第287話 君は全部知っている
エリカさんと風遊美さんは少し相談した模様。
「修さんごめんなさい。わかるように丁寧な種明かしをしていただけますか」
さあ、勝負だ。
「ええ。クリスマスの夜、俺と風遊美さんと香緒里ちゃんで夜に軽く宴会をしましたよね」
何か言いかけた香緒里ちゃんを手で制す。
「ええ、憶えています」
エリカさんとの会話が途中で挟まる。
どうやら同時通訳しているようだ。
それはこっちにとっても好都合。
「香緒里ちゃんと合流する少し前、風遊美さんは言いましたね。こんな幸せでいいのかって」
再びエリカさんと短く会話した後、風遊美さんは頷く。
「確かにそんな事を言ったような気がします。でも、それで」
「その時の事をよく思い出してください。その時風遊美さんはこう言いましたね。
でも時々思うって。目が覚めたら全部夢で、私も風遊美じゃなくてテオドーラのままでって」
風遊美さんがふっと顔をしかめる。
とっさに支えたエリカさんが俺の方を睨む。
でもまだだ。
まだ俺は動揺してはいけない。
鬼のように冷静でなければならない。
この先が仕上げなんだ。
2人に見えないように香緒里ちゃんを手で制しつつ続ける。
「あの時の文脈からしてテオドーラというのは逃げていた時代の名前だと思いました。でもさっきの話では特区時代の名前だという。
だとすると可能性はひとつしかありません。どっちの名前もテオドーラ。
勿論それは偶然じゃない。きっとそれはエリカさん達の愛情なんです。いつか最初の名前も思い出せるようにという愛情と、生まれた時に貰った名前を大事にしてほしいという愛情の」
俺自身がヒートしそうになるのを何とか押さえる。
そう、俺はあくまで冷静に話さなければならない。
「そして風遊美さんは無意識のうちにその名前を出しました。
こんなに幸せでいいかなと言いながらふっと無意識のうちにその名前を出した。
だから俺は思います。
風遊美さんはきっと忘れていない。
名前と同じように家族のこともきっと全部覚えているんです。
そしてきっとその記憶は痛みを必要としなくなった時、本当に幸せだと疑わなくなった時にきっと出てきてくれるんです。
焦る事も無ければ悲しむこともない。
風遊美さんが幸せになれば、思い出せるんです。
ふと名前が出てきた時のように」
さあ、俺のカードは全部出した。
勝負は成功か失敗か。
香緒里ちゃんへの制止指令は解除した。
風遊美さんの反応は。
風遊美さんはエリカさんと話し始める。
ちょっと長い。
たぶん今のやり取りを説明しているのだろう。
そして。
「修さんは怖いですよね」
風遊美さんは少し涙ぐみながらも笑う。
「目の時もそうですけれど、本人が隠し通していることや気づいてさえいない事にあっさり気づいてしまうから」
「基本的には鈍いんですよ。よくそう言われますし」
良かった、少なくとも失敗はしなかったようだ。
「でもそんな怖い修さんの言っている事ですから、きっと正しいんでしょうね。
だったら私はもっと幸せになるように努力すればいいんですね。全てを思い出すために」
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