”幽霊屋敷”ノート
First:NOTE「その探偵、ウキウキする」
皆様、ご
私は、
今回のお客様は、表に出ている看板を見て、最も依頼料が安い事務所に、飛び込みで入ってきたとのこと。非常に客足が遠い我が事務所にとっては、願ってもない珍事だったのです。
しかし、持ち込まれた依頼は私としては、その……あまり、歓迎したくないものでもありました。
「どうぞ、
氷を入れた珈琲のグラスを、事務所備え付けのお客様用四脚椅子に腰かけた身なりのいい老紳士……
本日は、ポカポカとした五月晴れ。外を歩いてきて体に熱を持っていられるでしょう、額に汗をかいた
水滴が手についたのでしょうか。
「お可愛い
「ん、ああ。ネコがね。好きなんだよ」
この探偵事務所に信頼を置けるか、見定めているのでしょうか。何にしろ、男性からこのようにじろじろ見られるのは、居心地が良くありません。
先生は、いつも通り
私は、先生の隣に立ち、
「それでは、依頼内容を
「ん。うむ」
「結論から言う。君たちには、わしの屋敷に幽霊がいる、という不快な
「幽霊……ですか」
私の背中に、悪寒が走りました。
私は幽霊やお化けと言った、この世ならざるものに少々、苦手意識があります。物理学が目覚ましい発達を遂げた
いや、あくまでも苦手なだけです。怖いわけではないのです。
「うむ、その通りだ。その屋敷は、
詳細を語ろうとする
そもそもそういう話なら、探偵ではなく
そうです。
「かしこまりました、
「幽霊、と言ったか」
電話帳を手にする直前、よく通る声が響きます。声の出所を見やると、両足で
いつも依頼人の話など一切聞いていない先生が、このタイミングで口をはさむことは
とても、嫌な予感がします。
先生が、ガスマスクを少し上にずらし、グエと声を出しました。ゲホゲホと咳き込んだ後、先生は顔を上げました。
鉄色の外皮に透明なレンズがはまったガスマスクの奥に見える目が、おもちゃを見つけた幼児のように、にやりと細まりました。
「非常に興味があるな。詳しい話をしてくれ」
私は、先生の都合のいい耳を恨めしく思いました。
* * *
曰く、
借主様は、
ずいぶんと太っ腹なお話ですが、
探偵は依頼料の安さで選んだのに、と少し思いましたが、もちろん口に出すような
しかし、取り壊し作業に当たった作業員から、訴えがありました。
屋敷に、幽霊が出ると。
「何人かの作業員が、心霊現象を体験したという。
「なるほど。しかし、そう言ったお話ならば、
すかさず、みんなが幸せになれる提案をしました。
何度でも言いますが、私は幽霊が怖いわけではなく、苦手なだけです。この提案は、決して私がこの依頼を受けたくないわけではなく、
「あんな、幽霊が実在することを前提にしているペテン師どもに、払う金などない。幽霊など、おらんのだからな」
「
「当然だ。死者は、生者を侵せまい。それが、正しい世の理だ。こじつけでも何でもいい。なんなら、今この場で報告書だけ書いてくれても構わん。幽霊なんぞこの世にはいないということを、証明してくれたまえ」
私は、ほっと胸をなでおろしました。
これならば、どれほど無能な探偵であっても、簡単に成し遂げられる依頼です。
しかし、この依頼。先生の真実を突き止めるというスタンスからは、かけ離れたものです。普通に考えれば、手間もかからず、非常に
先生が、きちんとお話を聞いていれば、の話ですが。
「なるほど。よく理解した」
先生が、声を上げました。まだ話を聞く集中力が残っているとは、大変珍しいことです。よっぽどこの依頼に、興味がある様子です。
私が何かを言う
「僕に任せたまえ。幽霊の正体、この僕が暴いて見せよう」
私は、静かにため息をつきました。最後の口ぶりからして、先生は全く話を聞いていらっしゃいませんでした。現場を訪れ、調査をする気満々なのでしょう。
二人きりになった事務所で、消臭
「おや
「ただの先生への嫌がらせですので、お気になさらず」
「……さっきから、
先生が、心底不思議そうに小首をかしげます。なるほど、渋い匂いは恐怖の感情なのですね。そこまで感じ取れるなら、私が何を怖がっているのか、わかっていただきたいところではあります。
もとより、先生に察する能力など期待はしておりません。私は大きく息を吐き、先生の向かい、先ほどまで
「申し訳ありません。
「
その意見は無視しましょう。
「それより先生。今回の依頼には珍しく非常に興味を引かれていたようですが、それほど価値のある依頼だったということでしょうか」
先生はしばらく心配そうに見つめてきたのですが、やがてあきらめたようにガスマスクをずらし、ホット珈琲を飲みはじめました。
「いや、単純に、最近では一番面白そうな依頼だったってだけだよ。なんせ、4件連続で素行調査なんかしているからな。あんな無駄な仕事はないよ。浮気しているかしていないかなんて、ちょっと嗅いだだけでもすぐわかるのに、誰も信じやがらない」
先生は、以前依頼主に「お互い様だよ。君も浮気してるじゃないか」といって、怒らせたこともあります。
やはり、先生に察する能力は期待するべきではありません。
「
「いやあ、汚物以下だな」
先生の予想外の言葉に、私は飲みかけの珈琲を噴き出しました。カップが口元にあったのが幸いです。
「大事なことは、金と快楽。臆病な上に誇りもないから、その本心を表に出すこともできない。
しかも、好色ときた。この事務所に入ってきたときも、
先生は、オエッと一回えずきました。
私もまた、
「そんな方の依頼を受けたんですか」
「そりゃあもう。だって、ものは幽霊だろう。あんなクズ、祟りの一つや二つ受けていても、全くおかしくないからね」
先生は、楽しそうに外出の支度をはじめました。新規依頼の事務仕事もそこそこに、早速調査を始めるようです。
私は、
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