一万人の行方
公園には翔馬達の後を追ってどっと人が雪崩れこんで来た。皆全力で逃げてきた為か息があがっている。この先一万人も入ってくるのだ。広い公園でもいっぱいになってしまうだろう。
「あの宇宙食は一万人いるとして、どのくらい持つんだい」
「さあ、分からないわ。無尽蔵に用意されているとしか言えないわね」
「無尽蔵ねぇ…」
翔馬は次々に公園に入ってくる人々を眺めながら、大事な事を思い出した。
「君のブログに『空間変位』という件があっただろう。字面から見てなんとなく分かるけど、SFなんかで出てくるワープの事を言うんだろう」
「そうよ。『空間転移』とも言うわ。これも重力子のエネルギーをためて助走もつけずに一気に『重力場』を変位させる事が出来るシロモノよ。まだ実用段階に入っていないけど核戦争が起きたからには実行せざるを得ないわね」
「ズシーン!」
翔馬達が話し込んでいると、二発目がまたもや東京方面を襲ったようだ。今あの核シェルターはどうなっているのだろうか。多くの犠牲者が出ているに違いない。翔馬はやるせない気持ちになった。このデモに参加してなかったら自分も命がなかったであろう。
ペーパーパソコンを開いて見た。もうどこの局も人々が逃げ出しているらしく、テレビ放送は全滅である。ラジオに変えてみると、一局だけ放送を続けていた。
「…というわけで、ブロックは三層目まで木っ端微塵にされてしまった。放送しているラジオ、テレビ局もみんな放送を放り出し逃げ出したようだ。しかし俺はこの放送から逃げずに続けるぜ。どうせみんな死んでしまうんだからな」
気骨のあるパーソナリティーらしい。もはや自分の死を覚悟しているのであろう。
「こういう時に取っておきの曲をかけるぜ。少々古いがヴァン・ヘイレンの『ジャンプ』だ」
美しいキーボードとギターのイントロが始まった。翔馬が生まれる遥か前の曲らしい。
その曲に聞きいっていると、今度は雪菜から質問があった。
「あなたもよく私のブログを探り当てたわね。どうせ変わり者だと思っているんでしょう」
「まあ、少しは…」
「私のブログの中に書いている事は全部本当よ。誰も信じないけれど。今現在戦争が始まったのが何よりの証拠でしょ。日本人はここの一万人を除いて全滅するわよ」
少しゾッとする話しだが信じざるを得ない。
「球状星団ってなんだい」
「詳しい事は分からないけど…恒星の集まりじゃないかしら。そこには無数の地球型惑星があって、その中でも特に地球に似た惑星があるらしいの。人から聞いた話しだけれど。そこは四光年地球から離れていて、空間変位を六回繰り返さなくちゃならないと言ってたわ。一回空間変位をやると、次の重力子のエネルギーをチャージするのにおよそ一ヶ月かかるらしいの。つまり単純計算で半年間の航海になるはずよ」
やがて公園は人でいっぱいになった。身動きが取れない状態である。翔馬はその一角に政治家集団を見つけた。こういう時ほど日本を導かなくてはならない筈なのに、真っ先に逃げようとしている。総理大臣の姿も見える。やはり誰も自分の命が一番大事なのだ。
「これを見て」
雪菜が自分のペーパーパソコンを取り出してパスワードを入力し、翔馬に渡す。そこにはこの船の設計図が事細かに書いてあった。さすが現場監督である。
「私はここの運転室には行った事がないの。ついてきてくれるかしら」
「もちろんオーケーだよ」
公園はすでにぎゅうぎゅう詰めになっていた。二人は人混みの中をかき分け別のブロックに移動した。公園を抜けると途端に体が重たくなった。
「これはなんだと思う?」
雪菜がいたずらっぽく質問をする。
なにやら木馬のような乗り物のようである。雪菜はその一台に乗り込むと、あろうことか宙に浮かび上がった!
「これは『スカイ・ビーグル』という乗り物よ。自分がこの方角に行きたいと思えばその通りに移動してくれるわ。」
技術はここまで進んでいるのか。翔馬は驚きを隠せない。
「乗ってみて!」
恐る恐る木馬にまたがる。
「その体勢から頭のなかでこの方角に行きたいと思えば自動で行ってくれるわ。最高時速は80kmよ」
翔馬は空中に行きたいと念ずる。するとふわりと浮き上がり1mほどでピタリととまった。しかし姿勢の制御が難しい。
「走っているうちにすぐに慣れるわ。ついてきて」
雪菜が走り出す。翔馬はまだふらふらしている。頭のなかで雪菜の方角を念ずると、どうにかそちらに動いていく。
ふらふら雪菜を追いかけていくと、巨大な廊下のような一角へ出た。両脇には先ほどと同じく睡眠カプセルがぎゅうぎゅうに詰まっている。巨大な廊下は子供を遊ばせる空間のようだ。眠るスペースを削っても、子供の成長を最優先したのだろう。
やがて廊下も途切れ細長い入り口が現れた。雪菜はそこへスカイ・ビーグルを置き、前に進む。遅れて翔馬も後へ続く。
雪菜は運転室のドアを開け、怒鳴りこんだ。
「早く船を出しなさい!中国はこの船の情報もつかんでいるはずよ。ここを核攻撃されたらどうするの。全ての望みが断たれるわ!」
運転室にいたクルーたちはきょとんとしている。しかし、また深刻な顔に戻った。
「まだ八千人程度なんです、お客様。一万人を越えたらただちに出航しますのでどうかそれまでお静かにお待ち下さい」
「もう二発も撃たれているのよ!いつこっちにくるか分かったもんじゃないわ」
「艦長、大阪に被弾!主に都市部を狙っているものと思われます」
レーダーを覗いていたクルーが報告をする。
「聞いただろう。ここにはまず撃ってきませんよ」
「発進のボタンはどれなの!」
雪菜が機械に触ろうとするので、二人のクルーに取り押さえられる。
別のクルーが雪菜に同調する。
「出入口は車の山になっているそうですよ。残りの人達の入場を妨げているに違いありません。一刻を争う事態ですし、もう出航したほうがよろしいんじゃないでしょうか」
艦長と思われる男が腕を組み考えこんでいる。
腕を振りほどき大きく息をはき、決意したようだ。
「それではメインの出入口を閉め直ちに出航する。なお本件のやりとりは他言無用とする。分かったな」
他のクルー達も敬礼して、命令を受け入れる。出入口を閉じて人の出入りが出来なくなる。艦長は責任感いっぱいの青ざめた顔をしながら命令を下す。
「全員配置に着け!一分後に本艦は浮上する」
翔馬達も身構える。きっかり一分後に船が細かく揺れ始めた。どうやら上昇しているようだ。
「これから本艦は空間変位を行う。座標202-538-996。訓練通りに進めてくれ。以上!」
あの出入口に到達しなかった人達はどう思ったであろう。二発も原爆を被弾し、パニックになっているところへ追い討ちをかけるようにシャットアウトである。見捨てられたのだ。口惜しいに違いない。
翔馬は気分を変えたかった。このままでは鬱転してしまいそうだったからだ。
空間変位といっても体が伸びたり縮んだり、色彩に変化があったり、何か特別な事が起こるわけではなかった。
「メインエンジンの所へ行ってみよう」
腕組みをしている雪菜を運転室から引っ張り出し、道のりを聞いた。
「任せてちょうだい」
雪菜は通路をすたすたと歩いていく。そこへ場内アナウンスが流れ始める。
「お客様にお伝えします。ただいま空間変位中でございます。なるべく慌てず騒がずお静かにお願いいたします」
さっき乗ってきたスカイ・ビーグルに再び乗り込むと、今度は大きな廊下の底に到着した。雪菜が通路へのドアに顔を近づけ、虹彩を使った生体認証で開けるとまたスカイ・ビーグルに乗り込み「こっちよ」と言って中に入って行った。翔馬もあわてて通路へ入る。
少し長い通路を抜けると、もう一度生体認証だ。厳重に管理されているらしい。
中に入ると驚いた。翔馬が想像していたよりもはるかに巨大なのだ。下からでは全貌が見えないくらいに。
空間変位中なのか、円形の本体は高速で回転している。
「あの階段を登ると全体が見渡せるわ」
雪菜は一気に上昇する。たどたどしく翔馬も後に続く。かなり高い位置にある、手すりのついた円形の通路に到達するとメインエンジンの全貌がやっと掴めた。
それは金色に輝き、円形の中心部分に大きなへこみがある。脇の壁にはこのエンジンを制御するためと思われる様々な機械が並んでいて、エンジン専門のクルー二人が、なにやら操作をしている。翔馬は興味を持ち、そちらへ向かう。
「その機械でエンジンを制御しているのですか」
突然の珍客に驚いた様子だ。
「今操作中です!話しかけないで下さい!」
翔馬の質問はあっさりと一蹴された。
同じく下に降りてきた雪菜に言った。
「操作中だから話しかけるなだとよ」
「そりゃそうでしょう。ここに人がいる方が不自然なんだから」
やがて、フォンフォンフォンという音とともに回転が収まっていく。完全に停止した。空間変位が終わったようだ。
翔馬が手の空いた一人に質問する。
「この制御盤のプログラミング言語はアセンブラで書いたものですか」
「さあ、そこまでは…制御の仕方だけをトレーニングしてきましたので、システムは扱えるんですが、プログラムは書けないんです」
プログラマーがいないとは!もし制御盤に不具合がでたら、この宇宙の片隅でにっちもさっちもいかなくなってしまう。ずさんな機関部の体制に翔馬は怒り始める。
「もう、一回目の空間変位は終わったのでしょう。太陽系も脱出したようですし、プログラマーが不在とは、致命的ですよ。何故プログラマーがいないんですか」
「多分、この船の乗船を断ったと思います。こちらの足下を見て報酬を吊り上げていったのでしょう。システムはもう出来上がってますし、艦長の判断で切り捨てたんだと思われます」
そのプログラマーはバカではないのだろうか。日本が核戦争に巻き込まれ、宇宙空間に出てしまうと、報酬なんかただの紙切れである。コンピューターばかりをやって世間をしらないのだ。
「制御盤を少しあたっていいですか。こう見えてシステムエンジニアですから」
二人は「ほう」という顔をしながら翔馬に任せた。
「プログラム言語はアセンブラですか」
「い、いやそこまでは…」
パソコンの上に個人のパソコンを繋ぐアタッチメントがある。翔馬は自分のペーパーパソコンを繋ぎ、直接機械語のエリアに侵入する。パソコンは小一の頃からやっているので、こんな事はお手のものだ。アセンブラの痕跡はない。直に機械語でプログラムしているようだ。機械語も翔馬がいつも使っている物と同じだった。みる人が素人だとただの数字の羅列に過ぎないがコンピューターというものは2進数で動いている。通常2進数を4進数に、4進数を16進数に振り替えてプログラムが出来るようになっている。翔馬は幼いころからやっているので、なにかの文章を読むように機械語が読みとれる。そして問題解決のプロフェッショナルである。
問題はないようだ。ひとまずホッとする。
「何か問題があれば直ぐにアナウンスして下さいね。泊と申します」
名刺を渡すと、翔馬は自分のペーパーパソコンを3cmほどの円筒形の本体に仕舞った。
「飯はどうするんだい。まさか食料倉庫まで行って食うんじゃ…」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと食堂があるわ」
雪菜がけらけら笑う。なんだか恥ずかしくなる。
「あとは風呂とトイレと洗濯機。これも標準装備だろう」
「風呂は各寝室のワンエリアに大浴場が一つ。トイレはワンエリアに十台、洗濯機は私たち設計者たちもおおもめしたんだけど、二十台で落ち着いたわ」
「さっそくで悪いんだけどトイレはどこかな」
翔馬が腹を押さえると、雪菜が立ち上がった。
「こっちよ」
なるほど寝床の奥に大浴場とトイレと洗濯機があった。翔馬はさっそくトイレに入り用をたす。
雪菜も女性用から出てきた。腹が減ってきた。もう午後の5時頃だろう。食堂に連れて行って貰う。
その途中でスカイ・ビーグルに乗っている者が現れた!翔馬たちの様子を見ていたのであろう。自分のスカイ・ビーグルを取られかねない。
雪菜はピンと来たようだ。
「大丈夫よ」
虹彩による生体認証の方法を見よう見まねで教わった。こういうのは早い者勝ちだ。
「じゃあ動かしてみて」
フォンという音とともに微かに浮かび上がった。次に雪菜が生体認証を行っても何の反応もない。これで大丈夫だ。
二人は食堂へ向かう。食堂にはまだ十人ほどしか来ていない。雪菜は白い冷蔵庫の前に立つと、扉が自動的に消えた。五つの種類から選べるようだ。ミネラル・ウォーターの横にコーラも置いてある。これは嬉しい。
雪菜はベーシックを選んだ。栄養バランスも完璧で味付けは肉ジャガ味である。後はこれを大皿にもり、レンジでチンすればできあがりというわけだ。
翔馬はカレーを選んだ。豚カツつきだったからだ。これも大皿に盛りチンする。
「いただきま~す」
想像よりも遥かに旨い。宇宙食というとまずいイメージしかなかったのだが、これは嬉しい誤算である。豚カツ大好きの翔馬は一日に一回はカレーを食べようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます