第360話 奈津希さんの宿題

「じゃんけんにしたのは、可能性の枝を3つずつに絞るためですね」

 風遊美さんは頷く。


「急遽作った魔法ですから安全マージンを取らせてもらいました。実際私の魔力ではあまり選択肢を多く長くは追えませんから。ってもう答を言っているようなものですね」


「空間操作系の魔法って、時間軸方向もある程度操作できるんですね」

 香緒里ちゃんの言葉に風遊美さんは軽く頷く。


「操作と言うか見るだけですけれど。因果関係を変えるのは無理です。見えるのは今ある選択肢の中からいくつかを取った際に発生しうる世界ですね。


 時間軸そのものの先は直接は見えません。今の行動で変わるという不確定な面があるからです。ただもうひとつの軸を追加すれば、ある選択肢上にあった可能性の先の経過をある程度は見る事が出来ます。


 必要なのは時間軸ともうひとつの軸、仮に因果軸と呼びますけれどその2軸です。時間軸と因果軸の2軸方向に広がる世界の一部を見れば、ほぼ未来予知に近い結果になります。


 私の魔力ではこの杖を使ってもせいぜい選択肢10程度で3分経過位までしか見えません。でも詩織さんならもっと多くの選択肢を、もっと先の時間まで見ることが出来ると思います。それなら充分に未来予知に対抗できるかと思うのです」


「では仮に2人が同じ魔力で同じようにその魔法を使うとどうなるのですか」

「双方が因果軸を使っても先を見る事が出来なくなります。きっと更に上の超因果軸とでも呼べる軸があるのでしょうが、そこまでは私も追えません。

 つまりじゃんけんの場合なら、その状態ではじめて普通のじゃんけんになります。勝利の確率がお互い同じになる訳です」


 突如、俺の部屋のドアをノックする音がする。


「何だい?」

 扉を開けて見ると詩織ちゃんだ。


「修先輩にお願いなのです。サイコロがあれば貸して欲しいのです。無ければ作って欲しいのです」

「ほいほい」


 勿論サイコロなんて常備していないが、それ位なら作るのは簡単だ。

 洋服ダンスの奥の資材からステンレスの棒材を選び、魔法でちょいちょうと加工する。

 あっという間にサイコロ2個の完成だ。

 全金属製なんでちょっと重いけどな。


「ほいよ」

 出来たてのサイコロ2個を詩織ちゃんに渡す。


「中で何か怪しい会議をしているようなのですが、今日は無視してあげるのです。明日を待っていろなのです」


 詩織ちゃんはそう言って部屋から出ていき、扉が閉まる。


「詩織ちゃんの方、解明進んだのかな」

「サイコロを持っていったという事は、時間軸方向には気づいたのではないかと思います」


「なら明日か、遅くても明後日には詩織ちゃんも答にたどり着けますね」

「と思います」


 やれやれ、それならまあ一安心……でも無いか。

 何故そんな魔法を開発する必要があるのかの方が問題か。


 詩織ちゃんの言葉を思い出す。

 確か予知魔法を使う奈津希さんと同じような相手がいて、その相手を倒す手段を探るのが目的だったよな。


「そうか、魔法を開発して奈津希さんと対等に戦えるようになっても、その後が問題なのか」

 風遊美さんは頷く。


「でもそれに奈津季が気づいていないという事は無いと思います。奈津季は奈津希なりに何か成算があってやっていると思うのです」


「俺達はそれを信じるしかないという訳か」

「正確には奈津希さんと詩織ちゃんを、です」


 香緒里ちゃんの言う通りなのだろう。

 2年前の初夏に奈津希さんと風遊美さんが俺や香緒里ちゃんに任せたように、今度は俺達も詩織ちゃんを信じて任せる番なのだ、きっと。

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