6:NOTE「その探偵、出番がない」
「まず、ただの元女中にあのような立派な屋敷をお貸しするという時点で、違和感がありました。本来、独り身の女性には分不相応なお屋敷です。しかも、
私は、一瞬こみ上げる不快な気持ちを押さえ、言葉を続けます。
「
「なにを言っている。どこからそんな、根も葉もない話を」
「確かな情報筋から、とだけ」
それは真実です。この世で、先生の鼻以上に確かなものなどありませんから。
「そんな
「馬鹿なことを言うな」
「何の根拠があって、そんなことを」
「根拠は、
「そうだ。それがどうした」
私は、眼鏡の弦をクイと上げました。
「草履と雪駄しか履かない女性の家に、靴ベラ」
「小ぶりな杖用の杖置き。
ネコ柄の夫婦茶碗と、夫婦箸。
そして何よりも、屋敷内に置かれた
「先生も先ほどおっしゃられていました。偶然も、幾重ともなれば必然です」
先生は、もはや興味はないといった具合に、俯いています。先生の真実は、証明し終えました。ここからは、言うなれば事後処理です。
そのような細かい仕事は、
「証拠などない。そのような絵空事を、よく言ったものだ」
それに対して私は、首を横に振りました。
「確かに、決定的な証拠はありません。これが警察の捜査であれば、採用されないでしょう。しかし探偵にとっては、この程度の状況証拠があれば十分です。
何よりも、
額に脂汗を溜め、私を睨み付けていた
「ですが、お二人の関係には問題があったようですね。
思い起こすのは、くしゃくしゃになった、
写真の中の
あの杖が写っていなければ、私はあの写真の男性が
「写真に写った
思えば、あの封筒はぐしゃぐしゃに
先生が屋敷中から感じていた苦い臭いも、埃やカビではなく、
「きっかけは、恐らく屋敷の売却に関することではないでしょうか。あの土地は、以前は二束三文だったのでしょうが、近年開発が進み、別荘地としての価値が高くなってきています。
しかし、
「ば、馬鹿なことを言うな!」
先生も、それに応じるようにゆっくりと立ち上がります。何かあれば取り押さえようと思ったのでしょう。
しかし
「そんなもの、根も葉もない妄想だ。わしが
先生は、ゲホッと吐き出すように咳をして、ガスマスクを装着しました。どさっと大きな音を立て、深々と椅子に座ります。
「嘘はない」
その言葉を聞いて、若干緊張感が緩みます。目の前の方が殺人犯である可能性は、零ではありませんでした。
先生の言葉に唇を歪める
「
私どもが報告書を書くことで、噂を
「
「わしは、
なのに、奴はわしに歯向かった。わしは、あの屋敷を売って、商売がうまくいけば、よりよい生活を与えられると言ったのだ。もっと便のいい場所に、新居も用意すると。より良い生活を与えられると。いい話だろうが。それなのに、あいつは嫌だと言った」
ああ、この方はきっと。
私が握る両の手に、力がこもるのを感じます。
「榊原区の屋敷を、離れたくないと。理由を聞いたら、思い出があるからなどと、まるで
あいつは、幸せだったはずだ。あんな下らない事で、なぜ自殺などしたのか。わしには、全く理解ができん」
私は、奥歯を噛みながら、懸命に声を出しました。
「
「そんなもの、したことがあるか。生活費を保証しているのだ。欲しいものなど、自分で買うだろう」
「
声が、震えました。
「屋敷に飼い殺され、
この方は
「
人を愛するという事は、なんと残酷なことか。
このお二人の関係が
その渦中にいる人間が、己の罪も自覚せず生きている。これ以上、救いのない真実があるでしょうか。
私は、ただの探偵助手です。
だから私は、ただ願うことしかできないのです。
「人生の全てを捧げた愛を、まやかしと断じた
私は、目に滲む涙を隠すように、
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