第三の男
昨日は九時に寝たので朝五時に目が覚めた。顔を洗いトイレを済ませ、また寝床に潜り込むと、昨日のゲームの続きをやる。翔馬は少尉のようだ。皆に命令を下しジャングルを進む。敵が襲ってくるのを防ぎながらチーム一丸となってやっつけていく。翔馬は機関銃を持っているので敵はあっさりと倒されていく。時折強い敵が現れて翔馬と一騎討ちになり、翔馬の体力ゲージをごっそり削っていくが、薬を飲むと直ぐに回復する。序盤は難なくクリアしていった。
一時間ほどゲームに夢中になっていると、誰かがノックをしてきた。扉を開けると達彦である。
「食堂にいきません?腹が猛烈にすいているんです」
「ああ、ちょっと待ってくれ、まだセーブポイントに到着してないんだよ。五分とかからないから」
次々と襲いかかる敵をやっつけて行くとやっとセーブポイントだ。石に触ると光ってセーブができる。寝床を出て外で座っている達彦をスカイ・ビーグルに乗せると、食堂目指して発進する。
「昨日はよく眠れたのかい」
「九時には眠れました。いろいろあったので不眠になるかと思いましたが、その心配はなかったようです」
翔馬達のエリアの食堂についた。先客がちらほら飯を食っている。今日はおでんにした。ご飯を大皿に盛り、おでんをぶっかけてチンすると、いい匂いが漂ってくる。達彦はかつカレーをチョイスしたようだ。二人は空いてる席に座った。
「昨日、シチューにほとんど手をつけなかっただろう。心が食べ物を受け付けなくても体は正直なもんだよ」
「そうですね、今度からはちゃんと食べるようにします。胸のつかえも取れたもので」
翔馬が選んだおでんもこれまた旨い。なかでも大根が汁をよく吸って絶品である。好物の牛すじも柔らかく煮込んでおり、百点満点である。
「達彦くんは兄弟はいたのかい」
「兄が二人いました。勉強が分からない時は家庭教師をしてもらっていました。二人とも優しかったです」
「そうか。俺は一人っ子だからうらやましいな」
「いい事ばかりじゃないですよ。お菓子なんかは取り合いだし、風呂なんかは待たなくちゃいけないし。いい事と悪い事半々ですね」
優しい家族に囲まれて幸せに過ごしていたに違いない。それを翔馬が断ち切ったのだ。それを思い出すと胸が苦しい。
「この船の中でも勉強は続けるんだろう」
「はい。中学と高校の数学と物理学の参考書は全部持って来ました。暗記科目をやらなくてよくなったので気が楽ですね。英語が苦手だったんですよ」
「へー、君にも苦手な科目があるんだ」
「京大に進学するまでには克服しようと思っていたんですが、それもやらなくてよくなりせいせいしています。だいたいなぜ理系の人間が文系の試験をしなくちゃならないんですかね。腹が立ってきますよ」
「まあ、一般教養として勉強するんだろうよ」
翔馬も受験生の頃そう思っていたので、そのくらいしか答えられない。何らかの意図があるのであろう。
達彦は今日はかつカレーを旨そうに食っている。
「そのかつカレー、旨いだろう」
「旨いですね。宇宙食がこんなに旨いとは思いませんでした」
「君はゲームをしたことあるの」
突然の問いかけに戸惑ったようだ。
「たまーにやりますよ。友達が口をそろえて面白いと言ったやつなら」
「突然で悪いけど、今俺がやっているゲームをやらないか。チームに加わってほしいんだ。毎日一時間でいいから」
「いいですよ。学校も無くなったし、時間は取れます」
「そうか!君がチームに入ってくれれば心強いよ」
ゲームでもやっていれば家族と離れ離れになったことも忘れていくだろう。翔馬は安易にそう思っていた。
朝食も終わり、寝床へ戻っていく。達彦は一日のスケジュールは崩したくはないと、昨日言った通りそこからは数学の時間である。
翔馬は三つめのセーブポイントにいる。ここから進むと達彦との距離が空くので、七時まで待機だ。
少しまどろんでいると、ノックの音がした。翔馬は起き上がり扉を上に上げる。
「もう終わったのかい」
「終わりました。ゲームやりましょう。初心者なんで殺られそうになったら助けてくださいね」
「中にインカムがあるだろう。それで通信が出来るぞ」
改めてインカムを頭部にセットし、達彦がこのポイントに来るまでまっていると大声で「ひゃー!」と叫ぶ。翔馬は耳をつんざくような声に顔をしかめインカムを外しボリュームを下げる。敵に遭遇したのだろう。
敵が現れるたびに「わー!」だの「ひー!」だのインカムを着けなくても伝わって来る。他の人が近くにいなくてよかった。朝も七時からこれでは怒鳴りこんでくるだろう。
どうやら達彦も躁鬱病のけがありそうだ。完全に躁転してしまっている。薬などは持って来ているのであろうか。
「建物に着きました。この中に入るんですか」
今度はボリュームをしぼっているため、音が小さい。ボリュームをほんの少しだけ上げた。上げたり下げたり大変である。
「そうだ。その建物の二階に第三セーブポイントがある。強力な敵が出るから慎重に進んで来るんだぞ」
「分かりました!」
翔馬は達彦が出て来るドアの方を向く。一騎討ちを仕掛けてくる敵が音もなく現れる。ドアが開いた。
「うわー!!」
「そいつを倒さないとこっちに来れないぞ」
達彦はやたらめったらに発砲する。時折翔馬にあたり体力ゲージを奪っていく。翔馬はこれは殺られると判断し助太刀に機関銃をぶっぱなす。
「達彦!薬だ。薬を飲むんだ!」
達彦が薬を飲んでいる隙に機関銃で滅多うちである。
達彦の体力ゲージが回復した。二人でぶっぱなすとようやく死んでくれた。
達彦がやっと第三セーブポイントまでやってきた。「ごくろう」と達彦をねぎらう。石が光った。達彦がセーブしたのだ。
開始からちょうど一時間経った。
「今日はこの辺でやめておこうか」
「はい。なにやら疲れました…」
「だろうな」
扉をノックする音がする。開けてみると雪菜である。ようやく目が覚めたようだ。翔馬は寝床から出る。
「朝から何を騒いでたの」
「いやー達彦君とゲームを少々。毎日一時間やる約束なんだ。雪菜さんもやるかい?四人までチームに加わわる事が出来るんだけど…」
「やるわ!やるやる。こう見えて私もゲーマーなの!」
「それより…」
「それより…」
翔馬が雪菜に譲った。雪菜は改めて聞く。
「みんな朝ご飯は食べたの。私、食堂に行こうと思っているんだけど」
「二人とも食べたよ。朝五時に起きたからね。雪菜さんも夜更かしやめて九時就寝に切り替えたら?食堂も混んでなくていいと思うよ」
「成る程ね。もう深夜放送もやってないしね。ところでそっちが聞きたい事は何かしら」
「この船の中に売店ってないの。歯磨きしたいんだけど」
「あるわよ。正式には売店じゃあないんだけれどね。こんな所で商売しても意味ないし。配給所っていうのかしら。ついて来て」
スカイ・ビーグルに乗って出発する。大きな廊下を走って行くと、路地裏のような場所に入る。公園のような所に研究所のようなものが建っている。ビーグルを降り、ラボの中を進むと、いろんな研究をしているみたいだ。
「最新鋭の研究をしているラボよ。ここで細胞を培養して移植手術ができるの。この船には老人が多く入るからね。自分の細胞を初期化して移植するの。配給所はこっちよ」
雪菜の後ろをついていく。研究室にはいろんな機械やフラスコなどが置いてある。それらを覗き見ながら雪菜についていく。配給所が間もなく見えてきた。
翔馬は忙しそうに商品棚に商品を並べているおばさんクルーに注文する。
「あのぅ…歯ブラシと歯磨き粉が欲しいんですけど。後、パンツとTシャツとタオルも」
「スーツケースを忘れて来たんだね。今出してやるよ。ちょっと待っててね」
翔馬が持ち込んだ物はデモで汗をかいたら拭き取るタオル一枚だけであった。上下もう一枚づつ持っていると心強い。雪菜も下着を注文しているようだ。少し恥ずかしくなりそっぽを向く。
歯磨きワンセットと、着替え一式を手に入れた。
「食堂に行こうか」
「ついて来てくれるの?ありがとー」
あの様な場所になぜ配給所があるのか。全く理解不能だが、翔馬はあり得ない事を思い出した。煙草を持ってきてないのである!昨日いろいろありすぎてすっかり忘れていたのだ。
(そのまま忘れてたらいいのに)
翔馬は配給所に煙草がない事を願いつつ問いかける。
「煙草?もちろんあるわよ。ただでね。何が欲しいの」
「LERKです。レイクロングあります?」
「一万人が半年吸うことが出来る量入荷してるわよ」
禁煙出来る絶好の機会を失った。翔馬は煙草とライターをガックリしながら受け取った。
雪菜のお供で再び食堂に入った。コーラをとりだし、煙草ワンカートンを見ていると、「煙草やめたら」と雪菜に言われてしまった。
「喫煙所はあるの」
雪菜はペーパーパソコンを取りだし例の設計図を見せながら、一番後ろのどん詰まりを指して見せた。
「ここ以外全て禁煙よ」
最初に入る食料庫の三階部分に追いやられている。まるで犯罪者扱いだ。
「雪菜さん。この設計図をコピーしてもいいかな」
「いいわよ。もう秘密の物でも無いしね」
翔馬は自分のペーパーをとりだし、アタッチメントを重ね合わせ、コピーを取る。
食堂は朝飯を食べる為に集まった人々でごった返していく。雪菜も今日はおでんのようだ。
「そのおでん、旨かったよ」
「あら、気が合うわね。大根がおいしくってもう」
「なんだ。食べた事有るの」
「現場監督だからね」
翔馬が設計図を見ながら尋ねる。
「病院は何処に有るの。ほら、俺らの病気って薬飲まないととんでもない事に成るだろう。今の薬で俺は激躁にも、鬱状態にもならなくて済んでいるんだし」
鬱病と躁鬱病の薬は、病気は似ているようだが全くの別物だ。躁鬱病の鬱状態の人に鬱病の薬である抗精神薬を処方すると一気に激躁状態になってしまう事がある。極めて危険なことなのだ。躁鬱病専用の薬を飲まなくてはならない。
「私も薬が後僅かだわ。ご飯を食べてから案内するわね」
雪菜の食事が終わった。ビーグルに股がると、大きな廊下を抜けて、さっきとは反対側の路地裏を進んで行く。路地裏は飲み屋街になっている。こちらも公園になっており、かなり大きな病院があった。
病院はもう開いていた。名前を書き込むと、二人して順番を待つ。
「雪菜さんはなぜ建築関係に進んだの」
翔馬が聞く。
「時折とんでもないほど大きい建築物があるでしょう。小さな人間がこんなものを作り上げることにロマンを感じたからかな。そっちは?」
「俺は趣味の延長だよ。プログラムを組み上げるのが好きだったんだ。一度は病気持ちだし諦めていたんだけどね。やはりこの道しかないとそっち系の会社に就職したんだよ」
何気ない事を話していると、雪菜はとても話しやすい女性だと感じる。デモの時のハイテンションなイメージとはうって変わって、物腰も柔らかである。少々女性が苦手な翔馬にとって有難い存在だ。
翔馬の診察の番がきた。診察室に入って行く。先生に今の精神状態を話す。
「ふーん。小康状態のようだね。今まで処方されてた薬でかまわないでしょう」
「はい。それでお願いします」
続けて雪菜の番だ。翔馬は新品のソファーに腰かけていると、こちらも直ぐに診察が終わる。
しばし待っていると、薬局からアナウンスがあった。
「泊様。泊翔馬様」
二週間分の薬を受けとる。これでひとまず安泰である。雪菜も二週間分を受けとると、病院を後にする。
寝床に戻るとさっそくゲームを始める。今度は雪菜のナビゲーションをインカムで務める。
「キャー!」だの「ギャー!」だのこっちもうるさい。先ほどの物腰の柔らかさは何処かに吹き飛んでしまっている。
小ボスの手前までやってきた。
「その建物の二階に進んで。少し強い奴が現れるけれど、落ちついてやれば簡単だからね」
「ラジャー!」
小ボスと一騎討ちである。雪菜の方はゲーム慣れしているようで、難なく敵をやっつける。第三セーブポイントに到着した。石が光った。
「ここで今日は終わりにしよう。達彦くんを置いてきぼりにするのもなんだし。スタート画面からアスレチックモードに入る事が出来て、アクションの練習ができるよ。今日はこっちで自主トレと行こう」
「分かったわ。私、ちょっと寝るわね。なんだか疲れちゃった」
「俺もですよ。お休みなさい」
「お休みー」
腹が膨れると眠くなるものだ。翔馬もうとうとしてきた。
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