする小さなサブルーチンが存在する。


 フラグが立つとまた癌のようなあの電気系統を支配する、まるでウイルスのようなプログラムが動きはじめ、削除されたところに同じようにコピーをする。このコピーをするだけのサブルーチンはメインルーチンから遠く離れた所にあり、これを見つけるのは不可能であろう。一年以上かかるであろうから。


 削除すべきはフラグを立てる、小さなサブルーチンの方だったのだ。これを一斉に消さなければならない。


 翔馬は自分のペーパーパソコンが電池切れをしているので、軍人さんから満タンのペーパーを借り、アタッチメントをパソコンに重ねる。今度はサブルーチンに飛ばす条件の「長さ」を測るプログラムを即効で組み立て、実行する。そうすると最短のサブルーチンが網に引っ掛かった。翔馬はこのプログラムを読んでいく。やはり条件が揃うと、一定の箇所にフラグを立てるだけのサブルーチンのようだ。


「ビンゴ!」


 運転室に続々とパソコンをあたれる軍人が集まってきた。翔馬は機械語に入る手順を説明し、削除するアドレスを教え、そこを全てゼロゼロにするように指示を出す。皆メモをとっている。上手くいけばいいのだが…


 皆をそれぞれの配置につかせる。機械語に入る手順が少々面倒臭いので時間はたっぷり取ってある。今回はなんとしてでも成功させなければならない。誇りに掛けて。


 問題の時間がきた。皆一斉にゼロゼロにするのは難なくできる。問題は再発だ。まさに癌である。運転室で待っていると、ふたたび明かりが灯り始めた。今度は消えない。手術は成功だ。ごついフランス軍の兵士に囲まれて今度は胴上げである。



 別れの時がきた。皆が手を振ってくれている。そして一気に日本船に戻る。


「終わりましたよ」

 翔馬が言うと、艦長が出てきて日本茶を持ってきてこう言った。

「ご苦労様でした。まずはお茶をどうぞ。無線で泊さんの活躍を固唾を飲んで聞いていました。一瞬ダメかー!と思ったのですが、そこからの復活ぶり、お見事でした」

 運転室にいるクルーも皆一斉に拍手をしてくれる。やはり仕事はいいものだなと改めて思う。


「この仕事に報酬はでないのですが、なぜかはおわかりでしょう 」

「はい。使い道が無いからでしょう。その辺の計算は心得ているつもりです。紙幣というのは政府の後ろ楯があって、はじめて通用するものですからね」

「クルーが持ち込んだガムならありますんで、どうぞお持ち帰り下さい」


 大きな袋にガムが大量に入っている。翔馬は片手に掴めるだけ取り出すと、ポケットに仕舞う。ガムは久しぶりなので皆に配ろうと思う。


「それでは!」

 翔馬が手を額につけ敬礼をすると、皆が一斉に敬礼する。


 また寝床に戻ると、雪菜が立って待っていた。

「どうだった?お仕事!」


 翔馬は少し問題をオーバーに話す。

「…という訳でフランス軍のクルー達を配置につかせて、二度目で問題は解決したよ。やっぱり仕事はいいね。やり甲斐があるよ」


 言うか言わずかの時、またほっぺたにキスされた。


「カッコいいわよ。そういう翔馬くん」

「そ、そうかな、へへ」

 翔馬は頭をかく。思い出したようにガムを二つ渡す。

「今回のギャラだと。艦長さんから」

「まあ!ガムって懐かしいわね、二つもいいの?」

「六個取ってきたから。後は、坊やに二つだ」


 達彦の寝床をノックすると、すぐに扉が開いた。

「ガムを二つあげるよ。珍しいだろう」

「あーありがとうございます!好物ですよ」

 達彦は大喜びしている。


「勉強の方はどうだ。進んでいるかい?」

「数学はもう三年生に進んでいます。それに合わせて物理学にも着手しました。やっぱり社会だの生物学だのが足を止めているのを実感しています。学校に行く間にどれだけじゃまが入っているかですよね。あ、国語はやっていますよ。あれは論理的思考能力を上げる教科ですからね」

 ガムをむきながらこ難しい事を言う。


「ガムを噛みながら勉強すると能率がよくなるそうです」

 そういうと、また寝床へ入っていった。


 翔馬も少し疲れが出たのか眠くなってきた。寝床に入って横になり、暫しの間目を閉じているといつのまにか眠りについていた。

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