第372話 秘境湯撃隊(2)

 そして、いきなり水中へと落ちた。


 おい何だ、深いぞ。

 足がつかない。

 いや今足が着いたけれど体を伸ばしても頭が水中だ。


 両手で周りを探りつつ足で下を蹴って水を掻いて頭を何とか水上へ出す。

 水が目に染みて目が開けてられない程痛い。


 それでも少しだけ見えた方向へ水を掻くと岩に手が届いた。

 おいおいおい。


「大丈夫か」


 そう言ってとっさに周りを見る。

 だが暗い。

 星空の明かりしか見えない。


 懐中電灯の光が水中から出てきた。

 とっさに見えた腕を掴んで岩の方へと動かす。

 風遊美さんだった。


「大丈夫ですか」

 風遊美さんは目を瞑ったまま頷き、そして何か考えるようにちょっと間を置く。


「他の人も大丈夫なようです。今全員の呼吸を確認しました」


 誰かが岩の上に置いた電池ランタンで何とか全員いるのが見える。

 暗くて顔まではわからないが。


 そしてやっぱり目が痛い。

 無茶苦茶に浸みて痛い。

 そして水温は温かい。風呂の適温というか川自体がきっと温泉だ。

 よく見ると周りに蒸気を吹いている場所もあるし。


「思ったより滝壺が深かったのです」

 詩織ちゃんはしれっとそんな事を言う。


「危ないだろ、溺れるかと思ったぞ」

「ごめんなさい。修兄に注意事項を言うのを忘れていました」


 香緒里ちゃんの声。

 という事はこれは予定通りの事態なの?


「まあ医療魔法持ちもレーダー持ちも空間転移持ちもいるのです。だから多少は何があっても問題ないのです。ところで沙知、ヒグマはどうですか」

「1キロ以内に2頭の大型哺乳類。でもこっちに向かってはいないですね。まあ近づいたら言いますから問題ないです。あと人も付近にはいないようです」


 沙知ちゃんがさらっととんでもない事を言っている。


「頼む詩織、ここはどういう場所で今はどういう状況か説明して欲しい。俺は結構混乱している」


 まあ理解しても逃げようは無いのだが。


「ここは道東部のとある自然公園のど真ん中で、今の時期だと公営のバスか自転車等で林道を詰めて、そこから沢登りをしないと来れない秘湯なのです。

 夜はバスは当然来ないしキャンプ禁止なので誰も来る心配は無いのです。

 ただヒグマ生息地帯なので沙知に一応警戒してもらっているのです。

 なおここは危険立入禁止の先なので周囲をうろうろしない方が賢明なのです」


「何か凄く目が痛いんだが」

「強酸性の温泉なので目にしみるのです。まあ暫く我慢するしかないのです。これも効能なのです」


 そんな事を喋りながら何とか足がつく場所まで移動する。

 何歩か歩いてやっと腰を下ろせる場所までたどり着いて一安心。


 落ち着いてみるとなかなかここはすごい場所だ。

 今いるのは20メートル近い滝の滝壺で、更にこの下もほんのちょっと先が滝になっているようで水音がする。

 そして周りは切り立った岩場だ。

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