もう一つのゲーム
その日から三人でゲームに興じる日々が始まった。雪菜は翔馬の言うとおり、朝型の生活に慣れてきたようだ。躁鬱病には充分な睡眠が不可欠だ。なので皆何かしらの睡眠薬を服用している。それの服用時間を少しづつ前倒ししていったのだろう。
敵が現れると相変わらず二人ともうるさい。まあ、それもストレス発散になるならと放っておく。
中ボスが現れた。翔馬ら人間の五人分の大きさはあろうかと思われるロボットに、三人は一致団結して立ち向かう。まず達彦が殺られる。次に雪菜がふっとばされる。翔馬はAIで動いている味方と供に立ち塞がる。一撃ですごい破壊力である。あわてて薬を飲んでいると、二発目であっさりと殺られてしまった。
「全滅したわねー」
雪菜がまたため息をつく。
「今日はこれくらいにしておこうか」
翔馬が言うと、皆賛成のようである。中ボスから全滅させられるのに三十分近くかかったのだ。一時間を軽く上回っている。
翔馬がインカムを取ろうとすると、「お早うございまーす!」と元気な声がする。
「どちら様でしょう」
翔馬が戸惑いながら尋ねると名前を告げてきた。
「私は近藤みゆきです。そちら様は翔馬さんでしょう?同じゲームをやっているとインカムで声が聞こえるんですよ」
「へーそうなんだ。二人うるさいのがいるけれど邪魔になってない?」
「大丈夫ですあれくらいは。ところで今私と友達の志保がパーティー組んでやっているんですけど、あの中ボスのロボットがねーどうしても倒せないんですよ。それでAIの戦闘員を外して五人でパーティー組みません?」
いい提案だと思った。こちらも倒せないまま一週間近くたっているのだ。さっそく雪菜と達彦を出口に呼び出し、みゆきからの提案を話した。
「賛成ー!見ず知らずの人達と組むなんて刺激的じゃない」
「僕も賛成です。朝七時からという時間さえ守ってもらえれば」
「分かった。そう伝えておこう」
「待たせたね。こちらの方は大歓迎だよ。ただちょっと事情があって、朝七時から一時間と決まってるんだ。空いた時間はアスレチックでアクションのトレーニングをしている。条件はそれだけだ。それで構わないかい」
「構いませんよー!私たちも朝六時には起きてますから」
「それじゃあ決まりだ。よろしくね」
「よろしくお願いいたしまーす」
翔馬はインカムを外して思い切り延びをする。煙草を吸うためにこの船のどん詰まりまでビーグルを走らせる。煙草に火を着け朝一の煙草を吸うと少しボーッとする。煙は薄い窓のようなところから宇宙空間へ直接出て行くようだ。
三階のベランダから改めて吹き抜けになっている食料倉庫を眺める。ドーム球場いっぱいの段ボールがうず高く積まれている。クレーンで取りだし配送通路に持って行かれる。
朝飯でごった返しているのであろう。クレーンは世話しなく働いている。
自分の今を考えてみる。朝一から、女の子を交えてゲームにうつつをぬかしている。
故郷の地球では第三次世界大戦が起こっているのだろう。両親の事を思い出すと胸が熱くなる。
翔馬は二本目の煙草に火を着けた。この船は誰が建造したのだろうか。資産家たちがお金を出しあい、建造したと思われる。そう考えると翔馬達の乗船は「ずる」をしている事になる。勢いで入ってしまったが乗れなかった人達に申し訳なく思う。
煙草を吹かすとやっと落ちついた。
朝飯後に薬を飲むのをすっかり忘れていた。自分の寝床に取って返し、食堂へ向かう。ミネラルウォーターを取り出すと袋に入っている細々した薬を飲んだ。
寝床に横たわると、さっき考えていた事は無しにした。自分はこの中で唯一のシステムエンジニアである。機械語のプログラムも普通にこなすただ一人のクルーである。そう思うと 胸のつかえが無くなって行く。
次の日からみゆきと志保が加わった。みゆきは少尉のようだ。機関銃を持っている。志保は二等兵のようである。ゲームをする事事態が初めてだと言っている。
「それではよろしくお願いしまーす」
セーブポイントから全員が飛び出した。雑魚をなぎ倒していき、問題のロボットと対面である。一応作戦は考えてある。雪菜が先導し、翔馬には達彦が体力ゲージのバックアップにまわり、みゆきには志保が後ろから支える。
ロボットの弱点は各関節部分である。金色に光るその部分だけを狙っていると、やっと足がもげた。しかし片足でスックと立ち上がり尚も攻撃を仕掛けてくる。達彦が薬をくれて体力ゲージを満タンにしてくれる。
「みゆきちゃん。出番だよ!」
みゆきがもうひとつの関節を壊す。後は動けなくなったロボットの頭部を機関銃二台で滅多うちである。頭部が爆発し、ようやく動かなくなった。
「やったー!!」全員のチームプレイでやっと中ボスを仕留めた。時間はジャスト一時間ほど。先に進むと、セーブポイントがある。「今日はここで終わろう」
翔馬の提案に皆が賛同した。
昼めし前に雪菜を誘って大展望室に行ってみる。ここが唯一宇宙を見る事が出来るように成っていて、きれいな天の川が見られる。ここに来ると自分は今宇宙旅行をしているのだと実感する。太陽系を離れるとこんなに心細くなるなんて…故郷はもうないのだ。しっかり地面に踏ん張ってきたものを失っていく喪失感…。
「きれいねー」
「うん。こんなきれいな天の川は地球じゃあちょっと見れないだろうね」
「私達こんなにもきれいな銀河にいて、なぜ地上だけあんなに汚いのかしら。バカみたい」
あれから一月もたったのか。あっという間であった。時間の感覚が明らかに違う。短くなっているのだ。
達彦もつれて、食堂に到着した。今日はシチューに挑戦する。それほど旨そうには見えないのでこれまでチョイスした事がなかったのだ。
「そのシチュー、ご飯にぶっかけない方がいいですよ。それ単品でカロリー四百越えてますから。そのルーがご飯がわりになっていると思います」
達彦の助言である。「そうか」と一言呟き単品だけをチンする。
コーラを飲み、一口食べるととろりとしてこれまた旨い。ゴロゴロ野菜と牛肉がベストマッチである。チーズのこくが舌に残り、ほんのり香る。翔馬は食わず嫌いをしていただけなのだ。
「出発してから一ヶ月たった。今日は二回めの空間変位の日じゃないの」
「そうなるわね、十日だわ。」
「達彦くん。後学のために空間変位中のエンジン見て行くか」
「いいですねぇ。行きましょう」
雪菜も当然誘う。彼女の協力なしに、エンジンルームには入れない。生体認証を二つも突破しなければならないからだ。
無事エンジンルームに入る。月に一度の一大イベントが静に幕を開ける。
エンジンが少しづつ少しづつ回りはじめる。やがて金色に光り始め、溜め込んだ重力子を噴射する。
「お客様にお伝えします。ただいま空間変位中でございます。なるべく慌てず騒がずお静かにお願いいたします」
例のアナウンスが流れる。
達彦は興奮したようにそれを凝視している。
フォンフォンフォンと、回転が止まっていく。
これで二回目である。計算上は後四回だ。
達彦はこれからお勉強だ。雪菜はペーパーに読みたかった本、三百冊ほどダウンロードしてきたらしい。
翔馬はこの後、いつもならアスレチックモードでアクションを鍛えるのだが、今日からみんなとやっているアクションゲームとは別に、一人プレイのゲームをやろうと思い、勝手にワクワクしている。
皆それぞれの寝床へ帰っていく。翔馬はモニターを付け、十作品の中から選ぶ。RPGは基本的に苦手なので残り四作品である。その中の一つにフライトシミュレーションがあった。普段気になっていても、自分の金を出してまで買おうとは思わない典型的な物だ。
ゲームの説明の画面にすると、敵も現れて空中戦もやるという本格的なやつだ。面白そうなのでこいつをチョイスする。
最初はただ飛び上がり前に進むという訓練だけをやらされる。その次は左折に右折、次は障害物を避けていくだけ。その次は…
基礎訓練ばかりが続く。そして、訓練の結果がスコアとして出る。ゲーム画面にはサポートをしてくれる女性が訓練でよかった点と悪かった点を評価してくる。
スコアのゲージに、赤いラインがある。もしかしてこれを全部越えなければ、ゲーム本番に進めないのか…
インカムをつけ、「ミラ」と名乗るその女性に質問してみる。ミラが微笑みながら言う。
「そうよ、基礎訓練が非常に大事なの。だから本気でやってね」
それを聞いてインカムを布団にぶち投げた。どのアクションもレッドラインの半分ほどしかないからだ。
気を取り直してまた訓練をしようとインカムを装着する。発進の訓練ばかりやっていると、少しづつスコアが上がって行く。とにかく腹を据えてやらなければならないゲームのようだ。
意地になってやっていると昼めしの時間がやってきた。ゲームをセーブして、二人を誘う。
雪菜は本に夢中のようだ。「ちょっと待ってて、もうすぐきりがつくから」と言って出てこない。外で達彦と待っていると、ようやく姿を表した。
「お待たせー」
三人揃って食堂へ向かう。今日は肉じゃがである。
「いただきまーす!」
雪菜の機嫌がいいようだ。翔馬は尋ねる。
「雪菜さん、何時もどんな本を読んでるの」
「んー、今は小説よ。これが面白くって。翔馬くんは何をやっているの」
最近は翔馬を、「くん」で呼ぶようになった。
「何時もはアスレチックでアクションの練習をしてるんだけど、今日から一人で別のゲームをやり初めたんだ。これがまた、最初のトレーニングモードがハードで厄介な奴なんだよ。何度も戦闘機を発進させられているよ」
「ゲーム三昧ですね」
水餃子を食べている達彦が笑いながら皮肉っぽく口をはさむ。
「まあ、これしか趣味がないしな。それより勉強の方はどうだ。高校数学に突入したのかい」
「まさか!僕はまだ中学二年ですよ。今やっていることで必死です。時間が短い感じがするんですよね」
三人とも時間に関して同じ感覚を持っているようだ。宇宙空間では時間が速く進むのであろうか。しかし時計は正確に時を告げる。思い過ごしだと納得するしかない。
昼めしが終わり、各々好きな事をやり始める。翔馬はゲームの続きだ。やっとの思いで二時間掛けてようやく発進のスコアがレッドラインを越えた。一旦このゲームから離れようと、喫煙所に向かう。確かに戦闘機を思うがままに操縦出来れば楽しいであろう。
発進はなんとか突破した。次は右折と左折である。いきなり宇宙空間に放り出されナビゲーション通りに右折と左折を繰り返していく。スコアがなかなか上がらない。以外と難しいミッションである。十回ほど繰り返して休憩を取る。
ゲーム本番に早く進みたいのにイライラしてくる。激躁状態に陥りそうなので食堂に行き、コーラを飲んで気を静める。コーラは大好物である。それがただで飲み放題というのが嬉しい。
改めて右折と左折を繰り返す。今度はしっかり計器も見てみる。するとどうであろう。機体の安定感やルートを外れてないかやエンジンの出力などがモニターにしっかり写し出されているではないか!
「なるほどね」
ただのフライトシミュレーションのゲームではないらしい。超本格的なのだ。
今度は計器もチェックしながら右折と左折を繰り返す。ルートをはみ出ることもなく、ゲートを突破出来た。スコアはレッドラインを大幅に越えて「GOOD!」の評価だ。段々と面白くなってきた。
次の障害物を越えていくミッションも、敵を追尾するミッションも、計器を見ながらやると、どんどんスコアが上がっていく。ゲームに夢中になっているとノックの音がする。
雪菜が立っていた。
「ご飯食べに行きましょう」
翔馬はセーブをし、達彦を呼ぶ。
「行こうか。腹が減ってしょうがないよ」
夕食を食べ終わると、雪菜に質問する。
「一昨日辺りから気になっていたんだけど、設計図を見ると一階の右前部によく分からない空間が有るんだよ。あれは一体なんなんだい?」
「ああ、私も同じ事考えていたの。誰に聞いても知らないって言うし、まあ、何かの倉庫じゃないかしら。断定は出来ないけれどね。一度生体認証をして見てみようとしたんだけれど受け付けてくれなかったわ。何か特別な物が保管されているようだわね」
翔馬は好物のカツカレーを食べながらいろいろ考えている。
「酒かなぁ。庶民には与えてもらえず、政財界のトップだけが、口にできるという」
「ははは、考え過ぎよ。大したものは入ってないわよ。多分ね」
雪菜の言葉にも不信感が拭えない翔馬であった。
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