Last:NOTE「その探偵、乾杯する」
私は、用意していた珈琲粉に熱いお湯を注ぎ、先生と
その顔には、如実に疲労の色が見られます。無理もありません。
私も以前、先生と論を交わしたことがありますが、その独特の倫理観と、決して折れない信念の強さに
「
目を瞑り、首を横に振る
先生は、決して折れない信念をお持ちです。それ故に、時に
推理ができない先生には、自分の意志を押し通すことが、他者を押しのけることに繋がることを、理解していません。
けれど、それが先生です。
真実の意思を優先し、依頼を失敗されることは、先生以外には決してできないこと。先生がすべきことは、全て果されたのです。
ここから先は、私の仕事です。
私は、
「そうでもないですよ。奥様は、
先ほどよりも数倍焦ったような態度に、先生はゲラゲラと笑いを隠そうともしません。依頼人に対して、大変失礼なことです。
「な、な、なんですって」
「私から、奥様にお伝えさせていただきました。
もちろん、奥様に相談せずに売却するのはよろしくありません。きちんと書面で契約を交わすよう、進言させていただきました。契約書の案文も奥様にお渡ししておきましたので、
ちなみに奥様は、
先ほどまで
「なぜ、そんなことを」
色々と疑問はあったのでしょうが、口から出たのはその一言だけ。
私は、軽く目を伏せるように、
「
奥様には、
実際、奥様はとてもお優しい人格者ですが、それだけに人に騙されやすい一面をお持ちだと感じます。その点、
「私が、今後も奥様のお力になるかなんて、分からないわ」
「わかります。この形をとるならば、
それに……」
視界の端に映る先生は、それはもう暇そうに、右手に乗せたペンをくるくると回しています。すっかり興味を無くしてしまっているようです。もちろん、それでいいんですけど。
先生の仕事は、謎を解き、真実を見つけ、その意思を叶えることです。
そして、その後の雑務は、
「みんな幸せになれる方法があるなら、それに越したことはないじゃないですか」
「完敗、ですね」
「
私は、
「この度は、大変申し訳ありませんでした」
これにて、
* * *
「終わったかい」
先生は、すっかり冷めてしまった珈琲を口に運び、一口飲んですぐに机に置きました。
失礼な人です。
「噂は本当だったんですね、
その言葉には無数の棘が含まれています。けれど、なぜか不快感はありません。まるで、友人同士のじゃれ合いを見ているかのような、不思議な距離の近さを感じます。
「今度からは、わざわざ名前を間違えてくる必要はないよ。失敗したら、
先生は、机の上に放置されていた30円札を、あごで指しました。
「もっとも、そんなこと絶対できなかったけどね。契約書もばっちり
「あなた、本当にむかつくわ」
「ありがとう。褒め言葉だ」
私は玄関口で、帽子掛けにかけられていた
その次の瞬間には、笑顔を皮肉っぽい、憎々しげな薄笑いに変えます。ソファーの背もたれにあごを乗せて
「それでは、名探偵様。依頼失敗ありがとうございました。この事務所の発展を願っておりますので、どうか電気などを止められることのなきよう」
「お気遣い、ありがたく
「来るわけないでしょ、バーカ」
一瞬、時が止まりました。
まさか
「だから言っただろ。あいつ、
先生が、鼻で笑いながらソファーに深く沈み込みました。私は冷えた珈琲カップを回収し、温かいものに入れ直します。
先生は、大きくため息をつきました。
「ああー、しかしどうするかなあ。また大家に家賃の支払いを待ってもらわないと。実際、あいつの言ったことは当たっているよ。このままでは電気が止まる」
「大家さんはお優しいですから、
「とは言え、既に3か月は待ってもらっているからなあ。何だったら、今のうちに『
先生は大きな笑い声を上げますが、私は少し背筋が冷えました。冗談なのはわかっていますが、本気で言っている可能性も捨てきれないお方です。
私は、先生の分と、私の分。二人分の珈琲を、机の上に置きました。
「それでは先生、お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう。お疲れ様」
珈琲カップで、チンと鳴らして
これが、
こうして、私たちの『
読者の皆様にどれほど伝わったかはわかりませんが、私はこのように、並外れた能力を持ちながら、子どものように笑い、真実を何よりも大切にする先生を、心から尊敬しております。
今後も、先生のご活躍を皆様にお届けできればと思いますので、また筆を取ることがありますれば、どうぞよろしくお願いいたします。
また、何か困ったことがありましたら、お気軽に
依頼は必ず失敗しますが、あなた様も予想だにしない解決を提供させていただきます。
それでは、よしなに。
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