第368話 待機本部異常なし

 奥様と長女が東京へ出かけ、次女に家出された田奈家のリビング。

 俺と田奈先生というむさい面子が顔を突き合わせている。


 詩織ちゃんが何らかの計画を決行した以上、状況を知る手立ては2つ。

 本人が帰ってくるか。

 アホゲル氏経由で連絡が来るか。


 風遊美さんと香緒里ちゃんは俺がここにいるのを把握済み。

 他にはあえて何も言っていない。


 ジェニーは魔法の性質上わかっていると思う。

 他は気づいているか気づいていないか、気づいていても気づいていない素振りでふるまうか。

 まあその辺りは色々、各人任せだ。


 こっちに連絡が入れば香緒里ちゃんに連絡するし逆も同様。

 メールソフトは起動したまま1分毎に確認するモード。

 SNSも情報が入ればすぐ分かるように通知音を大きめにしている。


 午前6時現在、連絡は何も無い。

 そして。


「田奈先生、プリン食べ過ぎですよ」


 詩織ちゃんが姿を消してからすぐ立ち上げた態勢なのでもう3時間が経過している。

 その間に空になったプリンの容器は合計12個。

 俺はまだ1個しか食べていない。


「この部屋でのんびりプリンを食べる機会など無いからな」

 そう言っている割には雰囲気がのんびりとは程遠いのだが。

 さっきからメールが入る度に凄い勢いで確認しては舌打ちをしている。


 むさい中年でもこの分野の第一人者ではあるからメールは多い。

 5分に1回位はメールチェックをしている感じだ。


 でもまあ、それがこれ以上雰囲気を悪化させるのを防いでいる。

 2人で面突き合わせて不動のままなんて状態だったらきっと耐えられないだろう。


 またメールの通知音がした。

 先生は凄い勢いでマウスを動かす。


 今度は舌打ちはない。

 何かじっと読んでいる。


 俺は背後に回る。

 出ているメールは日本語でも英語でもない。

 多分、ドイツ語。


 文面はごく短い。

 それを何度も何度も確認するように先生は読んでいる。


 ただ悪い知らせでないのは何となくわかる。

 なので俺は田奈先生を突っつく。

「出来れば内容を教えて欲しいんですけれど」


 田奈先生はふうっ、と息を吐いて、そして口を開いた。


「貴様の大事な娘は我々の手元にある。お疲れのようだから少し預からせてもらう。五体満足で精神等にも異常は無いから安心しろ。なおこの貸しは高くつくぞ。アホゲル。以上だ」


 無事、という訳か。


 その意味を理解して脳みその中へ浸透して、そして俺は慌ててスマホを取り出す。

 隣の部屋の香緒里ちゃんと風遊美さんに同報SNS。

 そして念の為画面上に表示されたメール全文を写真に撮る。


「それでは向こうの部屋に戻ります。もし向こうに戻ったらこっちにも挨拶にこさせますんで」

「急ぐ必要は無いぞ。家出中だからな」


 はいはい。


 俺は俺の家へと急ぐ。

 すぐ隣なんだけど。

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