遥かなる旅路

村岡真介

疾走するRAー1

 首都高をぶっ飛ばしている若者がいる。バイクはゴライアス RAー1だ。運転を手動モードに切り替えると、乗り心地がダイレクトにドライバーに伝わり気分がいい。車の間を避けるように進んでいくと、全ての車は最新レーダーで後部の車の動きも捕まえるので若者のバイクがまるでジッパーのように前の車の間隔をあけて、バイクが通り過ぎるとまた元に戻っていく。


 若者は湾岸線に侵入する。このバカ高い道路から最近は郊外に妙なものが建造されているのが見える。それはドーム球場5つ分ほどの広さがあるだろうか。壁も、天井も薄いピンク色で覆われている。


 パトカーのサイレンだ。若者は再度スピードを出し、首都高を疾走する。長いカーチェイスだ。後ろからパトカーが来たため走行車線が空いて、バイクが一層運転しやすくなった。しかし後ろから来た白バイに横につけられ、三台のパトカーに行く手を遮られ捕まってしまった。


 若者は手を上げ、身体検査を受け入れる。


「何も怪しい物は持っていない模様です」

 上司らしき警官が青切符を切って渡す。

「泊翔馬…一時停止違反、こんなので普通逃げるかなー」


「何かしら心のつかえがあって、衝動的に逃げてしまいました」

「まだ若いといっても二十五なら突っ張る年でもなかろうに」


 最近は自動走行する自動車ばかりになってきているのが寂しいのか、ひさびさに捕まえた獲物を離そうとはしない。


「職業はなんだ」

「システムエンジニアです。必要とあれば機械語でプログラミングもします。ミスが発覚すると、気が気じゃないんですよ。ストレスのたまる仕事です」


 警察はひとしきり注意をすると、三台とも去っていった。


 会社に電話をかける。今日は風邪気味であると告げると簡単に許可が出た。自分の家で進めればとやかく言われない仕事なのだ。


 翔馬は海を目指した。公共の場では、東京全てが禁煙なのである。それとこの閉塞感の塊のような空間におさらばしたかった。今や高層ビルを除いては50m×50m、奥行きが50mのブロック状のコンクリートで覆われ、昼になっても薄暗く息が詰まるような都市に変貌してしまっているのである。


 この構造物の建造は、翔馬が産まれた時にはすでに始まっており、もう五十年も経つという。新しいビルはこのブロック内に収まるように設計される。建設費が安く収まるからだ。


 表向きには黄砂の影響だったり、PM2.5がどうのこうの取り繕っているが、本当の目的は皆分かっている。東京23区全体を核シェルター化する計画なのだ。


 今世界は極限までの人口爆発を起こし、その数は二百億人とも言われている。世界のどこかで常に食料や水を奪い合う戦争が起こり始め、核戦争まで秒読みだというのである。


 特に中国である。世界中で人口爆発が起こりつつある現在、その先頭を走っているのがこの国なのである。人口はゆうに50億人を超え、いつ日本に襲いかかってきてもおかしくない状態である。


 中国は今首都を上海に移している。北京は砂漠化が進み、人が住めない状態になってしまったのだ。それでも人口は10億人は残っているという。どうやって生きているのかは分からないが、何かしら残らざるをえない事情があるのであろう。人はどんな状況でも逞しく生きて行けるものだと翔馬は思う。



 薄暗い公園を抜け、長いスロープを降りて行くと海がみえる。ここでバイクを降りる。ワンブロック全てが広い空間になっている海を覗くと、10m位下で波がじゃぶじゃぶいっている。


 翔馬は煙草を取りだし一服する。殺風景な景色だが、海岸線だけは貿易船の出入りもあり、規制も緩やかなのだ。しかし、核攻撃に対してはここが唯一弱点とも言える。


 今東京は流行り病のように、鬱病や躁鬱病が蔓延している。それは人口の四割にも達する。この閉塞感に満ちた薄暗い都市の環境に耐えられなくなった人々が悲鳴を上げはじめているのだ。


「人口の四割が、鬱か躁鬱病だと!ばかな、何かの間違いだ」

 専門家は統計を記したファイルを破り捨てた。


 このような結末までは考えていなかったのであろう、一度動き始めた公共事業はラストまで止まらない。いろんな人間の思惑と利益が複雑に絡み合い、物事は進んでいくものなのだ。


 翔馬も躁鬱病の診断結果が出ている。躁状態の症例として、異常な行動力、ケンカ早くなる、金使いが荒くなる、多弁、睡眠不足など、躁エピソードのオンパレードだ。



 今日は休みも取れたので、先ほどのデカイ建造物にいってみることにする。たばこをコンクリートで揉み消し海に捨てる。立ち上がり思い切り背を伸ばすと、眠気が吹き飛ぶ。


 RAー1に乗り、前後を切り返すとまた長いスロープを登っていく。


 一般道へ出た。とりあえず東北道へ向かう。核シェルターの奥に入るにしたがって、回りが薄暗くなっていく。


 翔馬はライトをつける。少し入っただけでこれである。中心部分は完全に夜と区別がつかなくなっている。


 東北道を北に向かう。近くに行けば行くほど大きさを実感する。やがてその施設だけに続く道路に入っていくとゲートが表れた。

「通行証は?」

「いや、持っていません。近くで見物しようと思いまして」

「それじゃあ帰った帰った。通行証がないと中に入る事はできないよ」


 仕方なく外から見てみる。高さは50mぐらいであろうか、有刺鉄線が張りめぐらされており、ゲート以外出入口はないようである。


 表面の壁はつるりとしており、何の素材で出来ているのかまるで分からない。実体がないように見える事もある不思議な壁である。


 時折大型トラックがゲートを通り抜けてピンクの壁をすり抜けていく。壁の一部が開いてではない。すり抜けていくのだ。最近の科学技術の粋を集めて建造している建物と思える。


 翔馬は満足したのか、またバイクへ戻ってエンジンをかけた。昨日の仕事の続きをやるためだ。翔馬はまた東北道に入り、まずはランチを食べるために発進した。



 薄暗い空の下でレストランが営業している。行きつけのチェーン店だ。豚カツ定食を頼むと、ペーパーパソコンを広げる。ペーパーパソコンとはモバイルが極限に進化したもので縦横とも3cmほどの円筒形 の物体で、ジッパーを引き出すと横に20cm縦に10cmの紙ほど薄い画面が引き出され、そこでネットはもちろん、重要書類の署名やテレビや電話からなにから全てこれ一台でできる優れものである。その携帯性の便利さから、一人一台は大抵持っているほど普及している。


翔馬は仕事ではなくテレビを見てみる。公共放送にチャンネルを合わせる。時間はちょうど正午、昼のニュースが始まったところだ。


 国連軍縮会議が行われていたニューヨークで爆破テロが起こったらしい。死者29人、負傷者を入れれば83人の犠牲者を出した。会議では核兵器の廃絶に向けての議題が中心だったため、早く核戦争を起こしてほしい「空に届いて」というリボーン願望のある若者達の結社が犯行声明を出したようだ。

「後味の悪いニュースだ」


 翔馬はチャンネルを変えた。首都シェルター化計画は残り一割まで進んだそうだ。これで東京にいる間は夜の暗闇に閉ざされる事になる。


 豚カツ定食を食べながらまたチャンネルを変える。お昼のバラエティーでも見る事にする。


 あの建造物はなんなのだろう。翔馬は色々推測してみる。やはり新型の核シェルターなのだろうか。いやそれはないだろう。あのような薄っぺらい構造で核が防げるはずがない。


 横からしか眺めていないのだが、船の形をしているようだった。クルーズ船だろうか。いやその線もないだろう。船は海岸線のドッグで作られるものだ。陸上で作っても移動手段がない。


「まさか宇宙船だったりしてな、ふふん」

 荒唐無稽な事を考えついて、思わず苦笑した。


 翔馬は無性に中に入りたくなった。ゲートの男は通行証を見せろと言った。ということは通行証さえあれば中に入れるのではないか。行き交うトラックの誰かが貸してくれないだろうか。


 パソコンを閉じながら考える。もう既に躁状態になっているのは自分でも分かる。しかし止められないのだ。定食の勘定を済ますと、再度ピンクの建造物に向かってRAー1を走らせた。



 今度はじっくり観察してみる。トラックは10分おきくらいに中に入っていく。ゲートから逆に道をたどっていくと、トラックの待機場をみつけた。ここで待機をして、仕事が終わるとまたどこかへ走り去っていくのだ。


 次に入ると思われる先頭のトラックへ声をかける。

「おーい、ちょっといいかな」

 雑誌を読んでる運ちゃんが、笑いながら顔を出す。

「その通行証、少しだけ貸してくれないかな。ちゃんとお礼はするよ。一時間で一万円、いい取引だと思うんだけどな」

 運ちゃんはとたんに渋い顔をする。

「あんまりそういうことはやっちゃあいけない決まりなんだよな。それにこれ、トラックの通行証だぜ。バイクが持っていたら怪しさ100%だよ」

「そこを何とか。二万円でどうか」

「こういうのはどうかな、お前さんただ中を見て回りたいだけだろう。だったら俺の助手席に座って堂々とゲートをくぐりゃいい。もちろん二万円でだ。どうだい」

 ナイスアイデアと思った。少し高くついたが。


早速助手席に乗せてもらう。気のいい兄ちゃんだ。トラックの中は兄ちゃんの部屋になっている。時間が空いた時は、ここで寝るのだろう。飾りを施した日よけ、ナビは当然テレビにもなるやつで運転席と助手席の間には、パソコン兼最新ゲーム機と、退屈しのぎになるものでひしめきあっている。


「ほらこれ、約束の通行料」

 翔馬が二万円を渡すと、しっかり透かしを見ている。納得したのかスナック菓子をこちらへ放る。


「後、二、三分もしたら順番がくるからな」

 翔馬は頷いてスナック菓子を頬張る。


「35番、中へどうぞ」

 きっかり3分でアナウンスがきた。待機場を出てゲートへ向かう。通行証を係員に渡すと、QRコードを読み取り返してくれた。なるほどこれではバイクで通過できない訳だ。


 トラックはゆっくりと「船」に進んでいく。ピンクの壁にぶつかりそうになるが、すうっと先に進める。目には見えるのだが実体がない感じだ。中に入って改めてその広さに驚いた。入り口から入った所は貨物室のようだ。どちらを向いてもレトルト食品か缶詰が積まれている。それがドーム球場一杯分くらい山積みになっているのだ。無尽蔵にあるといえる。


 トラックの貨物ウイングを上げるとフォークリフトが荷物を下ろしていく。その間翔馬は中を探索だ。貨物室は吹き抜けになっており、50mほど上に天井が見える。やはり高いものだ。


「もうすぐ終わるぞ」

 トラック乗りの兄ちゃんが、翔馬に言う。慌ててまた助手席に乗り込む。ウイングを閉じ、後ろに切り替えると出口から出ていった。


 やはり宇宙船の可能性が高い。中国は今必死になって核兵器の増産に努めているという。中国を中心に第三次世界対戦が始まったとしたら…考えたくはないがアメリカがでしゃばって来て、壮絶な核の打ち合いになるのだろう。そうなった時にそなえて、他の恒星系の、人が住める惑星を見つけているに違いない。食料の量からいっても広さからいっても数万人は住めそうである。


 トラックの兄ちゃんに別れを告げ、RAー1で走り出す。宇宙船だと思うとなぜか納得してしまった。どうせ政治家や経済界のじーさんたちが乗り込むのであろう。じーさん達に生殖能力はない。そうして人類は滅びるのだ。


 翔馬はアパートへ帰ると、あの建造物について調べ始めた。アメリカ、イギリス、フランス等々先進国は皆建造しているらしい。そしてやはり使い道が気になるが、箝口令でもしかれているのか宇宙船という記述はどこにもない。国際的な陰謀の臭いがする。


 やはりただの食糧倉庫か…あの壁は核攻撃されても耐えうる、最新鋭の壁なのだろうか。


「ピンク 宇宙船」

 で検索してみる。上から三段目のところにそれらしい記事が見つかった。陰謀マニアの記事のようで他の陰謀、例えばイスラエルがアメリカに中国とインドを核攻撃させ地球の人口を一億人まで減らす計画を持っているだの、KKKが白人以外に食料供給をストップさせるだの書いている奴の記事だ。しかし今現在いつそれが現実になってもおかしくない状況である。ゆえに日本は東京を核シェルター化しているのであるから。


 他にはまだ地球に蔓延しているエイズが、最初は南アフリカを白人だけの国にするために作られたものであり、これを黒人に投与し、黒人の全滅を謀る生物兵器であると真剣に言っている記事など、少し「イタイ」奴のようであるが、何も見つからないよりましではある。


 そこに書いてあった記事はやはり翔馬が思った通りのものであった。

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