一発めの核攻撃

「決起せよ!若者よ。今ピンクの宇宙船が、東北道の横に建造されつつある。あれは単なる食料庫ではない。空間変位を場に起こし恒星間の距離を一気に縮め、球状星団内の無数に散らばっている惑星の一つへと旅立とうとしている。その宇宙船に乗れるのも上流階級の家族一万人だけというではないか!是非ともそれを改めて、完全抽選式にしてもらいたい。来週の日曜日にシュプレヒコールをあげ、デモを行う。集会場所は同建造物前。時間は朝の十時である。なお、突然の事態にそなえてスーツケースに着替えを持って来ること。以上!」


 やはりそうだ。翔馬と同じ考えを持った人間がいたのだ。しかし、政財界のお偉いさんの家族だけが地球を離れるというのは覆らないであろう。だが、箝口令を敷かれている今でも自身のブログにこのような記事を上げる女に会いたくなった。名前はおそらく実名だろう。高橋 雪菜ゆきなと名前の欄にある。とにかく来週の日曜日にデモに参加しようと思った。


 翔馬の職業はシステムエンジニアである。そして、コンピューターに直接命令を下す機械語も、必要とあればプログラミングする。二つの仕事を、それも機械語を同時にこなす翔馬なら必要人員として一万人の中に潜り込めないだろうか。核の脅威が現実になれば、一刻も早く逃げ出したいのだ。


 アメリカの政権は今現在共和党が握っている。それもかなり保守層の強い政権なので大統領も移民を受けいれなくなっている。人口は軽く九億人は突破しており、食料も水も滞っている状況なのだ。


 自分が大統領の立場だったらどうするだろう。やはり口減らしのため、今五十億人もいる中国に核戦争を仕掛けるだろうか。


 翔馬はさすがにそれはないと思った。広島に原爆を投下した時の直接の死亡人数はおよそ二十万人と何処かで聞いた事がある。五十億人も殺戮するのには核兵器がいくつあっても足りないであろう。


 しかし、戦争は理屈だけでは起きないものだ。感情のもつれでなし崩し的に起こる事もある。起きたら最後、待っているのは報復合戦だ。アメリカと同盟国の日本も無傷では済まないであろう。


「なるほど、そういう事か」

 翔馬はやっとさまざまな事が頭の中でつながった気がした。


 その記事のコメント欄に自己紹介を書く。


[こんにちは。私は泊翔馬という者です。システムエンジニアをやっています。あのピンクの食料庫のようなものに、今日トラックの運ちゃんに無理を言って助手席に乗らせてもらい、忍びこんできました。中はバカみたいに広く、宇宙食と思われるレトルト食品を入れた段ボールが、空高く山積みになっていました。私もあれは宇宙船と思っています。高橋さんはその情報をどうやって手に入れたのでしょうか。よろしければ返信をお願いしたいのですが。メールアドレスは○○○○@○○○です。よろしくお願いいたします。長文ですみません]



 翔馬はやっと自分の仕事に戻った。とある企業のシステムに不具合が出て、そのバグをプログラムし直す作業である。なかなか正常化できない厄介な奴だ。しかしすぐさまプログラムを改善すると、本社に送りつけた。今日の仕事はこれだけだ。本社は不具合が厄介なものとみて、丸一日を見積もっていたのだろう。


 コメントをしてから二時間もしただろうか。雪菜から返信が帰ってきた。


[初めまして。高橋雪菜です。 私はあの船の建造に携わる者でして仕事上船の中の見取り図には詳しいつもりです。その中の中心部に大きなエンジンらしきものがあるのです。形は普通のエンジンとはまったく異なり円形をしています。同僚と話しあった結果、この建造物は宇宙船との結論に達した次第です。さらにさまざまな人に聞き込みをしたら、政財界の家族しか乗れないとの情報を得ました。それはあまりに理不尽だと今回デモを決行することになりました。泊様も参加してくれれば幸いです。高橋雪菜より]


 陰謀好きだが活動的な人物のようだ。翔馬は返信をする。

[私もデモに参加する予定です。よろしければそこでお会いしましょう]


 書き終えるとベッドに横たわる。今日はいろんな事があった。頭の中で整理をしていく。まどろんでいると、いつの間にか眠りについていた。



 次の日には出社をした。クライアントと昨日の仕事について直接面談をするためだ。ウイルスを仕掛けられていたのではないので不具合もなくなっているようだった。人工知能がいくら発達しても最後はやはり人の手がいるのだ。


 午後は知り合いのクライアントへルート営業だ。システムのここがダメだの、こういう風に改善をしてだのお客さんのわがままを聞いて回り仕事を発注してもらう。要は御用聞きである。しかしシステムを改善し、お客さんの喜んだ顔を見ると、充実感を感じる。まだ大学を卒業して二年間しか経験してないが、仕事の面白味は充分分かっている。



 翔馬は目を覚ました。そしてベッドのなかで思い切り伸びをした。昨日は仕事もなかったので、夜の十時には眠りについた。時計を見ると朝の五時である。今日はデモの日だ。


 相変わらず、夜の暗さである。この閉鎖空間をベランダから見ると鬱状態に陥りそうになる。デモにはまだ五時間もある。翔馬はシャワーを浴び、テレビをつけた。コーヒーを飲みながら体を拭いているとニュースが始まった。しかし今日のデモの事には一言も触れない。代わりにアメリカと中国の核の牽制合戦のニュースが特集で取り上げられていた。実際、核戦争になったらどちらが強いのだろうか。


「水爆とかあったよな…」

 確かただの原爆より強力だったはずである。翔馬はネットで調べてみる。原爆は強力な兵器であるが、ウランやプルトニウムをどんなに増やしても最大でも広島、長崎級原爆の十倍程度のエネルギーを持つ原爆しか作る事ができない。それに対して核融合反応はそれを起こす物質を追加すればいくらでもエネルギーを増加させることが出来るという特徴を持つ。その為、二重水素、三重水素を利用することで広島、長崎級原爆の数十倍~数百倍の爆発エネルギーを持たせた核兵器が出来るそうだ。


「えらいことだ!」

 思わずパソコンを閉じてしまった。

 翔馬は広島級原爆しか、想定してなかった。一発でその数百倍の爆発を起こす水爆の打ち合いになったら…


「東京の核シェルターなど一発で吹きとんでしまう!」


 気付け薬にコーヒーを飲み煙草をふかす。どんな手を使ってでもあの船に乗り込まなくてはならない。人類滅亡も陰謀マニアの戯言と、一蹴出来なくなってきた。



 外は薄ら寒い。時刻は九時半である。翔馬はジャンパーを着込み愛車のRA-1で出かけていった。


 船の前に駐車をすると、デモの集団を探す。ちらほらお互い恥ずかしげに集まり始める。


「デモの方ですよね」

 翔馬が聞くと、遠慮がちに頷く。

 十分前になった。黄色いはっぴを着て、「怒り」と塗装をしたヘルメットをかぶり、手には「政財界の横暴を許すな!」と書いたプラカードを持った、本格的な人間が現れた。翔馬は聞いてみる。

「高橋雪菜さんですか」

「そうです。あなたは泊さんですか」

「はい。よろしくお願いします」

 想像よりも華奢な人だった。見かけだけでは陰謀マニアとは到底思えない、愛くるしい顔をしている。


 十時になった。集まってきたのはたったの三十人程度である。翔馬がイメージしていたデモは数百人が集まり、大勢でさわぐものだと思ってやって来たのだが、僅か三十人では盛り上がるものも盛り上がらない。


 しかし雪菜が突然大声で叫び始めた。

「今回の地球脱出は不平等である!完全抽選式にせよー!」


 誰も何も言わない。一言でいって恥ずかしいのだ。


 雪菜がこちらを向いて叫ぶ。

「さあ、皆さんもご一緒に!」


「今回の地球脱出は不平等である!完全抽選式にせよー!」

「完全抽選式にせよー!」

 雪菜が拳を上げると、皆がそれに続いた。少しづつ盛り上がっていく。


 そこへ黒塗りのベンツがゲートへ到着した。四人家族のようだ。富裕層の人間らしい。運転手だけが車を切り返し、またもと来た道へ戻っていく。船への乗船はもう始まっているのだ。


 それを見ると、翔馬もヒートアップしてきた。躁転したようだ。


「完全抽選式にせよー!」

「完全抽選式にせよー!」


 こんなところでシュプレヒコールを上げていても埒が明かない。翔馬はゲートに座っている人間と直接交渉してみる。


「俺はシステムエンジニアだ。必要とあればプログラミングもこなす。船の中にはそういう人員も必要なんじゃないか!」


 ゲートの男は考えている様子である。そこへあろうことか、東京方面から閃光が走った!


 しばらくして物凄い音がした。無数の建物が一気に瓦解したような音だ。おそらく原爆であろう。水爆はまだ仕舞っており、中国がアメリカを威嚇するために放った一発に違いない。


 当然船のゲート前はパニックになった。ゲートの男は想定外の出来事に三十人程度は受け入れる気になったに違いない。ゲートを開け、自分が真っ先に船の中へ入っていった。


 デモ組も目を血走らせて後に続く。やがて無数の黒塗りの車がゲート前に集合し始めた。


 翔馬は雪菜の手を取ると「来い!」と言ってRAー1の後ろに乗せ、バイクを発進させた。雪菜はプラカードを投げ捨てた。ごみごみした車の間隙を縫うように進むと、壁をすり抜ける。例の食料庫だ。その一角にRAー1を停め、通路を探した。


 どちらが先に核兵器を使ったのだろうか。やはりアメリカか。今のアメリカの政権は極右と言っても過言ではない。


 しかしアメリカと中国が反目しあっているのなら、お互い同士で戦争をすればいいものを、なぜ日本を巻き込むのか。翔馬はだんだん腹がたってきた。


 食料庫の中では閃光を直に見てしまったと嘆く者、家族と一緒に泣き叫ぶ者、家族と離れてしまった者。いろんな人が次々に食料庫へ入ってくる。


 最後は車ごと突っ込んできた者達も出てくる始末だ。翔馬のRAー1と反対側に車を停めた。


「通路はこっちよ」

 雪菜が翔馬の腕を引っ張り、食料庫の横の扉へ入って行く。内部のドアは通常の金属のものらしい。やがて、何百メートルか分からないが、細い通路へでた。雪菜が進む通り、翔馬も後をついていく。


 今までの吹き抜けのつくりとは違い、各階が細かく別れているブロックに到着した。一階一階が、約2mしかなく、一つの部屋が一畳くらいしかない寝室の集合体にたどり着いた。カプセルホテルのようなものだ。一万人が寝起きするならこのくらい寝室を詰めなくてはならないのだろう。


「寝室を取っておきましょう」

 ナンバーを見ながら一万越えしたブロックのさらに一番ラストのナンバーの寝ぐらを二人分確保し、スーツケースを置いた。翔馬はスーツケースを忘れて来てしまっている。雪菜が着ていたはっぴを枕元に置く。


「この船には、個室などないわ。皇室だけが個室にお入りになるだけよ。だからその分一万越えのベッドもあるの。それと50人近くのクルー用の奴ね。流石にそれ以上とれないから、一番最後の奴を取ったのよ。個室番号がある人の寝床を間違って取ってしまったら、トラブルになるのは目に見えているからね」


 さすがに中で働いていただけのことはある。的確な判断である。翔馬は中を見て回りたくなった。

「今から見物にいくんだけれど、案内してくれないかな」

「いいわよ。私も見たい所があったし」


 雪菜ははっぴの下には迷彩柄のシャツを着ている。完全に戦闘服である。この娘もやはり躁鬱病なのか…


「中に公園があるの。そこで色々話しましょう」


 雪菜が先導するままに翔馬はついていく。寝室ブロックにかなりの空間を取っているようだ。翔馬は雪菜に尋ねる。


「この船の中でどんな仕事をしていたんだい」

「この船の現場監督よ。もう三年近くになるわ。かといってすべてを建造したわけじゃないの。特にこの特殊な外壁とエンジン部分は別の専門業者が作り上げていったわ」

「そうか、なら内部の構造はほぼ知ってるわけだね」


 二人は公園に出た。密閉された空間なのに、日光が入っている。途端に体が軽くなり翔馬は驚いた。


「驚いたでしょう。ふふ。公式には発表されていないけど重力子はとうの昔に発見されていて、この船の中では実用化されたものが色々あるのよ。公園だけ重力を2分の1に設定したのは、乗り込んでくる人にお年寄りが多いと思われるからよ。腰の負担を軽減するためにね」


 翔馬はベンチに腰かけた。なるほど楽である。後ろでは公園の草刈りをしているロボットがせわしなく行ったり来たりしている。


 その愛らしい動きに翔馬は思わず笑ってしまった。

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