第332話 Si vis pacem, para bellum(1) ~ 汝平和を欲さば……~

 風遊美さんは難しい顔をした後、小さくため息をついた。

「私よりも詩織さんの方が厳しい予想をしているようですし覚悟もしているようです」


 それってどう言う事だろう。

 風遊美さんが先に俺に尋ねる。


「この杖は詩織さん用なのですか」

「いえ、これはあくまで卒業研究用の試作品です。同じの、というかその時点で最強の杖を貸す約束はしていますが」


「何故そういう約束をする状況になったのですか」


 どこから話そうか。

 俺はちょっと考え、結局最初から話すことにする。

 正月、魔力増幅機構について教えて欲しいと言ってきた時からだ。


 風遊美さんは難しい表情で話を聞いている。

 そして杖の貸与の約束をしたところまで話し終わった後、俺の方を見て軽く頷いた。


「確かに杖の貸与の件は選択として間違っていないでしょう。ただそれがどう言う意味かは修さんも知っておいた方がいいと思います」


 そう言って風遊美さんは杖を取る。


「この杖の威力は今の私でも充分に理解できます。例えば私は空間制御魔法は不完全にしか使えない筈なのですが、この杖を使えば……」


 ふっと風遊美さんの姿が消える。

 そして。


「このように近距離なら詩織さんと同じような事が出来るようになります。私の魔法だと詩織さん程遠くまで移動は出来ませんけれど。

 そして修さんはこの杖以上の能力を持つ杖を来年度中には作る予定なんですよね」


 俺は頷く。


「本題の前にちょっと違う話をします。

 今現在、日本には実用的に魔法を使えるいわゆる魔法使いの人口が5千人程度いるのはご存知ですね」


 俺は頷く。


「そのうちの4割は留学なり亡命なりした国外出身者なので国内生まれは3千人。

 ジェニー言うところのDランクがその半分、Cランクが更にその半分、Bランクは更に半分でAランク以上は200人いないのが現状です」


 俺は頷く。


「なので魔法使いが多少何かしようと、普通はそれほど社会的には大事になりません。所詮はその程度の人数です。それにその中でも個人で社会に対抗できる程度の能力を持つのは更に少ないのですから。

 でも修さんの研究は、その人数を劇的に増やしてしまう可能性があります」


 俺は何となく風遊美さんの言いたい事がわかってきた。


「例えばこの杖、これを使えば2ランク近く能力を上げることができますよね。つまりあるレベル以上の魔法使いの人数を4倍には増やせることになります。

 人数が多ければそれだけ出来る事も増えます。それは有用な方向にも使えますしそうで無い方向にも使えることでしょう。

 まずは修さん、今の時点でのあなたでさえそれだけの価値があるという事に気づいて欲しいのです」


 俺は頷く。


「そして詩織さんは修さんよりも私よりも、有用でない方向で魔法を使う人々の能力や思考方法に詳しいです。何せ身をもって体験していますから。

 きっと、備えはあるに越したことはない、というのはそういう意味だと思います」

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