第369話 最大幸福の為の犠牲者
色々あったゴールデン・ウィークの最終日の夜。
俺がいるのは例によって例の如く屋上露天風呂端から2番めの樽湯。
隣の樽湯にルイスが埋まっているのもいつも通りだ。
そして俺はそっち側は見ないが、トドが数頭寝湯とぬる湯に並んでいるようだ。
工房の冷蔵庫に魚が残っているのに第2回釣り大会をやってしまった結果である。
今年の1年生と世田谷は1回めで学習しなかったという事が実証された。
そして屋上の反対側では動ける連中が歩行湯、ジェットバス、サウナ2種で食べすぎた分を少しでも減らすべく無駄なあがきを続けている。
うん、平和で何よりだ。
詩織ちゃんはあのメールの後、お昼くらいに部屋に戻ってきた。
俺達も特に何事も無かったように普段通り受け入れた。
特に何をやったかも理由も結果も聞いていない。
これはきっと詩織ちゃんの個人的な問題だったのだろうから。
話す気になれば本人がいつか話してくれるだろうし。
ただこっちがどんな状況だったのかは詩織ちゃんも気づいてはいるらしい。
隣の親父がプリン容器を20個位重ねたままソファーで倒れていたそうだ。
無論病気でも何でも無く単に疲れて寝ていただけだが。
さて。
「ルイス、大丈夫か」
隣の樽湯の気配が時々怪しいので声をかけてみる。
「大丈夫、寝てはいない、疲れただけだ」
よりパワーアップしてしまった詩織ちゃんや風遊美さん。
パワーアップせずとも論外に強い由香里姉や鈴懸台先輩。
強い上に相性最悪に近い世田谷。
この辺と散々模擬戦闘やった上に午後からは大量の魚を捌きまくったルイスは、もう意識すら危うい状態。
でも全身の筋肉痛が酷いらしくあえて湯に浸かっている。
本当に気の毒としか言いようがない。
なお彼は明後日放課後に板長として第1回突発魚祭りの刺身類を捌かなければならない。
半分以上は既にさくになっているのだが、今回は客の目の前でメバチマグロの解体ショーもやるらしい。
本当にご苦労な事だ。
まあ焼き物や揚げ物や煮物は香緒里ちゃんやジェニーやソフィーがやってくれるそうだけれども。
詩織ちゃんも巨大揚げ器作っていたしな。
不意に隣の樽湯から水音と水しぶきが巻き起こった。
ルイスの気配が覚醒し、そして助けてくれ系になる。
この反応は、まあいつも通りだ。
「うーん、やっぱりルイスの困った顔を見ると、日常のありがたみをしみじみ感じるのです」
おいおい詩織、完全に確信犯だと自白しているぞ。
「今日もルイスはお疲れだし、少しは勘弁してやれよ」
「でもルイスが調整した樽湯が一番快適な温度なのです。経験上間違いないのです。もしこれをやめろと言うなら、この温度のぬる湯の増設を要求するのです」
「もう場所がない。諦めろ」
あ、今ルイスの悲鳴か嘆きが聞こえたような。
でも場所が無いのは本当だしな。
他の風呂は他の風呂で常用者がいるから潰せない。
まあ俺とルイスの樽湯を潰せば場所は出来るけれど。
でもそれだと俺の安住の地が無くなる訳だ。
うん、現状維持決定。
最大多数の幸福の為にルイスには犠牲になってもらおう。
ごめん、ルイス。
君の尊い犠牲は忘れない!
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