6:NOTE「その探偵、恍惚とする」
途中で手前に折れた階段の先には、一つの重々しい鉄扉がありました。先生が、持ち手を握ります。
「今度は、取れるんじゃあるまいな」
先生が、持ち手を静かに回しました。
ドアの先は、温かみのあるオレンジ色の光が満ちていて、暗い階段に慣れた目が、少々
1階の平屋と同じくらい広い、長方形のただ一部屋。コンクリートで固められた灰色の壁には、1階と全く同じ形で、照明や調度品が取り付けられています。
しかしその内装は、1階のまさに作業部屋と言った
ひときわ目を引くのは、窓が存在することです。地下室ですので、当然外など見えません。視点を90度変えれば、1階と地下1階も
しかし、私は
「素晴らしい。
先生が、
部屋には、多くの美術品が並べられていました。
なまめかしい
そこに置かれた作品からは、
私は、先生と違って
そして、作品が並べられた道の先に、“それ”はありました。
「先生、あれは」
先生の
先生は、鼻で息を吸い込み、深く吐き出します。
「素晴らしい匂いだ」
それは、
直径は、私の身の丈ほど。その巨大な真円は、うっすらと淡く白い光を放っていました。中に照明を仕込んでいるのでしょうか。そのような機械的な仕掛けで、これほどまで温かみのある、神々しい光を放つものでしょうか。
噂にたがわぬ美しさ。これこそが、『
私があまりの美しさに呆けている間に、先生は、興奮した様子で、真珠に鼻が付くかと思うところまで近づいていました。
「わかるか、
先生が、うっとりと
見て
完全に作品の感動から覚めてしまった私は、先生の上着を掴み、引っ張ります。
「先生。とりあえず、離れた方がよろしいのではないでしょうか。もしも、
「ああ、もったいない。匂いが、匂いが」
若干の
「しかし、驚きました。私は今までそれほど彫刻に明るくなかったのですが、これほどまでに心動かされるものなのですね」
人差指を
これほどまでに心動かされるものなのですね。
「あまりにも純粋な愛は、全人類に通じる真実の意思だからな。誰であっても心に衝撃を与えるのだろうね」
「愛、ですか」
「ああ。この部屋には、
聞けば、
先生が、寂しそうに目を細めました。そして、私は一つの結論に思い至ります。
「先生。ここに並べられた作品の中で、見たことがあるものはありますか」
「いや、ない。僕は、ここに置かれた作品すべてを、見たことはない」
先生のその言葉で、私は確信しました。
先生が見たことがないということは、すなわち、ここに置かれた作品は全て、世間に発表されたことがないということです。
もしも美術館に飾られていたり、雑誌や新聞に載ったことがあったりすれば、先生が覚えていないはずがありません。
多額の工事費を使って作り上げられた、奥様にすら伝えていなかった隠し地下室。そこに並べられた、未発表の
そう、この地下室は。
「この部屋は、
奇才とうたわれた芸術家が、その生涯をかけて作り上げた、妻への贈り物。死の間際に、奥様に必死に地下室のことを伝えようとした
しかし、
私は、努めて明るく先生にお声をかけました。
「なんにしろ、『
しかし、先生は私の言葉に、黙り込んでうつむきました。
それは、目的を達成した探偵と思えないほど、難し気な姿でした。
「……先生」
「
先生は、まっすぐに『
そして、数度鼻をひくつかせた後、ふん、と鼻から息を吐き、ゆっくりと口を開きました
「今回の依頼は、失敗することにしよう」
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