第373話 秘境湯撃隊(3)

「でもここ、確かに秘湯ですしいい場所ですわ。お湯も少しきついけれど効能はありそうですし」


 月見野先輩がそんな事を言って浴衣を絞っている。

 暗すぎて色々見えないのが幸いって処だ。

 他の面々もタオルや浴衣を絞っている。


「これ帰ったらすぐ洗わないと、布が駄目になりそうだな」

「だからあえて浴衣に統一したのです。予定通りなのです」


 詩織ちゃんの計算通りではあったようだ。

 滝壺ドブンというのもきっと計算通りだったのだろう。


 確かにそれが一番安全だ。

 下手に浅い場所に出て脚を滑らせたり落ちたりしたらかえって危ない。

 運が悪ければ20メータくらい滑落しかねないし。


 要は話を聞かされていなかった俺が酷い目にあっただけ。

 被害はそれくらいのものだ。


 時々見える誰かの白い身体を見ないよう、温泉が流れる方に目を固定しながら詩織ちゃんに尋ねる。


「それにしても良くこんないい場所知っていたな」

 確かに秘湯というには文句ない場所だ。

 他に人もいないし。

 ヒグマは出るかもしれないが。


「私の昔の遊び場所のひとつだったのです。昔の私でも10回位魔法を使えば来れる場所だったのです」


 そうか……待てよ。

 俺は思い出す。

 詩織ちゃんは道東にあった牧場を偽装した施設で、確か工作員として育てられた筈だ。


「自由に外出は出来たのか」


 ふと口に出てしまった言葉に詩織ちゃんは答えてくれる。

「チーフ自身は悪い人では無かったですよ。ネットだろうと外出だろうと自由でしたし。まあ玩具とか服とかは必要最小限しか買って貰えなかったのですけれど、それはきっと予算上の措置なのです」


 つい余分な事を言ってしまった。

 俺がそう思った事に気づいているかのように詩織ちゃんは言う。


「どっちにしろこの前カタはつけたので過去の事なのです。チーフも妹分2人も今はEUの特区に保護されているので問題ないです。なので思い切りよくここの温泉を堪能できるのです」

「それってゴールデン・ウィークの時ですね」


 理奈ちゃんもあの時、詩織ちゃんが何かしている事に気づいていたらしい。

 詩織ちゃんが頷いた気配。


「チーフとサシで勝負付けたです。そこから先はチーフが自発的に協力してくれたですよ。元々チーフは悪い人では無いのです、ただ置かれた状況下において正しかっただけなのです」


 きっと色々な物語があったのだろうな、と俺は思う。

 ただちょっと今の俺は不用意だった。反省が必要だな。


「それにしてもルイス先輩も来れば良かったのに」

 ちょうどいい具合に沙知ちゃんが話題を変えてくれた。


「ルイスは基本的に夜は早いからな。夜早く朝も早い」

 俺達が出る時には既に寝ていたしな。

 顔にマジック書きされるのを恐れてアイマスクと普通のマスク両方した状態で。


「でもルイス先輩が来ていたら色々面白いと思うんですよね。いいネタにもなる……あっ」

 沙知ちゃんが失言に気づいて口を塞いだがもう遅い。


 実は沙知ちゃん、色々な意味でジェニーの直系かつ微妙にパワーアップしているとんでもない奴なのだ。


 沙知ちゃんが学生会HPに連載している『高専メロドラマ 雨の初寝坂』は極々一部の趣味の人から非常に高い評価を受けている。

 内容はルイスが主役。詩織という恋人がいながら俺に強制的に関係を結ばれ、かつロビーの尻にも誘惑を感じつつ女先輩達とも関係を持ってしまう爛れた日々を描いている。


「どうせ例の漫画用にルイスの尻でも観察してリアルに描こうとでも思ったんだろ」

「そっちは既に全身モデリング済です」


 おいおい既に完全に観察済みかい。

 沙知ちゃんは解説を続ける。


「必要なのは萌えるシチュエーション!

 例えば大自然に囲まれた露天風呂!新たな環境で今までと同じ環境でも全てが新鮮に感じられるこの場所で!

 修先輩に壁ドンならぬ岩ドンされて、顔を赤らめつつも下半身が逆らえないルイス先輩!

 うーん、我ながらいい感じなのです。創作意欲全開全萌えモードなのです。

 なので修先輩協力お願いします。

 さしあたって右手を伸ばしてそこの岩に置いて頂けますか、ハイそこでこっちを見て」


「やるか、おい!」

「そうそう、その口調で。いいですね……」


 ……駄目だこいつ。腐っていやがる。

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