第286話 あなたの名前は
「だから私は日本に来てからも、実はずっと心残りがありました。
エリカとエリカの家に一方的にお世話になったまま出ていった事がずっと心に引っかかっていました。
だからここでエリカに会えて……やっと。やっと最後の心残りがなくなりかけた気分です」
風遊美さんはそこで大きく息をつく。
ふと、俺はある事を思い出した。
風遊美さんの今までの話と過去の話、そして今の話で、ほんの少しだけの疑問点に気づいてしまったのだ。
そしてこれは多分、危険な話題だ。
きっと口にしないほうが正解。
ただ……
「修さん、何か言いたそうな顔をしていますね」
風遊美さん本人に気づかれてしまった。
そう、風遊美さんは勘がいい。
どうしよう。
少しの時間だけれど物凄く色んな事を考えて、そして俺は決意する。
「まず香緒里ちゃん、もし危険な状態になったら容赦なく本来の魔法を使って。責任は取れないけれど俺が全部持つ」
香緒里ちゃんは何も理由を聞かずに小さく頷く。
そして。
「風遊美さんにお願いがあります」
「何でしょうか」
「これから俺が言う事を翻訳してエリカさんに聞いてください。いいですか」
「ええ、大丈夫です」
本当に大丈夫だろうか。
正直俺自身賭けだと思っている。
でもここまで出てしまった以上、多分後に引かない方がいい。
だから言う。
「風遊美さんの名前、風遊美さんが思い出せないという以前の名前をエリカさんは知っていますね、イエス・ノーだけで答えてください」
風遊美さんの顔がさっと強張る。
「何故それを修さんが……」
「あくまで、イエス・ノーで答えてもらってください」
さあ、ここからは俺の賭けだ。
ただ風遊美さんが持っている、香緒里ちゃん制作の幸運のペンダントが何故か俺を励ましてくれているような気がする。
だから俺はあえて暴走する。
風遊美さんはエリカさんに俺のわからない言葉で問いかける。
彼女は少し困ったような顔をして少し考え、でも確かにある返事をする。
ドイツ語がわからなくてもその返事が何を意味しているかくらいは俺にもわかる。
「では次の俺の言葉を直訳してください。『だからあなたは、私をテオドーラと呼ぶのですね』」
さっとエリカさんの表情が変わる。
翻訳しなくても意味が伝わったらしい。
強張って、困惑して、落ち着いた表情に戻って。
そして風遊美さんに何か語りかける。
「何故それがわかったのですか、と聞いています」
「冬休みに風遊美さん自身から聞いたんです」
ここからが仕上げだ。
失敗は許されない。
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